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ショートショート2

作者: 付谷洞爺

災害的猛暑が続く近日ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。これから更に熱くなることが予想されますので、水分や塩分、ミネラル等をしっかり補給し、適度な休憩をとりつつお仕事や学校生活を頑張ってください。僕も頑張り過ぎないよう頑張ります。

 静かな空間。知を重んじる聖域。

 俺は今、そんな場所でゆったりと書に耽っていた。

「…………」

 ぺらりとページをめくる。そこに書かれている文字を目で追いつつ、その状況を夢想する。

 愛し合う男女。しかし二人の前に立ちはだかる大きな壁。

 二人はお互いに励まし合い。元気づけ、そしてその困難を乗り越えていく。

 感動的な話だ。少し前に映画化が発表された。

 だが、俺にとってはこんな感動的でいい話でも、途端に違う話になる。

 二人の本音はお互いのせいで困難に阻まれていると思っている。だから、お互いがお互いを憎らしく思っているのだ。

 そう考えると、この小説はかなり面白い。本当はお互いのことが好きではなく、どうにかして離れたいと思っているのに離れられない男女。ずるずると関係を続けてしまうことの無意味さ、空虚さを描いているのだと俺は思う。

 などと、俺が一人でにやついていると目の前の椅子が引かれる微かな音が聞こえてきた。

「……ずいぶんと楽しそうだね。わたしも同席させてもらおうか」

 周りに配慮してだろう。声量を抑えた声に、俺は顔を上げた。

「……何をしに来たんですか?」

 言外にここはあんたの来るところじゃないと含みを持たせる。

 と、そいつは俺のその言葉の意味するところを理解しているのかいないのか、にこっとほほ笑み、無言で俺の目の前に座ってきた。

「何を読んでいるんだい?」

「……何だっていいでしょう」

 俺はそいつから視線を外し、再び活字を目で追う作業に戻る。

 が、今度はさっきまでのように集中することができなかった。なぜなら、目の前にそいつがいるからだ。

 全然内容が頭に入って来ない。つまるところ、二人の行く末を悪意を持って想像する事ができないということだ。

 これでは、この小説を百パーセント楽しめないじゃないか。全く無意味だ。

 俺は本を閉じ、軽くため息を吐いてからもう一度そいつを見やった。

「おお、それは今度映画になる奴だね。今かなり人気の」

「……それで、一体こんなところで何をしているんですか? 先輩」

 彼女――柏原優羽先輩は両手の指を絡め、意味ありげに微笑んだ。

「わたしがここに来るのがそんなにおかしいかい?」

「はい。あんたはこんな場所に来るような人ではないと俺は思います」

「はは、それは手厳しいな」

 柏原先輩は軽く肩を揺らす。

 俺は彼女の華奢な肩口を眺めながら、小さく嘆息した。

 黒髪ロング。切れ長の目元。紺のセーラー服がよく似合う、日本人形のようなという形容詞がぴったり当てはまる人。

 加えて制服の上からでもわかる大きな胸。しかし引き締まるところは引き締まり、思わずその肢体に視線が吸い寄せられそうになる。

 慌てて、俺は先輩から視線を逸らした。

「……ここは図書室ですよ? 先輩が来るような場所じゃないでしょ」

「まあね。普段なら絶対に足を踏み入れることはないだろうね」

「だったら……」

「しかしまあ、君がここにいると聞かされれば、来ない理由はない」

 さらりと口にされた先輩の言葉に、俺は内心で浮かれそうになる。絶対に表には出さないけれど。

「それは……一体どういう意味ですか?」

「決まっているだろう? 君を探していたんだよ、わたしは」

「俺を? 一体全体何のために?」

「当然、それも決まっている。……わかっているだろう、わたしの気持ちは?」

 先輩は絡めた指の上にあごを乗せ、上目遣いに俺を見上げてくる。

 俺は先輩を直視できず、視線を外したまま薄らとぼけた。

「何のことだか、俺にはわかりません。何を言っているんですか、先輩は」

「ふふ、君はいじわるだね」

 どっちがだ、と思ったが、それを口にするわけにはいかなかった。

 変わりに、俺は別の質者を先輩に投げた。

「俺の居場所を……誰に聞いたんですか?」

「もちろん、君のクラスメイツだよ。何と言ったかな?」

「わかりません。友達とは都市伝説だと思ってるんで」

 恋人もまた然りだ。

「まあいいや。それで、君のクラスメイトに聞いたら放課後は大抵ここにいると聞いたものでね。お邪魔したわけだ」

「そうなんですか……余計なことを」

 誰が俺の居場所をこの人の教えたのか、想像すらできないが……というかよく俺の居場所なんてわかったものだ。実は俺ってクラス内では結構人気者だったりするのだろうか?

