不可能を可能にする、そう、チートならね
正直な話、村長に呼び出される前に何となくどういう流れになりそうか、というのは事前に想定しつつどう対処するべきか、というのをベルナドットと少女は話し合いでもってある程度の対策は練っていたのだ。
とはいえ、予測通りの展開になったかというと最終的な着地点は概ねそうなったけれど、途中の流れはほぼアドリブだったが。
お互いがお互いにアドリブで話を合わせつつ突き進んだので、むしろ最終的な着地点によく辿り着いたと内心で褒めたたえたいくらいだった。
二人の両親に連れられてやって来たのは応接室とは違い、食堂と呼ぶべき場所だった。
そもそも村長の家はたまに村の連中を集めての寄り合いもある。個人の部屋よりもこちらの方が場所が空いている事もあり、応接室に村長がまだいるのであればこちらに来るのは当然の流れと言えた。
流石に六人でロックスかジーナの部屋に行くには狭すぎる。
「ベルナドット、わかっているのかい? 王都はここからずっと遠い」
「だろうな」
長テーブルを挟むように座る父と息子の隣に妻が、そして少女が座り、ロックスのもう片方の隣にジャンが、ジーナの隣にリリーが座る。
「わかっているならどうして。結局この村から出られないって事だぞ?」
「それはない。じいさんはあれでも一応筋を通す。だから最初から絶対無理な事は言わない」
ベルナドットにも少女にもわかってはいたのだ。
王都ならいいと場所を指定した事に関しては、そこに自分の身内がいるから。その理由は不自然ではない。
だが王都で暮らすにしても、王都に向かうにしてもそこにかかる資金は自分たちで調達せよ、というのであれば難易度は途端に跳ね上がる。
「ジーナ」
「えぇ、わかったわ」
ロックスがジーナに目配せすると、心得たとばかりに彼女は一度席を立ち食堂を出ていく。やがて戻って来たジーナの手には、一枚の大きな羊皮紙があった。
「これはね、この村の周辺の地図よ」
言いながらテーブルの上にひろげられたそれは、地図というには少々お粗末な、まぁ無いよりはマシなんじゃないかなと言わんばかりの代物だったが。
「ここがこの村。そして――ここが王都よ」
ジーナが指し示したそれは、羊皮紙の端から端くらいの距離があった。
「父さんが手紙を出すというのであれば、まぁ鳥に持たせるんだろうけど、その鳥が王都に無事辿り着いて叔父さんから手紙がすんなり帰って来るまでに何事もなければ……恐らく一週間程かかる。
でもね、鳥で一週間とはいえ、それは父さんの鳥だからだ。普通にこの村から王都に行くとして、徒歩なら何か月だってかかるし、途中にある村や町で馬車を調達したとしても、やっぱり一月以上はかかるんだよ。そしてそこにかかる費用は……」
滔々と説明をしていくロックスの声には、実の息子が父にやり込められてしまったという悔しさのようなものが感じられた。諦めてもらうのは確かだが、希望を持たせておいてその直後に落とすような真似までしなくても……そう考えているのがうっすらとだが滲んでいる。
確かに馬車を調達するにしても、それだけで済むわけじゃない。
交通費だけではない。道中で摂取する食事にかかる金額だってあるし、ずっと野宿というわけにもいかないだろう。その場合は宿をとる事もある。
馬車で行くならそれなりに安全ではあるが、それでもやはり馬車を狙って襲う盗賊とかそういうものもいるのだと、ロックスは道中の危険性についても語ってくれた。概ね少女とベルナドットが想像する異世界転生あるあるの流れとかそういうやつと変わらないので、二人は特に驚く事もなかったが。
「それだけのお金を、今からここで稼ぐにはとてもじゃないけど時間が足りないんじゃないか? 五年なんてあっという間だ。仮に、行くだけの分を稼いでこれたとしても、王都に行ってそこでの生活費は? ここと違って王都は物価も高い。そして帰ってこなければならない金額。そのあたりは向こうに行ってしまえばどうにかなると考えてるかもしれないけれどね、そこをしっかりさせておかないと、父さんが行っていいと許可を出す事はないよ」
要するに、最初から条件を出しておいて行かせるつもりなどなかったのだ、とロックスは言う。
条件と言われて、さも譲歩されたように見せかけて、結局自分たちの計画性の無さで駄目になりました。そういう流れに村長は持っていったのだろう。本来ならば。
「問題ないね」
「あぁ、ないな」
言われた金額をこの村で稼ぐのはかなり難しい。仮に、この近辺の街や村に出向いて行商まがいの事をしても、すぐに貯まるような金額でもない。稼ぐだけで年単位かかりそうだと思われるそれに、しかし少女はあっさりと何の問題が? とばかりに首を傾げてみせた。
そしてまたベルナドットも何も問題などないのだと頷いてみせる。
「ベルナドット、本当にわかっているのか?」
