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第二十九話 茜に生き写しのおなご(2)

 このようにして紬を仲間に引き入れることに成功した雫は、その翌日から紬を稲荷屋に招いて、茜を演じる上での注意点を詳しく伝えることにした。

 紬は、茜の好んでいた橙色系の小袖をまとって、くるくる座敷の上をまわっている。そして浮世絵の見返り美人のように鏡に自分の姿を映している。

「この小袖、とっても綺麗だわ。うふふ……」


「まず、お姉ちゃんはそんなねっとりした喋り方しませんので……」

 と雫は怪訝な顔をして紬を眺めている。

「ふうん。じゃあ、もっとさっぱり喋ればいいのね。はじめまして。わたしがくノ一の茜よ」

「なんか、違うなぁ……」

 雫は困った顔をして、ちらりと幻八を見た。


「でも辰影だって、本物の茜のことはよく知らないはずだろう。これだけ外見が似ていれば、辰影もまさか別人だとは思うまい……」

 と幻八は、心配しているそぶりがまったくなかった。


「まあ、そうだね。それで、鯉沼藩の上屋敷に到着したら、見取り図を作って、松林辰影の寝所を確認しておく。そして三日目の夜に、彼の寝床を襲う。その夜が駄目なら四日目に決行する。決行すると決まったら、わたしが上屋敷から花火を打ち上げるから、幻八と仲間たちはそれを合図にすぐ屋敷に突入して、敵を斬りまくって撹乱してくれ」

 と雫は自分の計画を長々と述べた。


「でも、その松林辰影って殿方には、忍者七人衆がついているんでしょう?」

 と紬は首を斜めにして、挑発的に雫を見る。

「そうだぞ。そのような忍者たちがいるようでは、辰影の寝首を掻くなんてこと、できっこないじゃないか」

 と幻八も雫の甘さを咎めるように言った。

「まあ、できなきゃそれでもいいんだ。とにかく鞠乃を助けるためにわたしたちは一時的に人質になるだけだから……」

 と雫は、平然としている。

「……とにかく決行できないなら、隙を見て、逃げ出すだけのことだよ。大事なのは、鞠乃の命だ……」


「わたしはあなたと一緒に逃げ出すかはわからないわよ。もし、相手側の方についた方が居心地がよいと思ったら、簡単に寝返るからね」

 と紬は言って、ちらりと幻八の方を見た。幻八は下唇を噛んで、紬を睨んでいる。


「それでいいよ。とにかく鞠乃を助けることが最優先なんだ。その先のことは……」

 雫はなにか考えているらしく、そこで口籠もった。


          *


 その頃、松林辰影のいる鯉沼藩、上屋敷では、忍者七人衆のひとり、くノ一の梅華(ばいか)が地下牢に無惨に吊るされている鞠乃を眺めて、忌々しく思っていた。


(茜と雫はあと三日以内にやって来るかしら。もし来たら、辰影様はふたりに心を奪われてしまうかもしれない。そしたらわたしの出番はいよいよなくなる……)

 松林辰影は、雫が紬に語ったように美麗の殿方であった。そしてその妖しい魅力は、ずっと以前から梅華の心を掻き乱していた。だから、茜と雫は、梅華にとって、どちらも憎い恋敵という他ないのだった。


(辰影様はたとえふたりがやってきても、せっかく捕らえた美しいこの鞠乃をみすみす手放すような真似はしまい。でも、ふたりに目が眩んでいるうちは、わたしがこの鞠乃を好きなようにできるというわけだ。つまり、この鞠乃を餌にして、ふたりを誘い出し、幻術の虜にして三人もろとも殺してしまうのさ……)

 梅華は、茜と雫を殺してしまえば、再び自分が辰影の寵愛を受けられるだろうと考えていた。


 梅華が呪文を唱えると、鞠乃の裸足に、どこからか水が流れてきた。

「あっ……」

 鞠乃は驚いて下を見る。地下牢の床から水が勢いよく溢れ出して、波打ち、渦を巻いて、鞠乃を包み込んでくるのだった。

「水の幻術……!」

 鞠乃はたちまち膝まで水に浸かろうとしている。波の中から飛沫が上がったと思うと、鞠乃の額に、臍に、太腿に勢いよく降りかかる。


 鞠乃は地下牢の壁がいつのまにか消えて、水が広がり、霧が立ち込める先に、竜宮城のような幻、巨大な堂塔がそびえているのが見えた。

(これが梅華の幻術。水幻塔の術か……!)

 と鞠乃は思った瞬間、気を失ってしまった。




     「茜に生き写しのおなご(2)」完

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