お馬鹿な魔王様は今日も私を口説きに来ます。
初めてまして、私はソフィアです。
とある国で聖女を務めています。
そしてなぜか今、魔王様に口説かれています。
* * * * *
inソフィアの家
いつものようにお城で聖女のお仕事を終えて、家に帰ってきた。
家事を一通り済ませて、窓際でまったり本を読む。
いつも通りの一日が過ぎていく……はずだった。
ピンポーン
自作のドアのチャイムが鳴らされた。
(……? 今日は来客の予定はなかったはずだけど……)
ゆっくりとドアを開ける。するとそこには、私より5歳ほど上に見える男性が立っていた。
「あの……どなたでs「あ、あの! ソフィアさん! いや、ソフィア様! 僕と結婚してください!!」……はい?」
とりあえず一度落ち着かせるために家の中に入れ、ソファに座らせた。
「……で、どうしたんですか? というより、私まだあなたが誰かも知らないのですけど……」
「あ、申し訳ありません、慌ててしまい。僕は、レオン・ジルベルトです。……分かるでしょう?」
「! ……どうして、魔王であるあなたが、ここに……」
「だーかーらー、さっき言ったじゃないですか。結婚してくださいって」
「いや、でも……」
「じゃあ、1年。1年だけ、僕頑張って口説くから。それで、君が僕と結婚したいって思わなかったら、諦める。それでどうですか?」
「は、はあ……」
「やった。これからヨロシクね、ソフィア」
私の耳元でそう囁き、フッと消えてしまった。
「何だったのよ……とにかく今日はもう寝よう」
翌日、目が覚めると……。
「……何でいるの」
魔王様がベッドに座って私を見下ろしていた。
「え? 当たり前じゃん。昨日、口説くって言ったでしょ?」
「だからってこんな朝早くから……」
「……嫌、だった?」
「嫌というか……寝起きだからちょっと恥ずかしい、かも」
「大丈夫。寝顔、可愛かったよ」
……え?
「み、見てたの!?」
「うん」
恥ずかしすぎて顔から火が出そうになる。
「あはは、かーわいい。本当にかわいいなぁソフィアは」
「あんまり言わないでよ……」
「あれ? 気に障った?」
「そうじゃなくて……なんて言うか、慣れてないから……」
「……ふふ、そっかあ、そうだよねえ。じゃあソフィア」
レオンが顔を近づけてきてきた。
「これから沢山してあげる。そしたら、慣れるよね?」
驚きすぎて思考が止まる。
「まあ時間はたっぷりあるし、ゆっくり慣れればいいよ」
「え……あ、うん……」
「いい子。じゃあ、僕そろそろ戻らないと怒られそうだから。大好きだよ」
レオンは転移の魔法を組み始めた。
「おっと、言い忘れてた」
組み終わる直前、私のそばにやってきて呟いた。
「僕が口説いてる間、他の奴のところに行ったら……分かるよねえ?」
……やっぱり魔王様は魔王様だった。
* * * * *
3ヶ月後……。
「ソーフィーアー、ピクニック行こう!」
「何、急に」
「今日はお仕事ないんでしょ? 行こーよー」
「ええ……」
「嫌?」
「別に嫌なわけじゃないk「じゃあ行こう!」……はあ、分かったわよ」
結局、ピクニックに行くことになった。どこまでも続く花畑が幻想的だった。
「……きれい」
「でしょ?結構人気の場所なんだ。この時期が一番いろんな花が咲いてるんだよ」
「……ふふっ」
「ん? どしたの?」
「なんか、楽しそうだったから」
「そりゃあね、君に早く見せたかったからね。気に入ってくれた?」
「うん」
「よかった」
ふわりと頭を撫でられる感覚がした。レオンが優しく微笑んでくれて、なんだかよく分からない気持ちになる。
その日は夕方まで花畑にいた。
* * * * *
in魔王城執務室
「エリック、今日の仕事全部持ってきて」
「え」
「3時間で終わらせるから」
「3時間!?」
「ほら言ってるそばから時間なくなってくよ? 早く早く」
「は、はいぃぃ!!」
* * * * *
5ヶ月後……。
「ソフィア、おかえり~」
「……いや、ここ私の家だし」
「いいじゃん。今日もお仕事お疲れ様……ってソフィア!?」
今日は朝から体調が優れなかったけど、無理しちゃったかな。
レオンがいて安心したのか、体の力が抜けて倒れてしまった。
変なの。レオンの顔を見て安心するなんて……。
「ソフィア! ソフィア!!」
レオンの腕の中にいて落ち着くっていうのも、変な感じ。
ああ、そんな泣きそうな顔をしないで。なんか、胸が痛くなる。
ただの風邪だから、心配しないで……。
頭がぼんやりしてる。何も考えられない。
額に何か冷たい物が当たってる。気持ちいい……。
そういえば、あの人……レオンは、どこ?どこにいるの?
