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第七十四話 恐るべき空中戦

 江戸城の天守閣が、小田原城本丸に転落すると、城内にいる者どもは心から震撼した。

 間もなく、茜と雫そしてユズナの三人は、敵のくノ一紬に導かれて窓から飛び出し、江戸城天守閣の屋根の上に昇って、紬と激しく刃で切り結んだ。


「なんて反射神経だ……!」

 茜は目の前で起きていることにそう叫んだ。


 三人で囲んでどんなに激しく攻めても、紬の槍はそれを上手く刃で受けて、軽々と弾き返してしまう。その槍使いは驚嘆すべきものであり、まるで紬の姿が千手観音のようにすら見えてくる有り様なのであった。


「ここまでこれるかな!」


 紬は、屋根瓦を踏み締め、猿の如く跳びあがって疾風の中から手裏剣を投げつけてきた。

 三人はそれを避けながら、紬を追ってそれぞれ跳び上がり、紬と向かい合わせにつむじ風の中を浮遊することになった。


 四人は今、燃え盛る江戸城天守閣を遥か高みから見ろしている。それは傾き、全体が斜めになっている上、烈火の如く燃え盛り、黒煙が立ち込めている。一階部分や石垣はすでに崩落し、無残な柱や瓦が散乱しているのがよく見えていた。

「まさかこの城が落ちるとはね……」

 と紬は残念そうに呟いた。


「辰影の妖もこれで終わりだね」

 と茜は挑発するかの如く言った。


「いや、戦いはまだ終わっていない!」

 紬はそう叫ぶと、つむじ風の中で突撃し、雫に勢いよく斬りかかった。

 雫は太刀を振るって、紬の槍を間一髪で回避すると、追撃を恐れ、さらに天高く跳びあがった。


 すかさず茜が真上から、太刀で紬に斬りかかる。それも紬の刃に弾き返されて、今度は、ユズナが遠くから鎖鎌を振るう。

 紬は、ユズナの分銅に足首を巻きつかれたが、全身に稲妻をたぎらせて、鎖伝いにユズナを雷撃した。

 ユズナは、叫び声を上げて、分銅を引き戻すと疾風に乗って紬から離れた。


(これは尋常じゃない相手だ……)

 茜がどんなに太刀で斬りかかっても、紬はそれを槍で軽々といなしてしまう。そこで一瞬でも隙が生まれると、かえって槍の餌食となってしまうので、茜は慎重になっていた。


 四人はつむじ風の中で激しく切り結ぶこと百五十合に及び、紬が圧倒的に優勢のまま、ついには雫が落下し、江戸城の鬼瓦を背中で叩き割った。

「ううっ……」

 雫は苦しみながら屋根の上を転がり、さらに本丸の地面に落下すると、血をこぼしながら、体勢を整え、天空で争う三人に向けて、全力で手裏剣を飛ばした。

「紬に当たれ!」

 雫がそう叫ぶと、願いが通じたのか、紬に命中したらしく、紬はつむじ風に吹き飛ばされて、どこかへ消えていってしまった。



          卍



 江戸城の崩落している低層階で、床が傾き、柱が中途から折れていたが、どうにか立っている円海和尚の足元には、干からびた老人の遺骸が倒れていた。まるで即身仏のようですらあるが、そこからは霊魂というものが微塵も感じられなかった。

「白幽。そなたはただ妖気だけで動いておったのか……」

 それは白幽和尚の抜け殻であった。人間の死とは、霊魂と肉体が分離することだという。しかし白幽和尚は、とうの昔に霊魂を失い、ただ妖気のみがその肉体を突き動かしていたのであった。


「白幽よ。激しい戦いであったが、わしにとってはどこか虚しさの込み上げる戦いであった。慈眼寺の七怪僧と呼ばれ、同じ願いを向かって努力をしていたあの頃のことを思えば、どうしたって喜べるはずのない争いである。それでもわしは戦った。何故じゃ。わしらは真理を追い求めにゃならんからじゃ……」

 そう言うと円海和尚は、その亡骸に向かって、合掌すると、深みのある声で念仏を唱え始めた。


 たちまちあたりは光り輝き、阿弥陀如来と菩薩たちが瑞雲と共に来迎すると、その亡骸を連れて行ってしまった。


「南無阿弥陀仏……。南無阿弥陀仏」

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