ダメ大学生が最後の夏休みにユーチューバーになるまでのプロローグ
大学生なんてこんなもん……
「暑い……」
季節は夏。じめっとした部屋に容赦なく降り注ぐ日射と日照。
久礼 円佳22歳はベッドの上で汗を垂らし死んでいる。
「暑いなら窓閉めろ。カーテン閉めろ。エアコンをつけろ」
そう横から声を掛ける男。八度 岬は、うちわのように手で仰ぎながら項垂れている。
「エアコンは金が掛かるからダメだ。あと窓を閉めたら風が来ないだろバカ」
「バカはお前だよ。こんなジメジメした熱風願い下げだよ。せめて扇風機付けてくれ」
陽炎がかかる窓の外から蝉が命の灯火を激しく燃焼させている。雑音と熱気と八度の要求に、思わずため息がでる。
「良いけど昨日扇風機がカナブーンを切り裂いたから汚いぞ?」
「窓開けてっからだ!」
うはーナイスツッコミだー(棒)とか思いながらベットから起き上がる。
そして天井ばかり眺めてた視界を扇風機に移す。
「あー……」
さすがに切り裂かれたカナブーンは処理したが、扇風機の羽までは手を施してない。お陰で茶色の液体だったものがベッタリと張り付いている。
これだから夏は嫌なんだ。
「「はぁ……」」
二つのため息がハモった様に聞こえた。さすが親友だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「で、何で呼んだわけ?」
八度は顎に溜まる水滴をぬぐいながら問いかける。
「暇だったから」
「ならお前が来いよ」
またしてもため息が聞こえる。
何もする事が無くベッドの上で死に腐ってたから八度を呼んだ。しかし何も変わることはなかった。ただただ暑い。
「まあ落ち着け。これは今日明日の問題じゃないんだぞ?」
「どうゆう事だよ」
そう。これは今後にも関わる話なのだ。
「なあ八度。先日テストが終わって今は夏休みだ」
「知ってる」
「しかも俺たちは大学四年生だ。来年からは社会人だ」
「俺は大学院に行くけどな」
「死ね」
「殺すぞ」
大学生の夏休みは長い。だから今日みたいにベッドの上で死んで毎日を浪費していると、学校の始まる10月に本当に死にたくなるのだ。
しかもそれが学生最後の夏休みとなれば尚更なのだ。
これは由々しき事態だと、カナブーンが切り裂かれる瞬間に思ってしまった。過程は全然違うけど。
「なあ八度。お前はこの大学生活で何かを積み上げてきたか?」
「何急に?」
「いいから」
「んー…………」
八度は右の人差し指と中指を眉間に当て、目を閉じる。
約10秒。
「いや、無いな」
「な?」
「うぜ」
「まあまあ」
これは勝手な偏見なのだが、何かを積み上げてきた大学生など極少数だろう。
授業をさぼり、動画を漁り、酒を喰らって煙草をふかす生活を馬鹿にしているわけでは無い。俺自身似たような生活を送っていたのだ。
何となく大学に行って何となく就職活動をした。
真っ当なサラリーマン方面、安定・普通号の片道切符を買い、席に座って睡眠をかましていた。
山も無ければ谷も無い平坦な道が随分と楽チンだった。だからずっとずっと座席でゴロゴロしていた。
そんなある日、何の気なしにカーテンを開けた。外の景色は最高に綺麗に見えた。
そして幾分と分岐する道路を、自分で運転する自転車やバイクに魅力を感じた。
それは終点まで二駅の場所でだった。
このレールは一本道。間違いなく終点まで運んでくれる。このまま車内で何もしなくても到着はする。
だが何故か、本当に今更だが──
「つまり、働く前に何かがしたい訳か?」
「さすが八度だな。そうゆう事だ」
「はぁ……」
少ないヒントで解を導き出した八度は再びため息を垂れる。
「なんでお前のオナニーを手伝わないといけないんだよ」
「そんなこと言っていいのか? お前、二年後ES何も書けないまま就活を迎える事になるぞ?」
「……今回だけだぞ」
現金なやつだな。まあいいけど。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なあ円佳。クーラーつけね?」
八度は項垂れ、ジト目で問いかける。
本日の気温は36度。
