第七十三話 氏邦砲
江戸城天守閣にて、家斉は、龍が退治されたことに驚愕し、心から嘆き、激怒したものの、早急に次の作戦を展開しなければならないので、老中水野らを前にして、重々しい口を開いた。
「かくなる上は、この江戸城天守閣で、小田原城に体当たり攻撃する他はない」
「なんですと!」
「わしの神通力をもってすれば、この規模の天守閣など幾度でも生み出せる。なによりも北条氏康、氏政親子の神霊が力をつける前に封印してしまうことの方が先決だ。もしもこのまま彼奴らを野放しにしておれば、必ずわしの宿敵となり、取り返しのつかないことになるだろう」
家斉のとっさの決断で、江戸城天守閣は再び、もうもうと土煙を立ち昇らせながら、小田原上空に一気に飛翔したかと思うと、小田原城本丸に向かって、一直線に前進し始めた。
栄之助たちは、最上階に向かおうとして鍵のかかった鋼鉄の観音扉に苦戦しているところだった。それが突如、江戸城天守閣が浮遊し、どこかへ向かい始めたので、慌てて階段にしがみついた。
「一体、どういうつもりだ。また小田原城に突撃しようというのか……」
茜、雫、ユズナの三人も、栄之助の足下で、必死に階段にしがみついている。
その時、突然、眼前の観音扉が開いた。栄之助が驚いて見上げると、その先に立っていたのは紬であった。
「こんな時に……」
栄之助は苦々しく思った。
その刹那、大筒からの光弾が江戸城に着弾したらしく、建物は大きく揺すられ、四人はその衝撃で、階段から一気に転がり落ちた。
「どういう訳だ。家斉は気でも狂ったか。よし。城下町中の大筒で江戸城天守閣を集中砲火するのだ!」
と小田原城の天守閣で、氏政が言うと小姓が疾風の如く走って行った。
氏政は、窓から外を眺めると、江戸城の浮遊する天守閣が、光弾の雨霰の中を突き進み、不動明王の火焔の如き火に包まれて、壮絶に燃え上がりながら、自らも大筒で四方を乱撃し、火の海の中を突破、江戸城の幾重にも張られた結界をことごとく突き破り、本丸へと突入してきたのである。
小田原城の城域も、いまや焔に包まれて、それらが天をも焼き尽くす勢いである。着弾する度、ぐらぐらと地が揺すられて、城が相当な損傷を受けているのは明らかだった。
「よしっ。今こそ、氏邦砲で砲撃する時ぞ。江戸城天守閣は目の前だ。木っ端微塵にしてしまえ!」
氏政はそう叫ぶや否や、小田原本丸に鎮座する大仏の如き壮観な大筒、氏邦砲がこの世のありとあらゆる光を集めて、幾億刧も昔から伝わる不動明王の業火を、たった一発の火球に凝縮し砲撃。砲弾は、天地を揺する音を轟かせ、妖気の渦を巻き起こし、土石を噴き上げながら、一刹那のうちに、眼前の江戸城天守閣に命中し、本丸一帯を焔の海に包み込んでしまった。
「当たったか!」
と氏政は歓喜の声を上げた。
しかしそれは江戸城天守閣の端を掠めただけであった。それでも江戸城天守閣は、轟々と燃え上がりながら空中で斜めになって、小田原城本丸の中へとゆっくりと転落し、焔と土煙を一度に舞い上げたのだった。
「ついに江戸城が落城した!」




