表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/80

第六十四話 富士山頂の手合わせ

「紬。わたしたちは何故戦わなければならないの」

 と茜は、雪に埋もれた山頂に佇みながら紬に問いかけた。


「茜。この戦いには理由なんてものはないのよ」

「理由がない?」

「ええ。ただ、情念がわたしに人を殺させるの。わたしの心中で揺らめている死人(しびと)たちの魂がずっと語りかけてくるんだ。風魔忍者は一人残らず、殺してくれと……。それは嘆きの声なのよ」

 茜は、太刀の柄を握りしめて、斬りかかる隙を狙っていたが、紬の言葉の迫力に圧倒されて、体が動かなかった。

「家斉様がそう仰しゃる前からわたしはずっと分かっていた。わたしたちは凍りつく川の底、北条氏邦の猛攻の中で死んでいった。そこには風魔忍者の策謀があった。しかしだからと言って、わたしはあなたを恨むことの道理など求めてやしない。ただ行き場のない悲しみが、彷徨い続ける霊魂が、嘆きの声が、あなたの一際強い生の気配を嗅ぎつけたなら、きっと死に誘いたいと思うことでしょうね」


 茜は、白幽の忍者七人衆の一人、梅華が、自分のことを「生の気配がきつい」と語ったことを思い出した。


「そう。だから、わたしは呪文のように繰り返しているだけ。風魔一族の末裔はただ一人として生かしておけないと……」

「そんなの、わたしには関係のないことだわ。だって甲州征伐なんて二百五十年も昔の話。それにわたしは風魔小太郎ではない……」

「二百五十年も昔の話。その通りね。でも二百五十年の間、わたしたちはずっと苦しみ続けている。風魔の血脈が途絶えればこの傷も癒えるかもしれない……」


 紬は、血の気の通わぬ人形のような目つきのまま、太刀を振りかざすと次の瞬間、茜の懐近くまで入り込んできていた。茜はあまりの速さに慌てて二歩飛びすさったが、太刀の初動よりも早く、その首元に切先が静止していた。逆袈裟の軌道であった。


「ええいっ!」

 茜は、思い切りよく紬の足元に滑り込み、彼女の腰を払ったと思うと、空転する紬の刀身を避けて、勢いよく宙に飛び上がり、神風に飛び乗って、できる限り遠くまで逃げることにした。


(並の身のこなしではない……。もしも、武術で対峙したならば必死)


 すると、茜の目の前に突然、赤黒い焔が噴き上がった。それは次々と巻き起こり、彼女を一気に取り囲んでしまった。

「まずいっ!」

 茜は咄嗟に、焔の底をすり抜け、野鳥のように一気に下降した。すると焔も生き物の如き一塊になって背後から追尾してくる。それは次第に、美しい鳳凰の姿となって、巨大なその腹に、小さな茜を包み込んでしまった。


 茜の視界の全てが、瀑布のような炎に包まれてしまった。それは空中を彷徨う茜を呑み込み、その中で、紬の笑い声が響き渡った。

「風魔忍者の小娘が、どんなに歯向かってもこのわたしには勝てないのよ。さあ、わかったら、家斉様に服従しなさい……」

 その言葉に、茜はひどく絶望感の湧き起こるのを感じた。何も言い返すことができず、ただ一人焔の中で打ちひしがれるばかりで、仲間に助けを求めることもできなかった。


(駄目だ。神通力が違いすぎる……)

 茜は死を覚悟した。すべてが夢の中に消えていった。

 その時に茜の脳裏に浮かんできたのは、今生きているのかもわからぬ辻井栄之助の顔だった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