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第十四話 宿場町の黒幕(2)

 茜の姿が見えなくなってから、七日ばかりが経ったある日のこと。


 小猿の三平は、宿場町を隈無く探していたが、茜の行方は杳として知れなかった。旅籠屋の主人も、茜の身を案じて、方々に聞き回ってくれているのだが、確かな情報は得られないままである。


 事態は悪くなる一方だった。茜がいなくなってからというもの、夜になると宿場に妖が頻出するようになっていた。


 それは、妖を封じ込められるだけの力を持っているものが、この宿場にもう一人も残されていないことを意味していた。


 小猿の三平は、宿場の外れにある、水車小屋のあたりで、人が斬り殺されたという噂を耳にしていた。

 そして、その場に居合わせた旅人の話によれば、この人斬りの下手人は、鬼の姿をした妖だったというので、三平はどんな妖か一目、見ておく必要があると思っていた。


 茜がいなくなってから七日目の夜のことである。小猿の三平は、すっかり夜になったことを確認して、旅籠屋から抜け出し、暗い路地を一人で足速に突き進んでいた。


(こんな夜に、茜はどこにいるんだろう……)

 そう思うと、三平は心配でいてもたってもいられなくなるのだった。

(無事でいてくれよ……)

 その時、ゴーンゴーンと……補陀落山金剛寺の鐘の音が響いてきた。

(おかしいな。こんな時刻に……)

 鐘の音は、不気味に空に反響しているようだった。

(妙だな……)


 その直後、女性の悲鳴が聞こえてきた。それは確かに、宿場の大通りの方から風にのって響いてきたのだった。

 三平はすぐに走り出す。幅の広い大通りに飛び出すと、目の前に、背丈が一丈はあるだろうと思わせる鬼の顔をした巨人が、恐ろしい出立ちで、立ち塞がっているのが見えた。


(あっ、こいつが下手人か……)

 三平があたりを見ると、通り沿いの家屋の木戸がぐしゃぐしゃに打ち破られていて、若い娘がこの巨人に掴まれている。おそらくこの家の娘なのだろう。


 親と見受けられる二人の人間が、娘が連れ去られるのになすすべもなく、ただ焦っているのが見えた。

 鬼の巨人は、唸り声を上げると、この若い娘の頭を掴んで、食らいつこうとした。


(まずい!)

 三平は、すぐに前足の爪を立てると鬼に一気に飛びかかった。三平は、たちまち火の粉に包まれた巨大な光の玉となって、鬼の足元に滑りこむ。

 鬼は、足首を切り裂かれ、血を噴き出して、ドタッと倒れる。と共に、苦しげなうめき声を漏らした。


 三平は、見た目こそ可愛らしい小猿だが、これでも妖なのである。

 三平は娘が無事に逃げきるのを見届けた。


 鬼は起き上がり、怒号を響かせると、腰にぶら下げていた棍棒を振り上げる。

 これに気づいた三平は「あらよっ」と叫び、棍棒の先端が落とされるより先に、相手の懐に飛び込んでしまう。

 そして三平は、地面を蹴って跳び上がり、あっという間に、鬼の片目を爪で切り裂いてしまった。

「ぐわあああ……!」

 鬼は、目から鮮血を噴き出して大きくよろめく。

(なんだ、こいつ、案外ちょろいな……)

 三平は笑うと、また前足の爪を伸ばして、今度は鬼の喉元めがけて飛びかかろうとした。その時……。


 三平は、自分の遥か頭上から人影が飛び降りてくることに気がついた。

(まずい……!)

 危険を察して見上げると、そこには日本刀の刀身の輝きがある。三平は鬼の顔を蹴ると、その反動を利用して、鬼の体を伝うようにして駆け下り、すぐにその場から離れた。

 日本刀の刀身は、鬼の首もろとも、そのあたりのものを一撃で叩き斬ってしまった。

 間一髪のところで、三平は日本刀の切先の餌食にならなかったのである。

(一体なんだ……!)

 三平は、地面の上でくるりと受け身を取って向き直ると、相手が何者かを確認した。

「あっ!」

 三平は相手を一目見るなり叫んだ。

「茜!」


 そこに立っていたのは、茜だった。七日も姿を見せなかった茜が確かにそこに立っていた。ところがおかしなことに、茜はいつもと異なる漆黒の忍者の装束を着ている。そして、その表情はいまでは死人のように冷たく凍りついているではないか。

「どうしたんだよ。おいらだよ」

 三平は叫んだ。しかし茜の返答はない。


 茜は再び、日本刀を構えて、三平に向かって飛び込んできた。

「うわっ!」

 三平は驚いて叫ぶ。

 茜は跳び上がり、空中で日本刀を振るうと、空気が横一文字に引き裂かれ、真空の波動が目にも止まらぬ速さで三平に迫ってきた。

 三平は慌てふためきながらも、間一髪のところでこの波動の下をくぐり抜ける。三平の背後にある家屋の白壁が、ザクリと大きな音を立てて、横一文字に切り裂かれてしまった。


「茜。そうか、きっとおいらは、悪い夢を見ているんだな」

 三平は泣きそうになりながら言った。


 正直、三平は茜と決闘して勝てるほど強くはない。このまま対峙していると命が取られてしまうと判断し、この場からとにかく逃げ出すことにした。


 三平は相手に背中を見せる前に、腹を大きく膨らませて、炎を吐いた。

 炎は、巨大な塊となって茜のもとに一気に近づいてゆく。

 茜はそれを見ると立ち止まり、再び日本刀を振るって、逆風を生み出し、炎の流れを崩した。炎は四方に分かれて跡形もなくなってしまった。


「こりゃ、駄目だ……」

 三平はびっくりし、もはや自分の足より他にすがれるものはなにもないと感じて、全力で逃げていった。

(茜は……まるで化け物の操り人形になっちまったみたいだ……)



       「宿場町の黒幕(2)」完

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