いくら炎天下と言えど家の中に入れて窓も全開にしてるのだから上等だろう。
「……とりあえず窓閉めようぜ」
「暑いのに窓閉めるとかバカだろ」
「暑いから窓閉めろって言ってんだよ。あと蝉が馬鹿みたいに煩いんだよ」
八度は棚にあった教科書で仰ぎながら激昂する。
「おい教科書が折れるだろ」
「これお前が出席不足で落単したのに教授の愚痴を言いながら燃やそうとしてた教科書だぞ」
「なら許す」
「ゴミ大学生だな」
あの教科書を見るとイライラするので窓を閉める事にした。
「その調子でクーラーも」
「せやかて八度、俺まだ先月の電気代も払えてないんだぜ?」
「なんで? 金は?」
「昨日3万円課金した」
「絵に描いた様なダメ大学生だな」
「誰がFラン大学生だ」
「言ってねえわ。お前刺されるぞ?」
八度は本日4度目のため息を吐く。
「なあ八度、刺されたら働かなくても金入ってくるかな?」
「はぁ……」
八度はどんどん記録を更新していく。
「何も積み上げなかったお前なんて刺されたってはした金で済むだろうな」
「……夏休み、頑張ろうぜ!」
俺は改めて決意を固めた。本当に頑張ろう。
「だから円佳……」
「分かったよ。100円くれたらつけてやるよ」
「よし。……窓開けっか」
こいつも大概だな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「で、何する?」
ミンミンとか、ジージーとか、シワシワとか、蝉の狂想曲に悩まされながら頭を働かせる。
「うーん。そこは何も考えてなかったな」
何かをしようと提案したのはいいが、特に案があった訳ではないのだ。
「Youtuberでもやってみたら?」
ぽつり、と八度はそう提案する。
「何で?」
「ほら、再生回数とかチャンネル登録数とかの目に見える数字って、何も積み上げなかったお前がもっとも欲しいものだろ?」
「なるほど……」
なんか腹がたつけど最もな言い分だ。結果が数字で現れる方がモチベーションに繋がるし積み上げた感がでる気がする。
「仮にYoutuberになるとしてどんな動画を撮る?」
「『Fラン大学生 久礼 円佳 五階のアパートから飛び降りてみた』とかでいいんじゃね?」
「お前企画センス0かよ」
こいつ、何動画1本目で人殺そうとしてんの?
「そもそもFラン大学生である必要性が全くない。お前こそFラン大学生バカにしてるだろ? 刺されるぞ?」
「その時は動画を撮らないとな。『Fラン大学生に後ろから刺される』みたいな」
「お前のその動画に対する熱意はなんなの? 怖すぎるんだけど……」
アイデアが突飛すぎて引く。こいつこっそりtuberやってんな。
あと俺はFラン大学生ではない。一応。
「それならバーチャルの方が流行ってるしいいんじゃないのか?」
「Vtuberってやつか」
あー、と八度は頷く。
「あれってキャラと声が可愛いかったらそこそこ有名になれそうなイメージなんだけど」
アイドルのトークくらい面白くないけどウェーイ!ウェーイ!言ってたら再生数が伸び……これ以上はヤバイな。叩かれるかも知れない。
「円佳……お前は何も分かってないな」
「え?」
プルプルと震える八度は俺を睨みつける。
「そもそも、お前はVtuberに何を求めてるんだよ」
「──え?」
「人を笑わせられる程のトーク力があったらVtuberなんかやってない。テレビに出るはずだろ?」
「……確かに」
八度はさらに攻めたてる。
「まず、今売れてるVtuberは時代の流れを一早に読んで動いた人間だ。よって登録数や再生数が多いのは然るべき結果なんだよ。それに3Dのソフトだってかなり勉強しないといけないんだぞ。加えて動画編集はもちろん字幕をつけたりサムネを作ったり色々やることあるんだぞ。その中で増えゆくライバルに負けないように切磋琢磨していく姿を見てお前はまだそんな事が言えるのか? 数ある要素から一つの悪い点だけをみて評価するお前のその愚行には────」
「分かった。すみません俺が間違ってました本当にすみません」
八度の怒涛のラッシュに思わず敬語を使ってしまった。それにしてもこいつのtuberに対する熱意とリスペクトは何なんだ?
