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第五十話 落城

 ユズナの結界が弱まった砦は、旗本の軍勢に横堀を突破され、今では盛り土の橋ができていた。その上を容赦なく走ってくる武士たち。

 四方八方で銃声が鳴り響き、岩山めがけて大砲の砲撃も続いていた。

 ……岩肌から転落した蜘蛛八の骸はいまや土の中に紛れてしまった。


 岩壁の至る所に空けられた狭間(さま)から覗かせた銃口が火を噴き、下方向に空けられた穴から長槍が突き出て、岩壁をよじ登ろうとする者を次々と転落させていたが、千騎の旗本衆に対し、総勢二十四人ではひとたまりもない。


 岩山の砦は、ただユズナの呪術によって難攻不落と化していただけの幻想の城だった。


 一刻も経たないうちに、砦は落城した。山賊衆は捕えられて、鋸挽きの刑に処されることになった。

 ユズナの生死は誰にも分からなかった。


 翌朝、辻井栄之助と円海和尚は砦の跡地へと向かっていた。

「どこかで生きていると良いが……」

 と円海和尚の法力をもってしても、ユズナの生死はわからないらしかった。

 ……そもそもふたりはどうしてユズナを探しているのだろうか。


「しかし一体どうしたわけで、萩姫は……」

 と栄之助は崖の上から、砦の跡地を眺めながら言った。

 要塞と化していた岩山である。洞穴の入り口という入り口には、いまや立ち入りを禁ずる板が打ち付けてあった。


「あのような化け物娘となったかというのじゃろう。それはわしとの旅の途中で、狐の妖に取り憑かれたのじゃ。わしはすぐに祈祷し、妖を祓ったが、妖の呪力のみ萩姫の体の中にとどまった。また無理に妖を引っこ抜いたため、精神への負担から別の人格が生じたのじゃ……」

 と円海和尚は少し唸ると、

()()()()()()()()……」

 とか細い声で言うとすぐに咳き込んだ。


 栄之助は話を聞くだけで身の毛がよだつ思いだった。そんなことがこの世に起こりうるのか。しかし荒涼とした山林の景色は、神仏の存在も疑わしいほどに味気ない静寂を感じさせた。

 いまやユズナは軍勢に討伐されて、生死の分からない身となってしまったということだけを栄之助は知っていた。ユズナを討ったのがくノ一の茜だったとはこの時、栄之助は知らない。

(萩姫を助けに来たはずがこの様だ……)


 この場に円海和尚がいる以上、彼を藩に連れ帰りさえすれば栄之助の務めは果たされている気もした。しかし栄之助にとっては何よりも萩姫だった。藩士というものは、御家に仕えているものなのである。

(付近の村を当たってみよう……)

 栄之助はそう思った。



          卍



 茜と雫は、ユズナを討伐したことで急速に幕府と接近することとなった。

 時の老中水野忠成がふたりに面会するということになった。茜と雫は、江戸城の表の一室に案内された。そこへ老中水野忠成(みずのただあきら)の登場である。忠成は一言で表現すれば老人であった。老人とふたりのおなごが向かい合って座っていると会話が弾まないのが普通だが、この時代もそうであった。


「これはこれは……幕府の面目を守り、山賊の砦を打ち破ったその忠義、まことに領民の鑑、褒めて遣わす……」

 と忠成が重々しい口調で述べると、

「まあ、正直、わたしたちもかなり危なかったんですけどねぇ」

 と茜は誤魔化して笑った。


「時に風魔小太郎の末裔というのは、かなり大勢いるのかね」

 と忠成が気を取り直して尋ねると、

「さあ、わたしたちには分かりません。みんな散り散りになっちゃったんです……」

 と雫が涙ながらに言ったので、忠成まで思わず涙を誘われる。

「可哀想に……。ところで、これは内密な話じゃが、将軍様がふたりに面会したいと仰っておるのじゃ……」

 その言葉に、茜と雫は顔を見合わせた。



          卍



 辻井栄之助と円海が付近の村に訪れると、年老いた百姓が田んぼの中で浮かない顔をして一人で立っていた。

「ここのところ、冷害がひどくてな……」

 と数年前から稲の収穫が落ち込んでいるらしく、毎年、年貢の上納に困っているらしい。場合によっては一揆を起こそうかというところまで状況が行き詰まっているのだった。

「数日前、この付近で負傷したおなごを見なかったか……」

「そういや、そういうおなごが山林に倒れているのが一昨日見つかって、祈祷師か何かだって言う噂で、おなごが指を振ったら、田んぼに豊かな稲穂が実ったとか……」

 それは明らかにユズナである。栄之助と円海は嬉しくなって、その村へと早急に向かうことにした。ところがその村へはさらに山を一つ越えなければならなかった。

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