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第四十話 夢枕に立つ北条氏康

 茜と雫は、小田原北条氏の「三つ鱗の家紋」が描かれた印籠を持っている。

 北条氏に仕えた頃が風魔一族が一番繁栄した時期であり、風魔小太郎という祖師を崇めるためにも、この家紋を常日頃から大切にしているのだった。


 ふたりは、甲州街道を西に向かっていた。このあたりはかつて武田家の所領であった。そのため、今でも滅亡した武田家家臣の遺恨が残っている地域と言えるだろう。


 戦国最強と謳われた武田家のとどめをさしたのは、織田家、徳川家、北条家の三家であった。

 甲斐の虎、武田信玄より始まったとされる武田と北条の同盟関係はきわめて親密なものであったが、一時、武田信玄の裏切りによって決裂し、その後、和解するに至った。それも武田勝頼の代となって、やはり武田方の裏切りによって、北条は武田を攻め滅ぼすこととなった。

 これが北条氏に仕えた風魔一族に伝わっている話である。


 茜はその実情がどうであったか、まったく知らない。だが、風魔一族の末裔である茜は、この甲州という地域を歩いていると、数多の救われない魂が彷徨っているようで感慨深くなる。

 ふたりは甲府の城下町にたどり着き、旅籠屋に宿泊した。

 茜が寝入っていると、枕元に立つものがあった。それは知的な表情を浮かべる初老の男であり、陣羽織を羽織っていた。

(むっ。一体、どなた……)

 茜が訝しげに見つめていると、その男性はしばらく小綺麗な口髭を右手で摘んで捻っていたが、ふうとため息を吐くと、茜の枕元に座り込んだ。

(わしの顔を見ても思い出さぬか……)

 茜は、はっとした。それは北条氏康であった。

(その通りだ。お主に流れる風魔小太郎の血がそのように囁くであろう)

 氏康は、茜との会話に苦慮しているらしく、枕元から立ち上がると、旅籠屋の箪笥などを開けて、面白そうに中を覗き込んだりしていたが、飽きたらしく、窓の外をぼうっと見つめている。


(お主が退治しようとしている妖の一団の正体が何かわかっておるか……)

 と氏康は勿体ぶった言い方をする。

(氏康様はその正体をご存知なのですか)


 氏康はそう言われるとちょっと気まずそうに傷のある頬を指先で掻きながら、その畳の間を一周する。

 氏康は、茜の横で寝入っている雫の枕元に座ると、袖の端を雫の額にのせて、ひらひらと揺すっている。その背中で再び語り始める。

(わしにもはっきりしたことはわからぬ。しかしおそらく、武田勝頼の家臣のいずれかの霊魂が、戦場を彷徨い続け、成仏しきれずにあのような妖へと化身したのだろうと思う)


(それで、なぜ風魔一族の里を……)

(当時、やはり風魔一族の忍びが武田を翻弄したのだろう。それを今でも恨んでおる魂。否、遺恨のみが戦場に滞って、数多の死者の情念を吸い上げて、膨れ上がってしまったのだ。わからぬが……)

(里の焼き討ちは、報復だったとおっしゃるのですか)

(さよう……)

 茜は、氏康が先程から推測で語っていることが分かってきて、次第になんと答えてよいか分からなくなってきた。


(わしには分からぬことばかりだ。しかし、お主はあくまでも風魔一族の末裔。武田領がかつての敵国であることを忘れるな。もし、この泰平の世が再び戦火に晒されるとなれば、この氏康、そしてその子、氏政、この娑婆に復活して、軍勢を指揮することもあたわず……)

 と氏康は夢のようなことを語って、ふと窓に飛びつくと、そのまま夜空に飛んでいった。茜は徳川の治世下で、北条に何ができる、と思った。そうこうしていると茜は欠伸が出て、再び眠ってしまった。

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