「フゥ、フゥ、フゥゥ……」
言い足りないのか、息を荒だて、未だ収まりきれてない。
こいつ絶対tuberやってんな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「でもあれだな。作品を投稿するのは良いのかも知れないな」
約2ヶ月でどれくらい投稿できるかは予想できないけどな。
「何を投稿する? なんか動画でも撮るか?」
「お前の場合は撮る前に声を掛けてくれな」
うっかり殺されるかも知れないからな。
だが、何かに焦点を絞った方が確かなのかも。最初の内は特に。
「なあ八度。お互いの良いところ言い合っていかない?」
「え……俺そっち方面の開拓はしたくないんだけど」
「違うわバカ。一片死んでこいよ」
受けたり攻めたりの話は今はしてない。得意分野の動画を撮るのが妥当だと思ったのだが……本当バカだなこいつ。こんなんが院生で大丈夫かよ。
「円佳が受けってクソウケるな」
「死ね」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
──10分後
「なんか気分悪いわ」
「俺も……」
結局、お互いの利点を言い合い、紙にまとめるという気色悪いイベントをこなした。
自分で提案しておいてなんだが、今後このような事がないのを願いたい。
そして改めて紙を覗く。
久礼 円佳
・馬鹿なのに賢そうに見られる
・金持ってないくせに金使いが荒い
・ソシャゲの課金額が高い
・作画崩壊の絵が描ける
・ネットでも陰キャラ
・名前が女みたい
「…………あれ?」
おかしい。明らかにおかしい。確か俺の良いところを書いてもらった筈だったが……?
「なあ八度、良いところを書けって言わなかったっけ?」
「それは俺のセリフなんだけど?」
八度 岬
・賢いのに馬鹿
・超が付くほどのケチ
・元厨ニ病患者
・カラオケの点数だけは妙に高い
・こっそりtuberしてる
・名前が女みたい
「……おい、誰がこっそりtuberやってるだよ」
「八度、お前絶対やってるだろ」
「やってたらお前とこんな話してないわ」
「確かに……」
「やっぱり根本が馬鹿だな円佳は」
どうやら俺は馬鹿らしい。しかし賢く見えるらしい。……これは良いところなのか?
と言うか──
「誰が作画崩壊だ」
「円佳の絵、中々酷いぞ」
「うぐっ……それ言ったら八度の歌だって微妙だからな」
「フザケんな。と言うかカラオケの点数だけは、ってどうゆう意味だ」
「カラオケの点数が良いからって歌が上手いと思ってるだろ? 聞いたら微妙だぞ」
「何それ、聞きたくなかったわ……」
お互い大ダメージを受けて黙ってしまう。
俺のイラスト……崩壊してたのか。
多分八度も同じくらいショックを受けてるのだろう。
だが納得できない。してたまるかよ。八度のセンスが無いだけだと思いたい。
少し、体の中の何処かに火が付いた。
やってやろうじゃねえか
あと、
ネットでも陰キャラは余計なお世話だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
結果、曲を作って投稿する事になった。
俺は絵で八度は歌で見返すのが一番の理由である。
作詞、作曲は一体どうするんだ⁉︎ という最もな意見についてだが、作詞は俺。作曲は八度という分担になった。
正直未知の世界なので出来るかなんて分からない。しかし話していると楽しみが増していた。
出来る出来ないより、やってみたいという気持ちの方が強かった。どうせ2ヶ月も時間があるのだ。とりあえずでやってみたら良いのではないだろうか。
そしてあわよくば再生が伸びれば良いなという楽観的な感じである。
何より小学校の夢が漫画家だった俺からしたら作画崩壊と言われたままでは終われないのだ。新情報ごめんね。
ちなみにだが、この夢は中学3年の頃には儚く散っていた。
