第三十三話 水幻塔の戦い (2)
雫は、天井から吊り下げられている鞠乃の手枷めがけて、手裏剣をいくつも投げつけたが、それはいずれも空虚な音を立てて、水に落ちてしまった。
それどころか、投げつけた後の身動きのとれぬ瞬間を狙って、梅華が水中から飛び出し、鋭利な薙刀で、雫を斬りつけたので、雫の着物の背中側がぴっと縦に裂けてしまった。
すぐさま雫は振り返りざまに手裏剣を放った。
手裏剣は、梅華の胸部に当たり、絹のような半透明の襦袢を裂いたが、金属の鈍い音と共に跳ね返されてしまった。
梅花の胸部が鋼鉄の枷のようなもので覆われていることに雫は気がついた。
(むっ……)
梅華は紫色の半透明の長襦袢のうちに、鋼鉄の晒しを巻いているようだった。
それが肉感の豊かな柔肌をぎゅっと締め上げているのが、雫の目にようやく見えてきた。
(あれには妖術がかかっている。あれを叩き割らないと素肌に傷にひとつつかないんだ……)
梅華がさらに薙刀を振り回して躍りかかってきたので、雫は飛びすさって回避すると、水槽の渦巻きの中へと飛び込んだ。
途端、雫は波に揉みくちゃにされながら、ひとつの穴へと吸い込まれ、徳利の内部のような階下へと滝に混じって雫のように落ちていった。
雫はこのようにして梅華との戦いから一度、逃げ出すことに成功した。
雫は水槽から這い上がり、再び梅華に責められないようにとその水幻塔の入り口から勢いよく外へ飛び出した。
霧が濃くなってきている。
暗くなった空から雨が降ってきている。雫はぼんやりと立ち尽くした。露わになった背中に幾筋もの雨粒が伝っている。
(なんで、こんな時に紬がいないんだ……!)
雫は、孤独感に苛まれると、途端に腹立たしくなってきた。
まさか肝心の時になって一人逃げだすとは夢にも思っていなかった。
それでも確かに紬には、雫と共に戦う理由などまったくない。
そんなことは雫にもわかっていたのだが……。
あの鋼鉄の晒しを破壊するのはひとりの力では難しい、といってここには誰も助けにきてやくれまい、と雫が悲観している時であった。霧中にひとりの女人の影が見えるではないか。
(やっ!)
雫は、敵かと思って手裏剣を掴んだが、よく見るとそれは先ほど逃げだしたとばかり思っていた紬の姿だった。
「紬!」
「雫!」
紬はそう叫んで、雫の元へと駆けてくる。紬は雫を愛おしそうに見つめ、自分の目頭に触れてから、雫をそのふくよかな胸でぎゅっと抱きしめると、すぐに雫を引き離して、あたりをささっと見まわした。
「敵はどこにいるの?」
「あの塔の中だよ。鞠乃もいる」
「そう。じゃあ、すぐに助けないといけないね!」
「それが敵のくノ一が手強くて……。鋼鉄の晒しを巻いているんだ。あれを破壊しないと傷ひとつつけられそうもない」
「ふうん……」
紬は、真剣な目つきで眼前にそびえる水幻塔を見上げている。
「いい? そのくノ一の名は梅華よ。武田家に仕えた忍びの末裔で、若くして妖術に傾倒し、破門され、怪僧白幽に引き抜かれた……。くノ一の梅華は水幻塔の術を秘術とし、薙刀を使い、鋼鉄の晒しでその肉体を守っているという……」
紬がそんなことを語り始めたので、雫は驚いてしまった。
「よくそんなこと知っているね」
「まあね。ちょっとね」
「それでどうすれば倒せるの……?」
「わからない。でも、ふたりで一斉にかかれば、鋼鉄の晒しとやらも破壊できるんじゃないかな……」
それから、ふたりは気を引き締めると、水幻塔の中に飛び込んだ。
ふたりは巨大な水車の回転する様を静かに見上げている。
足下の水槽の水が突然、跳ね上がった。
雫はぱっと飛びすさったが、不意を突かれた紬が日本刀を抜き梅華と切り結んでいるのを見た雫は、
(まずいっ!)
と思って、小刀を握りしめて飛びかかった。
三人の美しき女人が横並びになったかと思うと、雫が小刀を振るって梅華の腰を切り裂こうとする。
が、鋼鉄の晒しの妖術は下半身にも及んでおり、雫の小刀は、刃が欠けそうになるほどだった。
すかさず梅華が薙刀の柄の先で、雫の臍をぐんと突いたので、雫はうっとうめいて、床に崩れるや水槽に落ちてしまった。
紬がその一瞬の隙をつき踏み込み、日本刀で梅華を深く袈裟斬りする。
紫色の襦袢は無惨に左右に裂けて、梅華の美しい肩にかろうじてかかっているほどとなり風に舞い上がった。
ところが、梅華の胸元から股上までの筋肉質な胴をぎゅっと硬く締め上げている鋼鉄の晒しだけは、まさに金剛石のようで傷一つ付かない。
「そのようなもので……!」
梅華がそう叫び、薙刀を振り下ろすと、突風が起こった。かまいたちの如く、紬の左の胸元の着物を縦に裂いて、心臓をかすめる強烈な波動であった。
そしてもう一振りで胴を斬られるというところで、紬は自ら水槽に飛び込んだのだった。
水中で、紬と雫のふたりは乱れた着物のまま、横並びに泳いでいった。
四角い窓のようなものがあり、そこから外の湖に出られることにふたりは気がついたのだった。