「話を戻そうか。君はなぜそれを読んでいたんだい? その小説はすごく感動する恋愛小説だろう? 書評でもそうなっているよ」

「恋愛小説を俺が読んでいたらだめなんですか?」

「だめということはないが、似合わないなとは思う」

「ずいぶんな言いようですね」

 だが実際のところ、その評価は間違っていない。俺に恋愛は似合わず、またその機会も未来永劫訪れることはないだろう。

 柏原先輩は俺の顔を見て……それから俺の手元の小説を見て、思案するように目を細めた。

「……思うに、その話は君の脳内では悲劇、または喜劇として展開されている」

「なっ……ど、どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。君はその小説を作者や出版社の意図とは別の意図で楽しんでいる、と言っているんだ」

「何を根拠に……」

「根拠なんてないさ。ただの憶測だよ。デマでたらめさ」

 先輩は肩をすくめ、あざけるように笑う。

 な、なんなんだこの人は。他人をバカにしたようにして。

 俺は先輩のそういう態度が断固のとして気に入らなかった。だから、俺はこの人のことをあらゆる意味で好きになれない。

 先輩として、友達として、異性として。あらゆる意味で……うっ。

「間違っていたなら指摘してくれてかまわないよ?」

 先輩が身を乗り出し、俺に顔を近づけてくる。俺は思わず身を引いた。

 ――その時、俺の全身に戦慄が走った。

 先輩は今、机に手を突いてバランスを保っているわけだ。すると当然、若干両腕の間隔を近づけるわけだが。

 そうすると……つまりだ。制服の胸元にわずかなたわみが生まれる。

 そこから、先輩のたわわな谷間が覗くわけだ。黒っぽい下着とともに。

 俺の目は、全く言い訳の余地もなく先輩のそのたわわな谷間を直視してしまった。

 かーっと全身が熱くなる。俺は思わず、椅子から立ちあがた。大声を上げそうになったが必死で我慢する。

 ガタンッと椅子が後ろに倒れる。パッと回りを見ると、先輩以外の全員が俺を迷惑そうに見ていた。

「だめだよ、君。ここでは静かにしないと」

 先輩がたしなめてくる。それに対して俺はかなり腹が立ったが、これ以上ことを大きくしてはならないと思い、先輩への怒りをぐっとこらえて座り直した。

「……それで、どうなんだい? わたしの指摘は間違っているかな?」

「……どうだっていいじゃないですか、そんなの」

「まあどうだっていいことだ。そんなことを言ったところで、わたしにも君にも、何ら得をするような事態にはならないのだから」

「はあ……まあいいです。それじゃあ俺はこれで」

「ん? どこへ行くんだい?」

 座り直してすぐに再び立ち上がった俺を不思議に思ったのだろう。先輩はまゆを寄せ、文字通り不思議そうな顔で俺を見つめてくる。

「帰るんですよ。何時だと思ってるんですか?」

「えーと……まだ五時を回ったところだよ?」

「これから帰っていろいろとやることがあるんです」

「ふぅん……例えば?」

「え?」

 た、例えば? なんだ例えばって?

「え、ええと……例えばその……そう、今日の授業の復讐だったり明日のための予習だったりですよ」

「ははは、何を言っているんだい、君は」

 先輩は俺の言ったことがさもおかしいことのような言い方をする。

 え? 何かおかしなこと言ったか、俺?

「どうしたんだい? そんな不満そうな顔をして。わたしが何か、君の気に障るようなことを言っただろうか?」

「……いいえ、なんでもありませんよ」

 本気で言ってるのだろうか、この人は。もし本気で数秒前の台詞を口にしているのだとしたら、とんだ食わせ者だ。蛇も顔負けなのではないだろうか。

 失楽園という話ではなく、奈落の底へと落ちてしまえばいい。

「では、俺はこれで」

「だったらわたしも帰ろうかな」

 これ以上先輩といると厄介なことになりそうだと思った俺は、そそくさと先輩に背を向ける。すると、先輩も立ち上がり鞄を手に俺の隣に並んで歩くものだからびっくりした。

「え? ええと、先輩?」

「ん? どうしたんだい?」

 果たして、この数分の間に先輩のどうしたんだい? を何回聞いただろう。そんなことはどうだっていいが。

「どうして俺の隣を歩くんですか?」

「ふふん、それはだねぇ」

 先輩がにやにやしながら小首を傾げる。俺の向けられた流し目に、ちょっとどきりとする。

「単純な話だよ。君と一緒に帰りたいからさ」

「ど、どうして俺なんかと……」

「言っただろう? 君を探していた、と」

 そういえば最初にそんなことを言っていたような気がする。

「だ、だからといって一緒に帰ろうとしなくたっていいじゃないですか」

「んん? どうして? 君はわたしと一緒に帰りたくないかい? 迷惑だろうか?」

「め、迷惑とかではないのですが……その」

「だったら問題はないだろう」

 俺が答えに困っていると、先輩はにこっとほほ笑んで前を向いた。

 えー……俺の反論はガン無視ですかそうですか。

 これは、諦めた方がよさそうだ。

 俺ははあとため息を吐いて、先輩と一緒に階段を降りていく。

 その後、先輩の顔が若干赤いのに気づくまでかなり時間がかかったのはここでは伏せておこうと思う。


いかがでしたでしょうか。短編以下の短編だったので、物足りないという人もいるかもしれませんね。よかったら感想等お聞かせください。ではまた次の小説で。

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