ベッキー・ベティ
「うわっ……。アピーがまた毒薬作ってる。本当にやめてよ。こっちも迷惑なんだから」
「あらココロちゃん。これは毒薬じゃないわよ。使っても死なないもの。ただの痺れ薬」
「……気持ち悪い!呪術師なんて吐き気がする!この、呪いの魔女が!」
エモニエ・アピー。二十一歳。妹のココロとギルド“ベッキー・ベティ”を経営している。
職業は呪術専門の魔術師。呪術師とも呼ばれるこの職業は、呪いで人を苦しめたり、毒薬を作る資格を持っていたり、魔法地雷を設置できたりする程度で、ココロが言うように物語の悪役で出てくる“呪いの魔女”といった感じではない。どちらかというと医師に近い専門職だ。私は今も大学に通って呪術の勉強を続けている。
……まあ、少し前まで休学していたのだけれど。
悪にも使えるこの力を、正しく使うことこそが私たち呪術師の仕事。別に人を呪いたいから呪術師になったわけではない。もともと魔力は人より持っていたから、何か特別な珍しい魔術師になりたかっただけ。妹には気味悪がられるし、公に言うこともできないけれど、私はこの職業がとても好きだし誇りを持ってやっている。まあ、戦場に出ることはできないので、バリバリ前線に出て戦う銃士のココロにいろいろ言われてしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
「アピーさんお疲れ様です!毒薬作りですか?」
「あらユイちゃん。学校終わったの?おつかれさま!そうそう。今日の狩りで役に立つと思ってね。その名も痺れ爆弾!今回のモンスターはとにかく数が多くて動きが速いみたいだから、ぜひ使ってね」
「ありがとうございます!さすがマスターですね!」
彼女はギルドメンバーのカンザキ・ユイ。名門ミネルヴァ学園の生徒で、高等部に上がってすぐうちのギルドを見つけて志願してくれた大剣使いの女の子だ。とても素直でまっすぐな性格で、私のことも尊敬してくれている。
「ユイさん!駄目ですよ!アピーなんか褒めたら。どうせ戦場にも出られないんだし。痺れ爆弾なんか無くたって私たちの腕なら余裕じゃないですか」
「ココロ~。そんなこと言わないの。せっかくアピーさんが作ってくれたんだから。たしかに私とココロがいれば最強だけど、この痺れ爆弾は無いよりもあった方が役に立つ。アホでもそれくらいは分かるでしょ?お姉ちゃんに対抗したいのか分かんないけどさー」
「あ、アホって言わないでくださいよぉ……」
ユイは姉御肌でもあり、年下のサブマスター、ココロとも分け隔てなく仲良くしてくれている。ココロもユイによく懐いているし、姉としてはありがたい限りだ。そして何よりユイは剣の腕が凄い。ピカイチだ。
「ココロさん。今回も私がココロさんの隣でいいの~?」
「ああ、チオリさん。うん。頼むよ。狙撃手が二人いると安心できるしね。近接戦闘はユイさんとステイシーで足りちゃうからさ」
「了解~。あ、お菓子食べる~?」
ゆる~い雰囲気の彼女は、私の大学の友達で同級生のギルドメンバー、アイザワ・チオリ。ココロと同じく銃士をしている。ココロ曰くあまり腕は良くないそうだが、狙撃手としては向いているらしい。
「ふむふむ。痺れ爆弾とは考えましたねマスター。まあ、これは使いどころも重要になってきますが。ぜひぜひ我々前衛組にお任せくださいませ」
ダガーナイフを研ぎながら、流暢な敬語で話す彼女は、ギルド最年少にて若干十四歳のアンブロシア・ステイシーだ。ココロが十五歳なので、その一つ下ということになる。三つ編みに眼鏡っ子で、いかにも真面目というイメージだが、短剣の腕はえぐい。息を呑むほどえぐい短剣さばきをするのである。よく薬草を捕りに行く際に用心棒として着いてきてもらうのだが、彼女の瞬発力、咄嗟の判断力には目を見張るものがある。
ということで、今のところギルド〝ベッキー・ベティ〟のメンバーはこんな感じだ。雰囲気としてはまったりわちゃわちゃしていて、メンバー皆が仲良く家族のような存在だ。相変わらず、妹のココロには嫌われてばっかりだが。それも仕方ない。全ての原因は私にあるのだから。
〝トサヤマ・チヅル〟
その男に出会ったのは私が大学に入学したての十八歳の頃だった。当時、私は精神的にとても不安定だった。家族とも呼べないような両親が突然他界し、ギルドの経営を押し付けられ、いっぱいいっぱいだった。妹のココロは反抗期真っ只中で、そんなとき、大学の講演会で政治家の〝トサヤマ・チヅル〟の話を聞いて感銘を受けた。講演会後、私は様々な質問や話をしに行き、気づけばお茶をしたりご飯を食べたりするような親密な仲になっていた。
そして私はある日プロポーズを受けた。彼の政治活動の拠点であるアノマルトという土地に来て欲しいと言われた。私は二つ返事で着いていくことにした。大学は休学した。このとき、ギルドのことやココロのことまでは頭が回っていなかったことを、今でも深く後悔している。
アノマルトでの生活が一年ほどが経ち、彼と一緒にウィンセントのこのギルドに帰ってきたときには、ココロとの関係は最悪だった。それでも私は迷惑をかけた分を償いたくて試行錯誤したが、突然チヅルさんが失踪し、私は自分を保てなくなってしまった。
ここまで回復できたのはギルドメンバーと、他でもない妹ココロのお陰だ。
皆がいなかったらと思うと、想像しただけでも恐ろしい。
「さあ!今日の作戦について説明しますよ!」
ココロが声を上げると、メンバーが中央のテーブルに集まった。ココロはとてもしっかりしている。
……私なんかよりずっと。
つづく