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第五十八話 小猿の三平は笑う

 栄之助が置き去りにしたふたりの仲間は、宿場町の辻の茂みの中に腰掛けていた。ユズナは鋭い目つきで、栄之助を見ると、

「どこに行っていたんだ。急に駆け出したもんだから、気でもおかしくなったのかと思ったよ」

 と口さがないことを言った。


「悪かった。この宿場にはちょっと思い出があってね。それで旅籠屋には人もいないし、食べるものも無さそうだが、どうする?」

「人がいないならお邪魔してもいいじゃないか」

 と言ってユズナは笑った。


 その言葉の通り、三人はかつて茜と栄之助が宿泊していた旅籠屋に訪れ、主人のいないことをいいことに、ここに無賃で宿泊することにした。旅籠屋に入ると、囲炉裏のまわりに三人で腰掛ける。ユズナは面白そうに旅籠屋内を物色し始めた。

「見てみなよ。この下手くそな書を……」

 と言ってユズナが笑って、栄之助に見せた和紙には「吉祥」の二文字がしたためられていた。それを見ると、栄之助は小さな声で、

「三平の文字だ……」

 と言って、懐かしそうに手に取った。


「三平ってここの子供かい?」

「いや、小猿さ」

 栄之助はそう小さく呟くように言うと突然、思い立って、茜が宿泊していた二階の座敷に向かった。栄之助が立ち入ると座敷には、誰も人がいなかった。窓の外から柔らかい光が差し込んでいる。畳の上には埃がつもり、年季のいった箪笥の上に雉の置き物が飾られている。その先には猿の置き物だ。栄之助は、懐かしそうに部屋の隅々まで見渡した。


 その時、

「久しぶりだね」

 という剽軽(ひょうきん)な声が聞こえて、栄之助は弾かれたように箪笥の上を見上げた。先ほど猿の置き物と思っていたのは、なんと小猿の三平ではないか。三平は、にこにこと微笑みながら栄之助の顔を見つめている。


「三平か。ずっとここにいたのか?」

「まさか。おいらはお前さんたちのことをずうっとつけてたのさ」

「茜は一緒じゃないのか?」

 と栄之助はずっと気になっていたことを尋ねた。

「途中まで一緒だった。だけど、今は離れ離れさ。茜は危険な仕事になるからっておいらを残してきたんだ。それでも茜が江戸城に呼ばれてから行方知れずになったことは知っている」

「そうか。やはり茜は江戸城にいるのだな。なあ、茜は本当に妖に取り憑かれて、この宿場を襲ったのか。それで鉄海和尚の若奥様と呼ばれていた……」

 栄之助は、そのことを想像するだけでぞっとするのだった。


「違うね。それは紬の方さ。茜に似せて作られた精巧な泥人形だよ。茜は黒幕である鉄海和尚を殺害して、この宿場に平和をもたらしたんだ……」

「そうだったのか。三平。これから、俺は江戸城に乗り込む。力になってくれないか。茜のためなんだ……」

 栄之助はそう言って、藁にもすがる思いで、畳に手をついて深々と頭を下げた。


「勿論だよ。おいらはいつだってお前さんの味方さ」

 と三平はふふふっと笑って言うと、箪笥の上から栄之助の背中にひょいと飛び降り、鞠のようにくるりとまわって、首元にぶら下がった。

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