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転生したら生贄だったので残りの人生好きに生きます  作者: 猫宮蒼
ゲームでいうところの最初のボス戦

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ゲームだったら終わっていた



 そもそもベルナドットは別段異世界に転生したからといって、よーしそれじゃ冒険者にでもなって有名になって女性囲ってハーレムしてウッハウハ展開目指すわ、というような事を考えたり実行しようとした事がなかったので、人と戦う、という点においては圧倒的に経験不足である事を理解はしていた。

 仮にそんな事を考えるような人間であったとしても、多分どっか適当な人生のターニングポイント的な所でゴンザレスに木端微塵にそのフラグを粉砕されていたに違いないと思っているが。


 とにもかくにも、村から出て冒険しよう、なんて考えるよりも前にまずゴンザレスが村の生贄として魔王に選ばれましたとかいう展開になってしまった挙句、その生贄でもある本人も転生した人間だったのでベルナドットの中では自分の人生設計とかよりもまず、ゴンザレスの事が気になっていてそれどころではなかったとも言える。ゴンザレスが生贄としてベルナドットの人生から消えた後で、それからゆっくり今後の事をどうするか考えてもいいか、くらいには思っていた。生贄回避はそもそも本人が望んでいないのでこちらが勝手にその方法を考えるのも無駄だろうという結論になってしまったので。それ以前に考えた所でベルナドットには最善も最良の案も出てこなかったのだが。


 魔王の加護を得た村で暮らすというのは、思っていた以上に快適だった。もし魔王の加護がなければあの村はきっともっと貧しかったし、危険に晒されていた事も想像に難くない。森の中で兎や鹿や鳥などを獲物として狩りをするだけではなく、きっと盗賊や山賊などの破落戸だって村を襲っていたかもしれないのだ。そうなっていたならば、あの村を捨ててもっと平和な場所に住もうとしただろうか? 前世と違ってそう気軽に引っ越しなんてできるかどうかも疑わしい。そもそも荷を持ってどこか別の場所に移住しようにも、その途中で盗賊に襲われるか魔物に襲われるかする危険はやはりあるのだ。ならばきっと、危険にまみれた村であってもそこで暮らし、やって来るならば戦っていた事だろうとは思う。

 そうであったなら、対人戦がもう少しマシだっただろうか?

 考えてみたが、ベルナドットの結論は何度想像したところで否、であった。


 前世のゲームでの対人戦であるならば気楽にできた。格闘だろうと銃撃戦であろうと、プレイヤーの向こう側に生きた人間がいるにしたって死ぬのはゲームのプレイヤーキャラであって本人ではない。だからこそ遠慮なくコンボきめたりヘッドショット炸裂させる事だってできた。


 けれどもいくらここがほんの少しばかりゲームの中にありそうな世界観であったとしても、現状ベルナドットにとっての現実である。人も魔物も殺せば死ぬ。逆にこちらが殺されることだって有り得てしまう。

 動物やそれに近い形状をした魔物であれば、まだ心の整理をつける事はできた。

 しかし人間相手となると途端に駄目だ。グランと出会った時に戦った山賊たちですら、ベルナドットは殺す事ができなかった。あの時は状況が状況だったので必死だったが、それでも彼が狙えたのは腹が精々だ。それより上の心臓や頭を狙う事はどうしたってできなかった。震えて狙いが定まらないのを無理矢理押さえつけて矢を射っていた。グランが手の震えを指摘していたならば、きっとそれ以上矢を放つ事などできなかったかもしれない。

 画面の向こうであるならば、どれだけ殺そうと何とも思わないけれど自らの手を汚して確実に殺すという事にとてつもない抵抗があったし、今もある。

 だからこそベルナドットが今取れる手段は逃げ一択でしかなかった。


 髪の毛がちょっとヤバい事になっていようとも、それでも見た目は大分人間である。自分を殺そうとしているけれど、それでもあれはまだ見た目が人間の、幼さがまだ残るような少女なのだ。

