君とぼくの秘密兵器
平成十二年、六月八日、金曜日。
歴史の授業で、ぼくたちは歴史の有名人についてギロンをすることになった。ぼくのいた班は織田信長についてギロンすることになった。ギロンのポイントは簡単に言うと、信長は悪い人か悪くない人かということ。ぼくたちはジャンケンで負けて、信長が悪い人ということを主張する側になった。
「信長って、有名な人だよね」
ケン君が話し始めた。ケン君はクラスの人気者で、彼の周りにはいつも笑いが渦巻いている。ケン君は、ぼくにはちょっとまぶしすぎる。
「そうそう、歴史の教科書にもいっぱい出てくるし、調べるだけなら簡単かもしれないね」
ミカちゃんは男勝りな性格の、とても元気な女の子だ。じっさいに、彼女が喧嘩に負けるところは、クラスの誰も見たことがないという。
「信長って、めちゃくちゃ悪い人だよ」
トオル君は、このクラスで一番の天才。いつも本を持ち歩いていて、特に歴史はお気に入りなんだって聞いた。
「信長はね、いっぱい人を殺したんだ。お寺を焼いたり、歯向かってきた人は全員殺しちゃったんだ」
トオル君はどこか自慢げだ。
「じゃあ、とにかく人を殺した事を挙げれば、悪い人だってなるんじゃないかな」
ミカちゃんは机に前のめりになって、トオル君の開いている本のページを覗き込んだ。本のページには信長のやった事がいっぱい書いてあって、見ているだけで目が回りそうだった。
「おし! そうと決まれば、いっぱい調べようぜ! 俺はコンピューター室で調べてくる!」
ケン君は、駆け足でクラスを出ていった。いいなぁ、僕もコンピューター使いたい。
「あっ! ケン君はコンピューター使いたいだけでしょ!」
続いてミカちゃんもコンピューター室に向かった。結局、ぼくたちの班でクラスに残ったのは、トオル君だけになった。
「まぁ、ケン君はよしとして、ミカちゃんまでいっちゃうのは辛いな。だけど、大丈夫。僕にはタクがいるからね! 君がいたら、今回のディベート対決は絶対に勝てるさ!」
トオル君はこっちを向いて、くしゃくしゃと僕の頭をなでた。
*
平成十二年、九月十六日、日曜日。
今日はくもり空。なーんも楽しくない日曜日。でも、昔から幼馴染のトオル君が、今日はぼくの家に遊びにくる。だから、つまんない勉強も我慢してやる。
ピンポーンと、家のインターフォンの音がした。間違いない、トオル君はいつも、約束した時間ぴったしにやって来るんだ。
階段をドタドタと降り、家のドアをバーンと開けた。するとそこには、大きなバッグを背負ったトオル君がいた。
「遊びにきたよ、タク」
ぼくはトオル君を丁寧に迎え入れて、お母さんには秘密にしてあるポテトチップスを棚の奥から出した。袋をハサミで開けて、お皿に中身をばら撒いた。こぼしたのは、こっそり食べた。しょっぱくて、おいしい。
「わぁ、ポテチだ。タク、ありがとね」
トオル君は手が汚れるのが嫌いだから、お箸を上手に使ってポテチを掬い上げた。
「今日は何して遊ぼっか」
ぼくがそう聞くと、ケン君は外を指差した。
「外で遊びたいな。あの、秘密の場所で」
ぼくは首を縦に振り、急いで外で遊ぶ準備をした。お姉ちゃんに「いってきまーす」と言って、ぼくたちは秘密の場所に向かった。トオル君は、重そうなバッグをよいしょっと持ち上げて、ぼくの後をついてきた。
*
平成十二年、九月十七日、月曜日。
いよいよディベート対決が始まった。良い人側も、悪い人側も、両者一歩も譲らぬ名勝負。しかし終盤になって、少しこちらが不利になってきた。
「どうする、このままじゃ負けちまう」
ケン君は額に汗をかいている。
「トオル君、どうしよう」
ミカちゃんは顔に焦りを浮かべていた。
「安心して、僕には秘密兵器がある」
トオル君はバッグの中をごそごそと探り、金ピカの塊を出した。
「トオル、なんだそれ?」
「まぁ見てなって」
するとトオル君は机が対照的に並べられてあるクラスの中央に立って、金ピカの塊をデカデカとみんなに見せた。
「信長は悪いヤツです。これは、その決定的な証拠です」
クラスがざわめいた。
「その金ピカな物体はなんですか?」
ギロンを聞いているクラスメイトの一人が、手を上げて質問した。
「これは、頭の骨です」
クラスがまたざわめいた。
「信長はなんと、討ち取った敵の頭の骨を改造して、盃に、つまり僕たちで言うところのコップしてしまったのです!」
クラスの雰囲気が一気に変わった。今まで劣勢だったのが嘘のように、流れがこちら側に押し寄せてきた。
トオル君の活躍により、ぼくたちの班はギロンに勝利した。特にトオル君は先生にとても褒められていた。
「いやぁー、トオル君はすごいなぁ。まさかそこまで調べ上げて、しかも作ってきちゃうなんて。先生、思わず感動しちゃったよ」
先生はそう言いつつ、トオル君の金ピカ盃を手にとって見ようとした。
「先生、ダメです。これは触っちゃいけないんです」
トオル君が、先生の手から逃れるように、金ピカ盃を腕に抱いた。
「ごめんごめん。でも、本当にすごいよ。トオル君の班はタク君が欠席で、一人足りない状況だったっていうのに。確か、トオル君のお父さんは医者をやっていたよね? もしかして、病院のガイコツから借りてきたのかな?」
先生は、何も知らずに質問した。
その質問に、トオル君は「レプリカですよ」とだけ答えて、教員室から出ていった。
トオル君はにまぁと笑って、金ピカ盃を恍惚とした表情でなでていた。
*
ぼくたちは数分かけて、秘密の場所に来ていた。ここはぼくたち両親でさえ知らない、本当に本当の秘密の場所。辺りは木々に囲まれていて、ポツンと大きな穴が、落とし穴のように空いている。
「タク、明日、信長についての発表があるよね?」
ケン君はカバンの中をごそごそとしていた。
「うん! 僕もちゃんと調べたし、それにトオル君がいるから、絶対に安心だよ!」
「そう、多分勝てる。でも、もしかしたら相手が強くて、負けちゃうかもしれない。だから僕は、秘密兵器を作りたいんだ。タク、協力してくれるよね?」
辺りは暗くなってきた。ここまでくると、穴の奥なんて、誰にも見つからなくなっちゃうだろう。絶対に落ちないようにしなきゃ。
「わかったよ。でも、秘密兵器ってどーやって作るの?」
「ありがとう、タク。君がいなきゃ絶対に作れないんだ。秘密兵器には、どーしても君が必要なんだよ」
そう言いつつ、タク君は手を後ろに隠しながら、僕の後ろに立った。
「体の小さい君じゃないと、僕の方が殺されちゃうかもしれないからね」
*
平成十八年、八月七日。
町外れにある鬱蒼と森で、とんでもないものが発見された。発見主は散歩に来ていたおじいさんであり、何かの匂いを嗅ぎ取ったおじいさんの犬が見つけたという。
見つかった遺骨は、頭蓋骨だけが綺麗に取られて、深い穴の奥に捨てられていた。このニュースは全国を駆け巡り、猟奇的殺人としてしばらくの間、世間を大きくざわめかした。
ある男はそのニュースを見て、金色に塗られた盃に並々と入った酒を、一気に飲み干したという。
「トオル君、ぼくの頭を返して」