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第十三話 宿場町の黒幕(1)

 補陀落山金剛寺の老僧、鉄海和尚は、異様な気配を感じて、本坊から飛び出してきた。

 時刻は丑の刻。あたりは月の明かりしか見えないほどの暗闇。

 その暗い境内を歩いてきたのは、ひとつのくノ一の影。

 それが茜の影であることは分かる。異様なことに、戦闘に備えたくノ一の装束で身を包んでいる。


「どうやら真実に気がついたらしいの」

 鉄海和尚はそう言って笑いかけた。


「ええ。この宿場に妖が溢れているのは、あなたが裏で手引きしているからね」

 と茜は言った。


「さよう。しかし、よくそのことに気がついたな」

「あなたが、強力な法力の持ち主だということな分かっていた。なのに、妖退治をしようとしないのは不自然じゃない? この宿場は、異界と現実世界の出入り口となっていたわけ。それはつまり、あなたが法力を悪用して、こじ開けていたんだわ。そうでなかったら、こんなに妖が溢れる宿場が生まれるわけないもの」


「ふむ。しかし、死霊の力を巧みに操れば、絶大な力を得ることができるというものだ。悪いことばかりとも言えないぞ」


 そういうと鉄海は不気味に笑った。つまり鉄海がやろうとしていたのは、わざと不安定な空間をつくり、妖や死霊の溢れる環境を生み出して、その力を我がものにすることだったのである。


「冗談じゃないわ。そんなことをしたら、多くの人が殺されてしまう……」


「それで、わたしが黒幕だと分かったら、どうするつもりかね」

 鉄海和尚はにやりと笑った。それは、もはや仏門に入って修行をしている人間とは思えない、妖に心を売った醜悪な笑い方だった。


「成敗するわ。あなたがいなくなれば、この宿場に再び安定が訪れる……」


「その口ぶりからするに、わしの法力を侮っているようだな」


 鉄海はそう言うと、数珠を取り出して、呪文を唱えた。その刹那、鉄海の幻術は瞬く間に茜を包み込んでしまった。

 茜は、まわりの景色が歪みはじめたのを見て、そこから逃れようと地面を蹴って、宙に跳び上がった。

 その瞬間、鉄海の影が、跳び上がった茜の背後に現れた。

 鉄海は、大きな斧を持っている。茜めがけてそれを振り下ろした。

 茜はすかさず、日本刀を抜くと、その斧に向かって、逆袈裟に振り上げる。

 宙で、刃が重なり、火花を散らした。

 その瞬間、茜は宙に煙を残して、姿をくらました。実は、境内の松の木の背後に転がり込んでいた。茜は、鉄海が今どこにいるのか分からなくなっていた。そこで離れた位置から相手を確認しようと思ったのだ。

(どこにいる……?)


 鉄海の気配を探すが、茜はそれらしいものを発見することができない。その直後……。

 茜は、後ろからぐっと首を掴まれて、引き倒された。その手が鉄海和尚のものであることは間違いない。鉄海和尚は見た目と異なり、隆々とした太い腕をもっていた。茜は、日本刀で反撃をしようとしたが、耳元で呪文を唱えられて、たちまち手足から力が失われてゆくのを感じた……。

(まずい。この術は……)

 鉄海という老僧は、もはや僧侶ではなく、妖に成り切ってしまったのに違いない。

 茜は、手足が痺れて動かず、鉄海和尚の言いなりとなってしまった。鉄海は、茜をひょいと抱き抱えると、本坊に連れ帰った。


 本坊に入ると、鉄海はまた一つ、呪文を唱えた。すると畳が、扉のように縦に開いて、その下に石の階段が続いているのが見えた。

「ふっふっふ」

(まずい……)

 鉄海は茜を担いで、その石段を下ってゆく。どれほど下ったことだろう。鉄格子の部屋があり、そこには、縄と手枷のようなものがぶら下がっていた。


「お前はわしの虜となったのだ。もう、わしの邪魔はできんぞ」

 そう言って、鉄海和尚は笑うと、茜にその縄と手枷を装着してしまった。

「お前はもうわしのものだ。美しい人形となったのだ……」

 そう言うとケタケタ笑いながら、鉄海は石段を登っていった。しばらくして畳が閉まる音が響いた。

(この手枷。術封じがかけられている……)

 茜は、呪文を唱えて、手枷と縄を解こうとしたが、一向に解ける気配がない。それどころか、いかなる術も使えなくなっているのだった。硬い手枷をどうしても外すことができない。


 すると、鉄格子の間からぬるぬると動いているものが入り込んできた。茜は驚いて、それを見つめた。それは蛇だった。何匹もの蛇が茜のもとに近づいてこようとしているのだ。

「うわっ!」

 茜は、恐怖で体が震えた。蛇の一匹を茜は右足で蹴った。蛇は奇声を発しながら、床をのたうちまわる。しかし、蛇は次から次へと湧いてくる。だんだんと茜の体に絡みついてきた。抵抗するあまり、着物がはだけて、露わになった白い肩と二の腕に、蛇が絡みつき、毒をもった牙が容赦なく突き刺さる。

「助けてっ!」

 茜は、ふらふらと崩れそうになる。次第に抵抗する力を失っていった。

(こんな時に栄之助がいてくれたら……)

 茜は、そう思いながら、意識が消えてゆくのを感じた。


  第十二話 「宿場町の黒幕(1)」完

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