 自分に明確に向けられた殺意に怯えていないとは言わない。怖い。

 そんな少女に立ち向かわなければならないという状況が、ベルナドットにとっては一人で魔物の巣窟へ行く事以上にキツイものであった。


 ばんっ、と目に見えない壁のようなものに阻まれて強制的に動きを止めるしかない状況に陥る。

 道はまだ先へ続いているけれど、その先へ行こうにも透明な何かが塞いでいるらしく、手で触ると弾かれたりはしないがそこには確かな壁の感触があった。

 ここで冷静さを欠いて目に見えない壁をべたべたといつまでも触っている、なんて行動を起こすつもりはない。そんな事をしていればあっという間に追いつかれるのだから。

 だからこそベルナドットは腕をかすかに伸ばして壁に触れるようにしながら横へ移動し始めた。目に見えない壁沿いに逃げる事にする。

 しかしそう行かないうちに、進行方向には建物があり目に見えない壁から早々に手を離す事になる。


 明らかに閉じ込められている。以前ゴンザレスが巻き込まれた話だと、ゴンザレスたちは別に狙われていたわけではなく迷い込んでしまっただけだったからこそ、結界とやらを素通りできた。この目に見えない壁がゴンザレスの言っていた結界と全く同じとは限らないが、それでも同じだと仮定するならば詰まる所それは――


「っ、くそっ、戦うしかないってのかよ……!」


 あの少女かベルナドットのどちらかが死なない限りは解除されない。

 そういう事になってしまう。

 ベルナドットが狙われている張本人でなければきっとこの結界とやらをすり抜けられたかもしれない。しれないけれど、現にこうして閉じ込められているのであれば、閉じ込めたと思われるあの少女をどうにかするしかベルナドットがここから出られる方法は無いと考えていい。


 振り向きざまに弓矢を出現させて放つ。狙いは正しく少女に向かっていたし、これが単なる狩りであったならここで終わるはずだった。


 ぱしっ。

 そんな、とても軽い乾いた音がして矢はしかし少女の髪に振り払われる。まるで山道で何の気なしに拾った木の枝を無造作にへし折るような、それくらいの感覚で。

 すぐさま体勢を立て直し、再びベルナドットは正面を見据えて走る。

 ばしゃばしゃと足下を流れる雨水を盛大に跳ね上げているため、既に膝下は不快感を隠す事ができないくらいべっしょりと濡れているし、靴の中にも浸水しているため一歩踏み出すたびに靴の中でぐじゅりと水があふれるような感覚がする。ゴンザレスが気を利かせてレインコートを用意してくれてはいたものの、足を完全ガードとまではいかなかった。


 油断すればすぐさま滑って転びそうになる足を、それでもどうにか動かして。

 ベルナドットは現状をどうするべきかをただひたすらに考えていた。


 少女の目の前から見事逃げおおせたとしても、結界に閉じ込められているなら出られない。いずれは見つかる。となれば戦うしかないわけだが、長期戦になればベルナドットが圧倒的に不利だ。

 既にこうして逃げている以上体力は消耗しているし、足が濡れているせいでそこから冷えて体温も下がってきている気がする。走り回って身体を動かしているにしても、温まるより冷える方が早い。足が完全に冷え切るときっと攣る。ベルナドットはそう断言できる。何せ転生してからこの身体、冬になって足先が冷えると毎年頻繁に攣っているのだ。唯一の安息地は寝ている時のぽっかぽかに温まった布団の中だけである。しかしひとたびそこから足がはみ出れば即座に攣る。


 冬以外はそうそう滅多に足が攣る事もないのだが、この状況からするとまずそのうち確実に攣るだろう。自分の身体の事は自分がよくわかってる。誰にともなく心の中でそんな風にすら断言してみせる。イメージ映像で思い浮かべた自分の顔は、笑えるくらいにキリリと決め顔をしていた。

