そう、出会ってしまったのです
おにぎりをゴンザレスの手から受け取り即座に胃におさめた彼――彼女、はそこでようやく動く気力を得たのだろう。すっくと立ちあがり感謝の言葉を述べてきた。
ゴンザレスが最初に彼だと認識したのは背丈がゴンザレスよりも高く、また顔立ちが精悍な青年のように見えたからだ。しかしすぐさまそれが間違いであると気付いたのは、そこから視線を落とした直後の事である。
一言で言うならボンキュッボン、なスタイル。背後だと外套でわからなかったが正面から向き直れば嫌でもその豊満な胸がたゆんたゆんしているのがわかる。
背後から見れば男性だと思えるのだが、正面から見れば間違いなく女性。
まぁ正面から見ても性別不詳な人っているから。
と早々にゴンザレスはそんな結論に至り、特に何を思うでもなかったが、仮に彼女を探すような事になった人は大変そうだなと思ったくらいだろうか。
そんな彼女はメルディアと名乗った。
「その、近々収穫祭があるだろう? だから、それを見に来たんだ」
けれどもまだ少し来るのが早かった。まぁそれくらいはよくある話だろう。
早く来たついでに王都をあちこち見て回り、当日どこにどんな店ができるのかを把握しておこうと思っていたのだが、流石王都というべきかその広さ故にうっかり道に迷った挙句そういや食事をしていなかった事に気付いて空腹で眩暈がしたので路地裏で休んでいた、というのがメルディアの談である。
「こっちは出店の準備する区画だし、お店は逆方向よ。ご飯とか食べるならこっち進んでも何もないわね」
ゴンザレスも王都で暮らすようになってからそう長いわけではないが、それでもある程度行動範囲は広がってきているし大まかには把握しつつある。
王都にやってきた冒険者がよく利用する区画は今いる出店のための準備をしている所とは離れているし、慣れていなければ道に迷う事も別におかしな話ではない。
とりあえずゴンザレスもこの場に既に用はないので、何なら案内しましょうか? とメルディアに問いかけた。
「あ、あぁ、すまない。それは助かる」
恐らく大雑把に道を聞いても覚えられる気がしないと思ったのか、メルディアはゴンザレスの提案にやや申し訳なさそうに頷いた。
――そうしてそこそこのお値段でボリュームもたっぷり、という冒険者ご用達の定食屋まで案内して、そこで別れるはずだったのだが。
折角だからと何故かゴンザレスも共に食卓を囲むことになった。別にお腹は空いてないのだけれど……と思ったしそれを素直に口に出したりもしたのだが、まぁ一応メルディアも女性で、慣れない場所で一人で食事をするのが何となく面倒だと思ったのだろう。
王都の住人であるゴンザレスと共にいればそこまで面倒な事にはならないと考えたのかもしれない。
冒険者にだって女性はそれなりの数存在しているのだが、それでも一人で行動している者は割と絡まれる事が多いとグランから聞いていたこともあり、じゃあとりあえず食事が終わるまでは一緒にいてもいいか、とゴンザレスも付き合う事となった。
第一発見者としての責任というわけでもないが、食事中に絡まれたらそれはそれで面倒だろうしな、と思ってしまったのは確かである。
……そもそも冒険者に絡まれた事がないのでゴンザレスもいまいちピンときているわけではないのだが。
メルディアがご飯を食べているとはいえ、流石に自分が何も食べないで水だけというのも何かそれはそれで……と思ったのでスープだけを頼み、ぽつりぽつりと食事の合間に他愛のない話をする。
収穫祭でゴンザレスがやる予定の店は食べ物関係なので、じゃあ当日余程混雑してなければ顔を出すなんて言われ、両隣が混雑しそうな気もするからそれじゃあ無理かもねぇ、なんて返して。
特に厄介ごとに巻き込まれるでもなく、最初から最後まで穏やかに食事は終了した。
定食屋から出て、宿屋のある場所を問われたので、ついでとばかりに案内する。
例えば各地を旅する冒険者とはまた違う旅行者向けの宿や、他国から仕事でやって来た貴族などが泊まる宿などもあるがメルディアは冒険者らしいのでとりあえずこちらも冒険者がよく利用する宿まで足を運び、ここまで来ればメルディアも一人でどうにかできるだろうという所で別れようとしたのだが。