挫折をしたとかではなく、自分で無理だと決めつけ高校では運動部に入り絵を描く生活から離れていった。
大学も、専門学校には行かず、自分には入れそうな国公立大学に入学した。何かをしたいとかではなく、大学に入れば何とかなるだろうという考えだった。
その結果、訳の分からない授業を受ける日々。そして就活を終え、したい職業とはかけ離れた就職先に辿り着いた。大きな企業だからと妥協して。
気付くのが遅かった……いや、気付かないフリをしていただけなのかもしれない。まあどちらでも良いが、この夏──大学四年の夏にようやく立ち上がったのだから、やってみようじゃないか。
あと二駅くらい、──歩いても良いよな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なあ円佳、チャンネル名どうする?」
「チャンネル名?」
ペンをくるくる回しながら八度は問いかける。
「そう。Youtubeで投稿するならチャンネル一番最初に作らないといけないだろう」
「確かに……盲点だったわ」
「お前それでもYoutuberかよ。当然の流れを踏めよ」
「普通の人は当然の流れを知らないから」
何なんだこの熱量は。
こいつ絶対tuberしてるだろ。
「……で、チャンネル名どうする?」
とりあえず仕切り直すことにした。しかし名前なんて念頭に置いてなかったな。
「そうだな」
八度は腕を組み熟考する。
そしてポツリと
「女組……」
「──は? 何で?」
訳の分からない呟きに思わず素で返信してしまった。
「ほら、俺たちって名前女みたいだろ?」
「いや、分かるけど言ってて悲しくならないのか?」
言ったらアレだけど「円佳」って自分の名前、女っぽいから好きじゃないんだよな。
昔、八度にそんな話をした辺りかな。こいつが俺のことを円佳って呼びたしたの……
本当こいつゴミだな。俺はずっと「八度」って呼んでるのに。
「ダメ?」
「うーん却下」
上目遣いでせがんでもダメなのはダメ。
「じゃあ、め組のひとで!」
「最近流行ってるけどダメだろ」
「U.S.A.ゲームでもするか」
「おい話ぶっ飛んでるぞ」
こいつ投げやりだな。と言うか女組からめ組のひとに転換する辺り思考回路が変態だな。U.S.Aは訳分からんけど。
「んーなら、恵みチャンネルで」
「────……。」
んーーーー…………。
「採用!」
これ却下したら俺に回ってきそうだし、これでいいか。紆余曲折もしたくないし……
と言うことで、『恵みチャンネル』に──
「あ! チャンネルは英語にしようぜ」
「…………」
チャンネル名『恵みchannel』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
──23時
カップラーメンの蓋を開け、お湯が沸くのを待ちながら今日を振り返る。
何の気なしに八度を呼んだが、まさかこんな結末になるとは思ってなかった。
Youtubeにはお世話になっていたが、投稿するなんて夢にも思ってなかった。
作詞、作曲、歌、MV。
やる事は沢山あるが、今日はカップラーメンを食べてアニメを見て休もう。
まずは歌詞だろう。どんな曲にするかを決めて連ねていく。
やった事は無いができそうな気がする。根拠なんてない。
作曲も八度が中学の時作ってたしな。自分の登場テーマ曲とか作ってたな。気味が悪かったが……。
そしてMV。作画崩壊は撤回してもらう。
そんな事を考えてると楽しみで仕方がない。
腐るだったはずの未来はもうない。
無駄だって構わない。ただ自動操縦の列車から外を眺める日々から抜け出したかったから。
「さて──
そろそろ沸いたかな」
「Boys be ambitious...」
「ハイハイ……」
「Not like this old man」
「おけ!」