第十五話 宿場町の黒幕(3)
鉄海和尚は、いまや操り人形となった茜を意のままに操って、宿場を荒らしまわり、正真正銘、好きな放題をしていた。
鉄海和尚のもとには、方々から茜が強奪してきた金品が集まってくる。絶大な力を手に入れた鉄海だったが、黒幕が自分であることは周囲にひた隠しにしていた。
茜の背中には、今、鉄海によって彫られた蜘蛛の刺青が蠢いていた。ここには鉄海の呪いの力が宿っていて、鉄海は本坊にこもりながら、茜に命令を下すことができるのだ。
鉄海は近日、街道を大名行列が通るとの知らせを受けて、これを襲撃せんと茜に準備をさせていた。これはあくまでも、漆黒の忍者の装束を身にまとった茜の話……。
実は、地下牢にはもうひとりの茜の姿があった。手枷、足枷をつけられて、縄で縛られている本物の茜だった。
今、漆黒の忍者の装束を身にまとい、宿場を荒らしまわっているのは、鉄海が呪術で模造した偽者の茜なのだった。
(一体、いつになれば、この地下牢から出られるんだろう……)
茜はこの七日のあいだに、身動きを取ることも出来ずに、この牢獄にいたので、自分の偽者が、宿場を荒らしまわっているとは想像もしていない。茜は今すぐにでも、手枷、足枷を外して外に飛び出したいが、蛇の牙の毒は、著しく茜の戦闘力を奪ってしまったらしく、手足はしびれているばかりで、手枷を壊すことはできない。
(どうすることもできない……)
この状況では、茜が暴れても手枷や足枷が外れることはなく、ただ今まで以上に着物がはだけるだけであろう。
鉄海はというと、本坊で、諸白の日本酒を飲みながら、偽者の茜を自分のそばに寝そべらせていた。偽者の茜は、自分の主人にして愛人の鉄海和尚を悩殺するためか、盛り上がった谷間が見える、だらしない赤色の着物を羽織って、白い美体を艶めかしく横たえているのだった。
「まったくお前ほど美しいものはないわい」
と鉄海はひとり言のように言った。偽者の茜は、にいと笑うと、鉄海にすがりつくようにして柔らかい唇を押しつけて、生暖かい接吻をする。
「鉄海様。もう地下牢のわたしはいりませんわ。殺してしまいましょうよ」
「いずれそうするつもりだ。しかし、まだ決心がつかない……」
「わたしというものがありながら、なぜ、まだあの女子を生かしておけるのでしょう」
すると鉄海は、不機嫌そうに咳払いをした。
「それはな、お前が人形だからな」
「………」
「お前は所詮、わしが泥をこねて作った人形にすぎない。どんなに美しくてもな……」
そう言うと、偽者の茜は、さも悲しそうに涙を落としてはらはらと泣き出すのであった。これも鉄海がこの人形を作る時に仕込んだ通りの理想の反応なのである。鉄海はその反応が不気味に感じられた。
かと言って、泥人形を寵愛することをいくら拒んだって、本物の茜には、抵抗する呪力がまだ残されている。もっと徹底的に茜の力を失わせる必要がある、と鉄海和尚は思った。
(そうすれば、茜。本物のお前だってわしのものになる他ないのだ。お前とわしが手を組めば、天下を我がものにすることだって夢ではあるまい……)
地下牢に閉じ込められている本物の茜は、その時、畳が上に開いた音を聞いて、目を覚ました。
(誰……?)
茜は期待と恐怖の両方にとらわれた。ところが石段を降りてきたのは、小猿の三平だった。
「三平?」
「ここにいたんだね。探すのにずいぶん手間取ったよ」
「どうしてここが……」
「このお寺だけは、妖の被害を受けていなかったからね。おかしいとは思っていたんだ。侵入してみたら、本坊に鉄海和尚と茜が並んで座っていて、話し込んでいるじゃんか。それをよると、宿場に出没している茜は泥人形で、本物の茜は地下牢に閉じ込められているってことだ……」
「わたしが宿場に出没しているって……?」
茜としては聞き捨てならない話た。
「ああ、鉄海和尚は、偽者の茜を操って、宿場を荒らしまわっている。金品を強奪しているところだ……」
「なんてことを……。三平、はやくこの手枷、足枷を解いて!」
「まあ、待ちなって、そう焦ることはないよ」
「こうしていると、あの鉄海和尚が降りてくるのよ。すぐにこの手枷を外して!」
三平は、やれやれと思いながら、鍵を壊して、地下牢の鉄格子の扉を開いた。そして茜の手枷と足枷を外した。
「でも、本当によかったよ……」
三平は茜が生きていたことが嬉しくて、泣きそうな気持ちになった。
「今は感動している暇はないわ……!」
と茜は言うと、呪文を唱えて、右手に日本刀を作り出した。それを大きく振り上げて、勢いよく刀身を振り回すと、鉄格子が細かく切り取られながら、風を受けたように吹き飛んだ。
(鉄海和尚……。わたしはもうあなたを許したりはしない。叩き斬ってみせる!)
茜はそう意気込んだ。
「宿場町の黒幕(3)」完