「あぁ、その上で問題ないと言っている。まぁなんだ、父さんはじいさんが泡食うのを目撃すればいい。手紙は出すと言っていた以上、そこら辺の事も説明しておくんだろうさ。その上で、こっちは手を尽くしたけどそっちが駄目なら仕方ないね、っていうのをやらかすつもりなら、引っくり返してみせるさ。まずは返事待ちだな」
「じゃあ今のうちに準備だけはしておかなきゃね」
今ここでネタばらしをしてしまうと、村長がやっぱ無しー! とか大人げない事を言い出しかねないのでこちらには問題がないという事だけを前面に押し出して。
「話はそれだけか? ならもういいだろう」
ベルナドットは話を打ち切った。
十日後。
村長は本当に手紙を王都にいる弟に出したらしく、王都からの手紙が村長の手には存在していた。
そこには住処に関してはどうにかできるが、それ以外の事はそちらでどうにかされたし、と記されている。
ロックスの予想では一週間程度で手紙が戻って来るとの事だったが、予定より三日遅かったのは……まぁ大した誤差でもないだろう。
その手紙を見せて、村長はベルナドットと少女に向けて、
「ただのぅ、住処はどうにかできる、とは書いておるがすぐには無理とも書いてあっての。来年であれば問題はないそうじゃ」
ほれ、と言いつつ手紙を見せる村長からその手紙を受け取って目を落とす。住処に関しては用意可能。けれど今すぐは無理、と確かに記されていた。これは……恐らく一年時間を稼いでその間にやっぱり資金を貯める事ができませんでした、という路線にしようと思った可能性が高い。村長が出した手紙の内容も確認できればそこら辺ははっきりしたに違いない。
「一年か。じゃあその間は準備期間だな」
しかしベルナドットはあっさりと村長の思惑を無視して、じゃあどうにかしようとばかりの反応を示す。少女も同様だった。
「それじゃ早速準備のために……森にでも行くか」
「りょうかーい」
二人の反応は、村長からどう見えただろうか。現実が見えていない。まぁ来年には現実を思い知るだろう。それまでは精々一年、足掻いて暇を潰せばいい。多少の憐みも含まれていた目が、まさか一年後には仰天して飛び出る程に驚く事になろうとは、この時点では思いもしなかったのである。
「――というわけで一年間は準備期間となったわけだが」
「流石にぶっつけ本番は危ないもんね!」
「グァウ?」
森にてギアと合流した二人は、まずは少女が作った物をギアに装着していくことにした。
馬車など使うつもりはない。ギアに乗っていけば数か月かかる事もないだろう。村長の鳥が手紙を運んで往復で十日であるならば、翼竜ならば片道三日でも行ける気がしなくもない。
とはいえあまりスピードを出すのも怖いので、余裕をもって鳥と同じくらいの速度で……と考えても、そこから更に余裕を持たせても一週間あればいいだろう。
交通費の問題はこれで解消できた。
「次に問題なのは生活費だな。王都ともなればここと違って俺がどっかで獲物捕まえてそれを売るとかそういうのでどうにかなるとは思わない。というか、多分獲ったとして、食材にするのが精いっぱいで毛皮が売れればいい方か」
「王都なんだし、何か手持ちの物売ればいけると思うんだけど」
「手持ちったってなぁ……」
ベルナドットの手持ちの道具で高値で売れそうな物は特にない。何かあるか? と視線を向けると少女はリュックの中からすっと一つの石を取り出した。
「ここに、屑石を集めて固めて作ったやたらおっきい魔石があります」
「…………や、そりゃ売れるかもだけど」
「他にも、グラーデ山で見つけた石ころを集めてあれこれした宝石の類もあります」
魔石をリュックにしまって、今度は握り拳大の宝石の数々を取り出す。
正直宝石に興味なんて前世でもなかったけれど、これだけは言える。このサイズの宝石、前世でもとんでもないお値段した。売れれば何か大丈夫な気がする。
「他にもまぁ色々とあるから、王都で商売できるようになればどうにかなるかなと思わなくもない」
その色々が気になりはしたが、少女も今全てを見せるつもりはないらしい。
「……資金に関しては何かどうにかなりそうだな。となるとやるべき事は」
「ギアと一緒に飛行訓練」
「ついでに遠出したら素材集めるか」
「一石二鳥」
…………早々に方針が決まってしまった。
「おかしいな、こういう展開って普通もっと苦労して資金調達とか一発逆転を賭けてどっかのダンジョンに潜るとかこっちから盗賊団のアジトに乗り込んで金品強奪するとか何かそういうやつなんじゃ?」
「平穏に解決できるならそれが何より」
「ギャウ」
平和がいちばんだよねー、とギアに向けて言う少女に、ギアもまたそうだねーとばかりに首を振っている。
王都に行くまでにあと一年。村長は無理だろうと思っているが……正直な話、許可を得ずとも行こうと思えば行けるかもしれない現状、という事を村長が知ったらどうするんだろうな、とベルナドットは他人事のように考えていた。