 脳内でそんな事を考えているあたり、まだ余裕がありそうだと思われるが既にギリギリである。半ば現実逃避に近い。

 ここで死ぬのは遠慮したいが、生還するにはあの少女を倒さなければならない。いや、言葉をマイルドにしてはいるが、結局の所殺さなければならないのだ。現実逃避の一つもしたくなる。


 結界がどこまで広がっているかはわからないが、とにかく逃げる。戦うにしても今いる場所はあまりにもベルナドットにとって不利すぎた。せめてもう少し有利とまではいかずともマシに立ち回れる場所まで移動したい。

 けれども少女もひたすら追い回す事にいい加減飽いてきたのか、

「ねーぇ、いつまで逃げるのー?」

 などと声をかけてくる始末。

「あんたが追いかけてこなくなるまでだが!?」

「それは無理ー、だって殺さないといけないんだもの」

 思わず言葉を返してみたし、それにまた言葉が返ってきた事に意外と会話が通じそうだと思ったもののしかし殺意は隠される事がない。


「なんで俺を!?」

「あはっ、だって、そしたらメアが悲しむでしょう。それにリリメア姉さんにも言われてるの、ここであなたを殺すようにって」

 言って、少女の走る速度が増した。距離が縮まる。

 少しだけ首を動かして振り向きかけていたベルナドットがそれを確認すると同時、再び矢を放つ。

「無駄よ無駄無駄」

 しかしそれもやはりあっさりと蠢く髪によって叩き落された。

「っ、ち、くしょぉ!」

 たった一つの矢だから駄目なのかもしれない。そう考えたわけではないが、複数の矢を出現させてそれらを出来得る限り同時に射る。少女に雨のように矢が降り注ぐ。流石にそれは想定していなかったのか、少女の動きが僅かに止まり、矢が命中するギリギリで叩き落し、回避する。

 その隙にベルナドットは全力で駆けた。

 そして開いた距離に、少女が「あっ」と焦ったように声を上げて追いかける。

 その足下を狙ってベルナドットはポーチの中から一つの瓶を取り出して滑らせるように投げた。


「えっ、あっ!?」


 瓶を避けようとしたのかそのまま踏み越えていこうとしたのかまではわからないが、大した事などないと思ったのだろう。結果として避けるべきかその瓶を跨ぐようにするべきかで一瞬悩み、反応が遅れたらしい少女はよりにもよって瓶を中途半端に踏んづけてしまった。それなりに頑丈そうな見た目をしていた瓶は、しかしそこで割れて少女の足を汚し、周囲にぶちまけられる。けれどもすぐさま流れている雨水で洗い流されるはずで、だからこそ少女は気にすらしなかった――のだが。


「っ、ひゃぁ!?」


 少女は盛大に転んでいた。ずべしゃあ、という音が聞こえてきそうな勢いで転倒し、一瞬前までは濡れてすらいなかった服が雨水でびしょびしょになる。


「いっ、たぁ……何、何か凄い勢いで滑ったんだけど……!?」

 少女がひりひりと痛む足を摩りながら立ち上がる。幸いに割れた瓶の破片がある方向に倒れなかったが、全体的にぐっしょりと濡れた服が不快極まりない。


「……油?」


 濡れている地面と割れた瓶周辺を見ると、雨水に何か別の物が浮いているように見えて思わず凝視した。

 そしてそれが油だという事を把握する。濡れている地面に油。確かに滑る。ものすごく滑るとか確実に転ぶという程の威力を発揮するわけではないが、少女はあの一瞬、瓶を避けるか気にせず突っ込むかで悩んで多少なりとも体勢を崩していた。そうでなければ転ぶ事はなかったかもしれない。しかし実際は転んでしまったし、立ち上がった時にはベルナドットの姿は見えなくなっていた。


「……逃げられると思ってるなら甘いわ。絶対に殺す。殺さないとあたしがリリメア姉さんに酷い目に遭わされるんだから……!」


 姿が見えなくなったとはいっても、そこまで遠くには行っていないだろう。諦めるつもりなど毛頭ない。

 少女の目には剣呑な光が宿っていた。

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