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第四十五話 青月寺の戦い

 三人は、宿場にある青月寺という寺に宿泊することにした。そこでは、円海和尚は相当に名の知られた高僧であるらしく、僧たちに丁重に迎え入れられたのであった。三人の招かれた僧坊のとりわけ高貴な香りのする座敷には、龍虎の躍り出てくるかと思わせる襖絵が並んでいた。それは行灯によって大きくなった蝋燭の灯りで、不気味に揺れ動いているように見えた。


「それで、若侍殿。鯉沼藩の妖を片付けるにしてもだ。気持ちばかりではどうすることもできぬ。手立てがなくてはな。そもそも、敵が何者か知らねばならない。松林辰影は一体、何に取り憑かれたのだ?」

 そう言われて、栄之助は何と答えるべきか分からなくなった。

「それは、妖です……」


「それは曖昧な言葉というものだ。妖とは何のことじゃ。ゆうてみろ」

「たとえば死霊のような。あるいは化け物のような」

「それみなさい。萩姫。この若侍殿は何も考えておらぬと見える。このような若侍に妖退治などは無理というものじゃ」


 そう言われて、可憐な花の如き萩姫は小さくなって、栄之助の顔を見つめている。

「でも、わたしにも分かりませんわ。あの、お父様に取り憑いた妖とは一体何なのでしょう。教えていただけませんか」

 円海は、萩姫の方を静かに見る。

「わしらの中にありながら尚それを知ることのないもの。それは死というものじゃ。かつてこの日本国の至る所が戦場(いくさば)となった時、無数の死が生まれた。そして魂はその場に残り続けた。それはあるものは浮き上がって清らかになり、神仏に呑み込まれ、あるものは沈んで、妖となったのじゃ。とりわけ澱んだ魂は、死の観念となって、我々の心に忍び入る……」

 円海の説明は分かるようで分からなかったから、栄之助はじっと座ったまま何も言わなかった。

 そしてふと、龍虎の襖絵の外側が気になった。なにか人の気配があったのである。


「円海様……」

「わかっておる。柄を近付けておけ……」

 栄之助はその言葉に、日本刀の柄にそっと手を伸ばした。

 その瞬間、龍虎の襖が両側に勢いよく開いて、忍びと見える人々が躍り込んできた。栄之助は飛び退って、光る刀身を大きくしならせると、一人の忍びが胸から血を噴き出して畳に転げ落ちた。


「松林辰影の手の者だな!」

 円海は、けらけらと笑うと杖を突き出して、ぐいっと一人の忍びの胸を突いた。隙をつかれて、相手はよろめいた。

「萩姫を殺しに来たのであろうが、すでにこの円海、重い腰を上げたぞ……」


 忍びの中に、美貌の少女がいた。それは杏奈だった。栄之助はかつて神社で杏奈と争ったので、見覚えがあった。


 挿絵(By みてみん)


「円海を含め、萩姫、そしてその侍も関係人はすべて殺すようにというのが辰影様の御命令だ……」

 と杏奈が低い声を発した。それはいかにも死霊に取り憑かれているらしく、感情のこもっていない響きだった。

「そうか……。しかしとんでもない勘違いをしておるわい……」


 杏奈が女豹の如く飛び込んできて、円海と派手に切り結ぶと、他の忍びたちが、すぐに萩姫を取り囲んで縄でとらえてしまった。栄之助は、急いで萩姫にたかる忍びたちに斬りかかったが、相手は杏奈を含めて六人もいるので、とても敵う相手ではない。

「ええい。このままでは……」


 萩姫は、そのまま男の忍びに抱えられて、外へと運び出された。

 栄之助が大急ぎで、縁側から庭に飛び降りると、すでに忍びたちは月の美しい夜空に飛び上がっていた。


 一人座敷に残された杏奈は、円海と交戦していたが、戻ってきた栄之助との挟み撃ちにあって、左右に日本刀を振り回していたが、円海の前ではどんな幻術も無効化されてしまって、しばらく抵抗していたが、日本刀を投げ捨てて、ついに降参した。

「煮るなり、焼くなり、好きにしなっ!」

 と杏奈はあぐらをかいて、腕を縄で縛られて、ふんぞり返っている。


「これで敵のくノ一がひとりわが手中に落ちたというわけじゃ」

 と円海が微笑んで言うと、栄之助は焦って、

「何を悠長なことを言っておられるのですか! 萩姫は奪われてしまったのですよ!」

 と叫んだ。


「落ち着きなさい。若侍殿。いいかね。よく聞きなさい。()()()()()()()()

 と円海が微笑んで言ったので、栄之助はぎょっとした。

「ということはまさか……。やはり……」

「そう。わしは敵の目を欺くために萩姫に似せた精巧な泥人形を連れて歩いていたのじゃ。彼奴ら、うっかり引っかかって、こうして美しいくノ一をひとり置いていったわい。えっ。どうじゃ。このわしに騙された気分は……」

 そう言って、円海は得意げに笑い、杖で横っ腹を軽く突いて、杏奈に語りかけたので、杏奈も冷や汗をかきながら悔しそうに俯いた。


「それでは本物の萩姫は……」

 栄之助は動揺のあまり、その先の言葉がなかなか出てこなかった……。

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