寂しいよ……。
手を握られた感覚で、少しずつ意識が浮上する。
薄く目を開くと、レオンが椅子に座り私の手を握ったまま眠っていた。
「れ、おん……」
かすれた声で彼の名を呼ぶと、レオンはすぐに目を覚ました。
「ソフィア! 良かった、もう起きないかと思った」
「ただの風邪、だよ」
「待ってて、今水持ってくるから」
ベッドから体を起こし、レオンから渡された水を一気に飲み干した。
「ふう、ありがと」
「どういたしまして。何かしてほしいことってある?」
「ううん、特にはないかな……あ、ねえ」
「なあに?」
「あのね、嫌だったら別にいいんだけどね、その、また、寝れるまで、寝れるまででいいから、手を、繋いでてほしい……ってふぇ!?」
言い終わらないうちに、レオンにぎゅうっと抱きしめられた。
「レオン……?」
「ゴメン。かわいすぎて我慢できなかった。うん、繋いでてあげる。今晩は、ずっとそばにいるから」
「ん、ありがとう。レオン」
「……やっと、名前呼んでくれた」
「そう、だっけ? えへへ」
「ああもう、かわいい。ねえ、ソフィーって、呼んでもいい?」
「え、ああ、うん」
「ありがと。じゃあソフィー、そろそろ寝よっか」
「帰らなくて大丈夫なの?」
「へーきだよ。それとも、やっぱりいてほしくない?」
レオンが私から少し離れ、帰ろうとする。
私は思わず、レオンの服の裾を引っ張っていた。
「……やだ」
「んー?」
「行かないで」
「どうしようかなー」
「お願い」
「……仕方ないなあ。いいよ、一緒にいる。だから、安心して眠って」
「うん」
ベッドに横になると、レオンが手を繋いでくれた。
空いた手で頭を優しく撫でてくれている。とても心地いい。
「明日は元気になってね。おやすみ、ソフィー」
* * * * *
in魔王城執務室
「陛下ー起きてくださーい。まだ5つ目ですよ、さっさとこの書類の山を片付けてください」
「……ソフィーに、嫌われた……家に結界張られた……」
「はあ、まだ言ってる。あのですね陛下、ソフィア様でしたっけ? その方にもその方の事情ってものがあるんです。勝手にこじらせて、本当に嫌われたらどうするんですか?」
「僕に、何も言ってくれなかった……」
「女性には他人に隠したいことの10や20はありますよ。うじうじ言ってないで仕事してください」
* * * * *
9ヶ月後……。
最近、家の周りに侵入不可の結界を張っている。
理由は、引っ越しの準備をするため。
初めはレオンが家に来ると申し訳なかったけれど、次第に家にも来なくなった。
流石に嫌われたかもしれない。
でもそうなると、引っ越しの準備の意味がなくなってしまう。
なぜなら、あの日の答えを出したから。
まさか私が、こんなにもあの人を__レオンを好きになるなんて思いもしなかった。
「はあ、何してるんだろ、私……」
だから、これも夢なんだろうな。窓の外に彼がいるのも、彼が私の張った結界を壊しているのも、私を抱いて転移したのも。
……結界、ミスリル並みに硬くしたはずなんだけど。
ん? 待って? 転移した?
「え、レオン?」
ぼーっとしてたけど、これ夢じゃないじゃん。
「レオン、どうしたの? 降ろして」
彼は何も言わず、歩いていく。
ていうかここどこ? 彼の城かな?
全く口を聞いてくれない彼に腹が立ち、飛び降りる。
「ねえ、どういうつもり?」
「大人しくしててソフィー、危ないから」
「レオン、私の話を聞いてよ」
「ごめんね。でも、こうでもしないと君は、僕のものになってくれないでしょう?」
私が、レオンのものにならないから……?
