第四十二話 円海和尚と萩姫
山賊の娘ユズナは、蜘蛛八、竜五郎、犬吉をユズナ三人衆と名付けると、さらにどこからか十二人の山賊を引き込んできた。
総勢、十六人となったユズナの山賊衆は、街道沿いにあった野山の洞窟を拠点にして、通行人から渡し賃を徴収するまでに成長した。
「いいか。渡し賃を支払い者は一人として通すな」
山賊たちは「へい」と答えて、街道に走っていった。
ユズナは洞窟の中に、自分の部屋を持っていた。朱塗りの箪笥などが置かれており、ちょっとした座敷のようであった。
(むっ。なにか感じるぞ……)
そういうとユズナはふと奇妙な気配を感じた。この感じはなんだろう、と思った。
ユズナは、街道の様子を見に行ってみたいと思った。
(しかしこの場を離れるわけにもいかない……)
ユズナは、浴衣の胸の谷間に右手を忍び込ませると指を動かして、一匹の野鼠を引き出した。それをひょいと地面に投げると、煙がぼんっと立って、そこには蜘蛛八が座っていた。
「な、なななんでしょう。ユズナ様……!」
「何を赤くなっている……。なにかあったか」
「いえいえ、なんといいますか、あっしが赤くなってるのは、いつも通りのことでして……」
「ふん。仕事だ。街道を見てきてほしい。違和感があるんだ……」
蜘蛛八は頷くと、すぐに出立しようとしたが、なにをどうしたらよいか分からないことに気がついて振り返った。
「街道を見てきて、どうすればよいのでしょう」
「異変があったら教えてくれ……」
「異変というと……」
「いつもと違う感じがあるかどうかだ。それを判断するのがお前の仕事だ。いつもと同じならさっさと戻って、大人しくまたここに入るんだ……」
とユズナは腹立たしそうに言いながら、当然のように、自分の胸の谷間を親指でついと差したので、蜘蛛八は、もうなんと言ってよいのやら分からなくなって、恥ずかしそうに「へい……」と絞り出すように呟いた。
蜘蛛八は、煩悩を捨て去りながら、街道まで走ってゆくと、そこには多くの人の往来があった。
(なんてことはねえな。何が一体、どうしたって言うんでえ……)
この人々は大人しく、山賊に渡し賃を支払っているようだった。こうなれば、道中奉行が黙っているはずはない。大事になって、徳川将軍家と争うことになるのではないか、と蜘蛛八はずっと心配していた。
すると当然、侍がいるのが気になる。眼光の鋭い侍がひとり立ち止まって、ユズナのいる洞窟の方を眺めているのだった。
(これはただものじゃないな……)
そう思って、蜘蛛八は恐る恐る侍に近付いた。
「もし、おさむれえ」
侍がじろりと蜘蛛八を睨んだ。
「なんだ」
「あ、いや、違うんだ。何を見てんのかな、と思ってさ」
「あそこの野山に山賊の娘がいるだろう。名前を確か、ユズナといったな……」
「ああ、そういう噂だな……」
「何者か考えていたのさ」
蜘蛛八は、この侍があまりにも正直なので、徳川将軍家に使える御家人の類ではないとすぐに直感した。
「おさむれえ、名前はなんてんだ?」
「俺か。辻井栄之助というしがない浪人だ……」
「浪人には見えねえな。どこかの藩に仕えてるんだろう」
「そんなことはない……」
蜘蛛八にだって、浪人と藩士の違いぐらいは見分けられる。浪人の身分では、こんな良質な羽織袴を着ることはできないだろう。
「山賊と言ったって、村の人の噂では、二十人もいないらしい。それが幕府も手が出せない。まるで妖術の如きものだ。俺はユズナという娘が妖の類なのではないと思う……」
「俺もそう思うけどね……」
と蜘蛛八はぼそりと言った。蜘蛛八だって、ユズナの正体が何なのか、分かっていなかった。
ユズナに魅力されてしまった蜘蛛八にとっては、ユズナが人間であろうが、妖であろうが、もう関係のないことだった。
(さっさとかえって、暖まって眠ろう……)
蜘蛛八はそう思って「俺は帰るよ」と言うと、辻井栄之助に背中を向けた。
「まてっ」
「あい?」
蜘蛛八は、栄之助に呼び止められて振り返った。
「どこに行くんだ」
「どこって帰ろうってのさ……」
「そちらの方には村はない。あるのは山賊の洞窟だけだ……」
蜘蛛八は、その言葉にぞっとして叫んだ。栄之助は、じろりと蜘蛛八を睨んでいる。
「あ、いや、俺は山賊の一人でも、一番下っ端さ。命だけは勘弁してくんな!」
そう叫んで、蜘蛛八は一目散に駆けていった。
その日の夕暮れ、街道を遥々歩いてくる人影があった。杖をついた老僧と可憐な小袖姿のふたり連れ。ふたりはまわりを警戒しながら歩いている。
「円海和尚。この先の野山で山賊が、徒党を組んでいるそうで……」
とその可憐な小袖姿の少女がそっと言った。その少女の美貌は、まるで儚く咲いた一輪の花のようだった。
「萩姫。あなたのような、お屋敷育ちの可憐なお嬢様は、すぐさま山賊に連れ去られてしまうことでしょうな」
「で、でも、ここには和尚さんがいらっしゃいますから……」
と萩姫は怯えた目をして、老僧に訴えるように言った。
「この山道を越えませんと江戸には参られません。わたくしには一刻の猶予もありません。今、江戸には、妖に取り憑かれた父がおります……!」
「お待ちなさい。はやまるべきではありませんな。敵は、山賊と言っても、どうやらただものではないようですな。おそらくは妖の類。少しばかり、この付近の村に逗留して、くぐり抜ける好機が来るのをじっくりと待ちましょう……」
老僧はそう言うとすぐに何かに気付き、萩姫をさっと抱きかかえて、山道から外れて草むらに消えた。
その瞬間、ふたりの山賊が馬で駆けてきたのだった。山賊は、なにかに気付いて立ち止まったが、すぐにその場を走り去って行った。
円海和尚と萩姫、そして辻井栄之助が知らぬ間に集結している。さて、この先、何が起きるのだろうか。




