第五十二話 妖魔改造江戸城
茜と雫のふたりは座敷を後にして、徳川家斉と共に天守閣の内部へと入っていった。そしてふたりは冷たい鶯張りの廊下を歩き、広々とした畳の間に訪れ、襖の間から黒い影の無数の手が揺れ動いているのを横目に、家斉と向かい合って座った。
「間も無くこの日本国は、わしの手中に下る……」
「一体なにをするつもりなの」
茜は、じろりと家斉を睨みつけたが、彼はへらへらと笑っているばかりである。
「別になにということはないさ。ただね。そもそも将軍徳川家斉に乗り移ることができた以上、この日本国はすでにわしの言いなりじゃ。幕府は元より、外様も商人もわしの考え一つで跡形もなく取り潰せてしまうのじゃ。分かるかね。この意味が、いよいよ人間界が妖に支配されるのだ……」
「そんなことはさせないわ……」
「はっはっは。今のお前に何ができる。囚われの身のくノ一が何をほざいても変わりはしないわ……。それよりも観念してわしの仲間になれ。可愛がってやるぞ……」
「断るわ……」
「それならば少し眠っておれ」
家斉はそう言うと口を窄めて、ふっと煙を吐いた。その煙はあっという間に茜と雫を囲んで、ふたりは倒れ込んで、たちまち眠ってしまった。
「風魔小太郎の末裔などといったって、こうなってしまえばただのおなごじゃ……。美しいおなごの人形がふたつ、わしの思いのままじゃ。せいぜい熱い湯にでも浸けて、俗な心をよく洗い流しておくことだ。それともなにかね。この期に及んでまだ抵抗できるというのかね……」
そう言って家斉はケタケタと笑うと、その場を離れ、一人で階段を登り、最上階へと向かった。そこは正方形の間で、家斉は窓へと歩み寄り、外の景色が一望できるところに立つと呪文を唱えた。
その途端、天守閣がぐらりと大きく揺れた。そして鈍い音を立てながら、石垣が大地から離れて浮き上がり、五層の大天守は浮遊したまま山を越え始めた。
「見せてやろう。これが妖魔改造江戸城の真の実力だ……」
家斉はそう呟くと呪文の文句をわずかに変えた。それに合わせるように、荒涼とした大地の上を大天守はぐるりと旋回する。そして石垣にびっしりと積まれた巨石が横に開いたかと思うと、そこから漆黒の光沢をもった大筒が二本ばかり飛び出してきた。
城の前方には巨大な岩山がそびえている。
その刹那、大筒が法螺貝のような唸り声を上げたかと思うと、雷鳴が轟き、閃光がほとばしって、瞬く間のうちに、岩山は木っ端微塵に吹き飛んだ。
その直後に突風が吹き荒れ、空に龍が舞い上がるようなつむじ風が起こり、岩山の跡地には破片一つ残らなかったのである。
「これだ。これこそ力なのだ。もう誰もわしのやることに口出しはできぬだろう」
家斉はそうやって笑っている。
「よしっ。龍も出してやろう……」
家斉がそう言うと、天守閣の瓦葺きの屋根が開いて、中から一匹の龍が勢いよく真上に飛び出した。それはそのまま天を一回転したかと思うと、雷鳴を轟かせ、また屋根にしがみついた。
「ふはは。妖魔改造江戸城のおそるべき威力を目にして、庶民どもは恐れおののくであろう。はやく見せてやりたいわ……」
妖魔改造江戸城は、そのまま旋回し、城が元あった場所へと戻っていった。
囚われの身の茜と雫。妖魔改造江戸城の破壊力。果たしてどうなってしまうのだろうか。そして辻井栄之助たちは今どうしているのだろうか。そしてユズナは生きているのか、生きているのなら一体どこで何をしているのだろうか。いよいよ風魔一族の末裔茜と雫の物語は終局を迎える……。