「レオンの馬鹿! もう知らない!」
「え、待ってソフィー!」
レオンの制止も聞かず、私は走り出した。
* * * * *
無我夢中で走っていると、中庭らしき場所についた。
沢山の花はきれいだったけど、それを愛でていられるような状況ではなかった。
(レオンの、ばか……)
なぜだか分からないけれど、涙が込み上げてくる。その場にうずくまっていると、足音が聞こえた。
レオンが追いかけてきたのかと思い身を固くしていたが、その足音はレオンのものではなかった。
「はあ、ここにいたんですか。ソフィア様」
知らない青年に声をかけられ、動揺する。
「誰……ですか?」
「おっと失礼しました。私はエリック。陛下の……レオン様の側近です」
レオンの、側近……?
「なんで、探しにきたの・・・?」
「ん? ああ、安心してください。別に陛下に命令された訳ではありませんよ。陛下は今部屋で大人しくしていただいてますから」
「大人しく……」
「ソフィア様のことはある程度存じていますが、まだ把握していないこともございます。少し、お話を伺っても構いませんか?」
「ええ……」
私は応接室に案内され、今までのことを少しずつ話した。
9ヶ月程前に初めて会って、口説くと言われたこと。
たまに一緒に遊んだりしたこと。
風邪を引いて迷惑かけたりしたこと。
「ふうん……で、陛下が『家に結界を張られた』ってずっと落ち込んでたのですが、何があったのですか?」
「……引っ越しの準備を、していたの」
「引っ越し、ですか?」
「と言っても、とりあえず荷物をまとめようと思っただけなんだけどね。あまり見られたくなかったから、入れないようにしてたの」
「そうですか……因みに、なぜその考えに至ったのか、聞かせてもらってもよいですか?」
……正直かなり話しにくい。が、ここで黙っていても進まないだろう。
「あの、笑わないでね、その……ここに、来たかったから、なの……」
「? ああ、なるほど……ふふ、ははは!」
「笑わないでって言ったのに……」
「申し訳ありません。ソフィア様がとてもお可愛らしかったので、つい」
「もう……」
「それで? 陛下を驚かせようとでもしたのですか?」
「何で分かるのよ……」
「ソフィア様は分かりやすい方ですから」
「何よそれ、まあいいわ。それで、私はどうしたらいいの?」
「そうですね、そろそろ陛下も落ち着いているでしょうし、見に行ってみますか?」
「……ええ」
* * * * *
レオンの部屋に来た。
「私は外におります。何かありましたらお呼びください」
「分かった」
ドアをノックしても反応がないので、勝手に入った。
「ソフィー……」
レオンは部屋の隅でうずくまっていた。
何も映っていない目を見て、何だか腹が立ってきた。
私はとりあえず座り込み、レオンの両頬のつまんで引っ張った。
「いひゃい……はれ、しょふぃーがみえる……」
「『見える』じゃない、何勝手に自己完結してんの。少しは私の話を聞きなさいよ」
「しょふぃー、おこってる?」
「ええ、ものすごく怒ってる。勝手に暴走してくれちゃって、どうしてくれるのよ」
涙目になってきたので、頬から手を離した。
「まずは、私に何か、言うことがあるよね」
「ごめんなさい! 勝手に連れてきて、本当にごめんなさい!」
「よし。で、何でこんなことしたの?」
「……ソフィーが僕のこと、嫌いになったって、思ったから」
「はあ?」
「何でだろ、早く、僕の所に来てほしかったのかな」
「馬鹿……本当、馬鹿……」
なんだ。レオンは、私のことを、好きでいてくれてたんだ。
なぜが涙が出そうになる。
「私ね、私……レオンのこと好きだよ」
「え……ソフィー?」
「だからね、荷物をまとめてたの。それで、いきなりこっちに来てびっくりさせようと思ってたの。なのに勝手に連れてきて」
「そう、だったんだ……」
不意に腕を引っ張られ、レオンの胸に倒れ込む。
優しく抱きしめられていると、何でも許してしまいそうだった。
「ねえソフィー、僕と結婚してくれる?」
答えは、1つしかなかった。
「……うん」
* * * * *
それから私は、魔王城に引っ越した。
とは言っても聖女のお仕事も続けているし、今までと生活ががらりと変わるということはなかった。
「そういえばソフィー、1年も持たなかったね」
「仕方ないじゃん、好きになっちゃったんだから」
そして、魔王妃としてお披露目をしたり、自称勇者がやってくるのをレオンが追い返したり、暫くは慌ただしいままだったのは、また別のお話。
読んでいただきありがとうございました。