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ひとつめ

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 大学ミスコン1位の伊藤さんがどうやら失恋したらしいという噂は、すぐに大学中に広まった。好きな人がいるなんて情報は今まで回らなかったくせに、失恋しただの破局したって噂は必ず空を飛んで、誰かの耳に入り、口から二酸化炭素と一緒に出ていく。

 伊藤さんは美人だ。同性の私から見てもそう思うし、男受けもする。黒い髪を肩甲骨までまっすぐに伸ばして、重たく見えない前髪が二重の目の上でゆらゆらしている。図々しくないけど控えめでもないし、良く通る声で2、3言喋るとあとは他の人の話を聞いていることが多い。見た目も性格もいいからやっかみようがない。それでいて小学校の先生になりたい子ども好きときたら、非の打ち所がないパーフェクトウーマンでしかない。私は教育の授業を受けてないから彼女の成績はわからないけど、きっと成績も素晴らしいのだろう。

 そんな彼女が自ら告白して、しかもフラれたんだから話題としては完璧だろう。完璧というと私が性格悪く聞こえるけど、実際に大学の中で噂が飛びまくっているんだから仕方がないと思う。

 でも噂っていうのは含まれている事実よりインパクトの方が軽くてよく飛ぶらしい。伊藤さんが失恋したっていう話は誰だって知っているのに、伊藤さんの恋心を拒んだ相手については誰も知らない。泣いてる伊藤さんの目撃情報があったとか、第一発見者に向かって伊藤さんが言わないでって叫んだとか、複数の女の子が伊藤さんを慰めていたとか、相手は社会人とか、事実なのか嘘なのかわからない情報がまことしやかに口から口へ渡り歩いている。それでも伊藤さんはなにもないように毎日大学で授業を受けているんだから、本当にすごい。授業が終わり次第友だちとカラオケでオールするような私とは、全然違う人種だ。

 

 カラオケ店の前に着いたとき、すでに私以外のメンバーは揃っていた。階段付近のスタンド灰皿の前で覚えたてのタバコを吸っていた悠太が私に気づき、破顔する。

「美香」

 まだそんなに短くなっていないタバコを灰皿に押し付け、近づいてくる。体臭と柔軟剤に混ざったケムリの臭いが鼻腔を刺激する。やめればいいのに。におい、合わないよ。そう言えない私は悠太に肩を抱かれてみんなのもとに向かう。

「ヒュゥ、お熱いことで」

「バカ、茶化さないの。美香たちもう半年経ったんだっけ」

 口笛を吹いた青木を小突いて、真里菜が私に笑いかける。あ、うん、そうだねと答えながらさりげなく悠太の腕を外し、真里菜の横に並ぶ。真里菜はいつでも洗い立ての石鹸の匂いがするし、いつでも完璧なメイクをしている。寝坊したせいで簡易的なメイクしかできなかった私からはこびりついたケムリのにおいがしてそうで、服の裾をはたく。

「おーい、揃ったから入ろうぜ」

 悠太の声に追い立てられて私たちはぞろぞろ歩き出す。あ、今日はカラオケの会員カードを持ってきていない。それを伝えるために悠太の方を振り返ったときに、今日のメンバーがいつもの四人組だけじゃないことに気づいた。青木の後ろを静かについてきていた男の子、たぶん同じ三年生、と目が合う。

「……どうも」

 すぐに目をそらした男の子は軽く会釈をする。悠太より背が少し低いからきっと身長は175センチくらい、筋肉は付いてるけどマッチョじゃない体つきをしていた。二か月前に茶髪にした二人と違って短い黒髪。どうみても二人とつるむタイプじゃないけどどうみても今日のメンバーの彼の肩を、青木が叩いた。ダイスケくんは再び会釈する。

「こいつ、ダイスケ。俺と取ってる授業が一緒でさ。それでよ、聞いて驚くなよ」

 青木と授業が一緒ということは、理系なのだろう。真里菜も当然みたいな顔してるから、きっと、私がいない間に挨拶は済ませていたらしい。

 青木はまだダイスケくんの肩を叩きながらにやにやしている。ダイスケくんは感情の読めない目を少し伏せて、青木を受け入れている。

「聞いて驚くなよ」

 もったいぶる青木を真里菜が小突く。早く入ろうぜ、と悠太が気の抜けた声を出した。いつだって悠太は周りの流れに乗らないで自分の世界にいるから、青木の意図もダイスケくんにも興味がないらしい。

「ダイスケはな」

 青木が一拍置いて息を吸った。鼻の穴が微妙に膨らむ。

「伊藤さんをフッた張本人なんだぜ」


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