「――あれ? 何でこんな所に?」
「あらベルくん、お店は?」
「あぁ、ティアに任せてきた」
何でここにいるのだろうか、という疑問が顔に出ていたのだろう。ベルナドットはやや苦笑を浮かべつつも答えた。
「グランが利用してる小屋の補強を手伝いに行ってきた」
「あぁ、そういやちょっと前の悪天候で酷い事になってたものね。一応寝るだけならどうにかなってたんだっけ?」
「一人で地道にやってたみたいだけど、流石にそろそろ一人じゃ厳しくなってきたらしいし、これから少しずつ寒くなってくるだろうしそうなる前にある程度は、ってなるとどうしてもな」
暖かい季節であればそう気にする事もなかったが、少しずつ涼しさが混じり、早朝や深夜だと肌寒い時もあるようになると流石にあのオンボロな小屋で寝るのも厳しくなってくる。いくらグランが若くて健康だといっても絶対体調を崩さないというわけではないし、環境的にも体調を崩した時点でアウトである。
ゴンザレスが本気を出せばあの小屋をどうにかする事は可能だが、以前そう提案したところグランにキッパリと拒否されたのでゴンザレスが手を貸す事になるとしたら、それはもう本当に最後の奥の手、といったところなのだろう。一部の存在にはゴンザレスが魔技師である事は知られているが、それを大々的に知られるような事になるのは避けた方がいい、とはグランの弁だ。ゴンザレスもそういった意味で注目を集めるのは得策ではないとわかっているので最終手段を実行するとなれば外観はボロ小屋のままであっても中身をマシにするとかそういった工夫はするつもりでいるけれど、あの小屋は現状グランが借りているというか与えられているというか、まぁグランの所有物というわけでもないのであまりにも外観と内観が違いすぎるのもいざあの小屋からグランが出て行く時に面倒な事になりかねない。
今の所はグランとベルナドットでどうにかしているようなので、ゴンザレスは静観の構えである。二人の手に負えないような部分をこっそりと直すくらいはするつもりではいるが。
「それで、状況は?」
「あー、まぁ、今の所はどうにか。それで、あんたはなんでこっちに?」
「あぁ、彼女の案内を」
そう言ってゴンザレスが手のひらで指し示した先へベルナドットが視線を向ける。そこでようやくメルディアの存在に気付いたようだ。
「冒険者らしいの。迷ってたみたいだし、ついでだったから案内を」
「あんたが? あぁ、いや少し意外だっただけだ。他意は無い」
「おっとベルくん? それは何かこう、私が人助けとかするの意外って意味にしか受け取れないんですけど?」
「……それは穿ち過ぎだろう。ともあれ、俺は戻る。じゃあな」
ゴンザレスもベルナドットもお互いがお互いに向けて、いっそ清々しいまでに白々しく見えるアルカイックスマイルを浮かべていたが、どちらにしても不利を悟ったのだろう。ベルナドットはそれ以上は何も聞きたくないとばかりにそそくさと立ち去っていった。
「……逃げられたわ。まぁいいか、どうせ帰れば嫌でも顔合わせるわけだし」
それにどのみち特に引きずるような内容でもない。精々ちょっとした応酬でしかないので、そういったものに毎回腹を立てるわけにもいかない。むしろ毎回反応する方が疲れるような些細なものだ。
「……今のは」
「ん? あぁ、ベルくん? 一緒にお店やってるの。家族みたいなものかしら。収穫祭当日も多分出店とかやるし、その時でよければ改めて挨拶させるわね」
「あ、いや、そこまでは」
慌ててぶんぶんと首を振るメルディアの表情が僅かに変わっている事に気づきはしたが、ゴンザレスはそこには特に突っ込まなかった。一応空気を読んだ結果である。
どこか名残惜しそうにベルナドットが立ち去った方角を見ていたメルディアだが、そんなメルディアを見ていたゴンザレスの視線に気付いたのだろう。わずかに肩を跳ねさせて、何故だかほんの少しだけゴンザレスから距離を取る。
「えぇと、その、案内助かった。この礼は」
「別にいいわよ。別に忙しい時に無理矢理ってわけでもなかったし、この程度でお礼とかされても逆に困るわ」
「いやしかし――あ」
「あ」
申し訳ないと思ったらしいメルディアの眉が思い切りハの字に下がったのと同時に、帽子が傾いた。そのタイミングで風が強く吹き、傾いた帽子が飛ばされこそしなかったが落ちる。
そしてゴンザレスは見てしまった。
彼女の頭に生えている、黒い犬のような耳を。眉と同じようにへにゃりと下がっていたその耳は、きっとその前まではピンと立っていたのだろう。しかし下がった拍子に帽子がずれて、そこに風が吹いたせいで帽子が落ちる羽目になった――という事をゴンザレスが理解した時には既にメルディアは帽子を拾い上げ再び深く被っていた。
「えぇと……今のは、その」
「可愛らしいお耳ね」
「え、あ」
「メルディアがどういう種族かはわからないけど、よかったら今度教えてちょうだい」
「いやあの、何とも思ってないのか? わたしは人間種族ではないのだが」
「んー……正直あまり気にしてないわ。別に私に危害を加えようとかしてるわけでもないでしょ? なら別に」
ゴンザレスの内心としてはケモミミきたー! ファンタジー世界だもんね、あるって信じてた!! という完全にウェルカム状態であったが、恐らくは種族の違いなどで色々と苦労したであろうメルディアの表情は曇っていた。ゴンザレスの言葉に最初はやや疑わしげであったものの、その声に一切の嫌悪らしい悪感情が含まれていないことに気付き、先程とはまた違った意味で困ったような表情を浮かべている。
「でも、さっきの」
「ベルくん? あー、ベルくんも多分気にしない人だから大丈夫よ」
ちら、と既にその姿が見えるはずもないがベルナドットが立ち去った方角を見るメルディアに、ゴンザレスはあっさりと告げる。
「そ、そうか」
「まぁいいわ。最初に出会ったあたりからそう遠くない所で私たち出店やるから、気が向いたら遊びに来てちょうだい」
「あぁ、わかった」
「それじゃ、またね」
「あぁ、また」
くるりと体の向きを変えてゴンザレスはその場を後にする。これ以上一緒にいてもメルディアが困るだけだろうと思ったからだ。
しかし、そう、これはちょっと驚いた。
「一目会ったその時に恋の花咲く事もある、とは聞いたことあるけど実際目の当たりにするとか思わなかったわー。私だけが盛り上がって参りました!」
あまり周囲に聞こえない程度の声でそんな事を呟いて。それはもう軽やかな足取りでゴンザレスはごった煮へ帰還したのである。
「――まさか、こうもあっさり見つかるとか思わなかったな」
冒険者の振りをしたのはいつもの手段だ。女の身ではあるものの、そこそこ体格に恵まれているメルディアが冒険者を名乗ったとしてもそこまで不審には思われない。だからこそ何も知らない者相手にはそう見せかけるのが一番面倒が少ない事でもあった。
広い王都で、たった二人だけを探すという行為は途方もないと思われたが、メルディアの予想を裏切ってあっさりと見つかってしまった。メアが目をかけているらしい人間。
女の方は最初見た時点ではそうだとわからなかったが、その後に遭遇したベルくんと呼ばれたあの人間で確定した。
確かに見た目は奴と似ている。似すぎている。それと行動を共にしているのであれば、あの女も標的で間違いはない。
幸いにも女はこちらに警戒心を抱いていない。次に出会う場所、状況にもよるがあれなら簡単にその命を摘み取る事ができるだろう。
最初に出会ったあの場所の近くで出店をやるというのであれば、収穫祭が始まる前まではあのあたりで準備をするというのもわかりきっている。
流石に人目がある場所で殺すのは難しいが、これからゆっくりと近づいて距離を詰めれば。
込み入った話があると言って人のいない場所へ誘い込む事ができれば。
恐らくはリリメアが想定しているよりも早くこの件は片付きそうだ。
「主、待っていて下さいね。わたし、やり遂げますから」
これからやろうとしていることは、先程親切にしてくれた相手からすれば恩を仇で返す行為に他ならないが。それでもメルディアのその眼には、確かな決意が浮かんでいた。




