馮王と王妃(設定)
高蒼苑は、名ばかりの太皇太后である。
太皇太后とは先々帝の后のことを指す。
とはいえ、蒼苑が年を取っている訳では無い。
第一、蒼苑が太皇太后と呼ばれるようになったのはわずか23歳の時である。
大華帝国の宰相家、高家の嫡女である蒼苑はその家柄の良さと本人の類まれなる美貌から貴妃として入内し、またほどなくして立后した。後宮には何人かの妃嬪と、大勢の女官とがいたが、その誰も皇帝との子を為さなかった。
当時の皇帝……珖帝は父帝、鸞帝の次男である。母は一介の昭儀であったが、その母が妹宮の産褥の床で亡くなってからは皇后に養育された。皇后は自分の息子である皇帝の長男よりも、彼のことを可愛がった。そしてそのおかげで、彼は皇太子の座についた。誰もが思わなかった。まさか皇太子が10歳にも満たないまま、帝位につくことになろうとは。
宰相という身分から摂政の座に着いた高氏は、自らの長女を彼の妃として入内させた。妃嬪としての最高位の身分で。
「申し訳ないけど、蒼苑のことは妻としてみれない」
高氏は思ったのだろう。
乳兄妹故に本物の兄妹のように皇帝と仲良くしてきた娘ならばすぐに寵愛を勝ち取ることができるだろう、と。
だが、違った。
「だって蒼苑は私の妹のようなものだからね」
幼すぎたが故に、お互い家族に対するような情しかわかなかった。
「私は皇帝にふさわしくない」
それが珖帝の口癖のようなものだった。
自分は嫡出の皇子ではないから、と。
本当ならば兄がこの国の頂点となり、自分は臣下としてその彼を支えるはずだったのだから。
その負い目もあったのか、軍人となった兄に、珖帝は次々とよい官職を与え、俸禄も他のものの倍与えた。
それが仇となったのだろう。
「俺に情でもかけたつもりか?俺の身にもなってみろ、同情だなんて吐き気がする」
彼は兄に殺された。
その時、珖帝17歳。
蒼苑、15歳であった。
皇帝の義母であり、皇兄の母であった皇太后は、嘆き悲しんだ。そして悲しみのあまり、心を病んでしまった。
そして自分の娘であり、先帝の長女である公主を、縊り殺した。
彼女が夫との子を妊娠中だったにも関わらず。
皇室は荒れた。
それを好機とみた隣国の皇帝によって、その第三皇子が華国の帝位についた。
この時点で16歳の蒼苑は皇太后となった。
皇太后となった蒼苑は、新帝1派に虐げられるようになった。
というのも蒼苑が先帝の側近の娘だったからである。
しばしば苦痛を感じるようになった蒼苑は、完璧に外の世界を遮断した。蒼苑の住む宮……蘭華宮に足を踏み入れることを許されたのは本人以下、たった2人の側仕えである。
新帝の后は心配をして、たびたび使いをよこしたり、時には自ら足を運んできたがその全てを蒼苑は門前払いにした。
そして新帝が病に倒れた。
跡継ぎとなる皇子のいないまま。
そこで白羽の矢がたったのはなんと蒼苑の兄である。
兄といっても母は異なり、彼の母はかつて公主であった人物だ。
公主を母に持つ異母兄は先帝……つまりは蒼苑の夫であった珖帝の従兄弟にあたる。
「太皇太后陛下」
妹である自分に頭を下げなくてはならなかった彼の心中をおもいやると、労しい限りである。ましてや子もなさなかった役立たずの妹とあれば。
「もう1人妃を迎えることになったのだが、生憎彼女の身分にあった立派な宮がなくてね」
「……わかったわ、わたくしが出ていきましょう」
蒼苑は母の実家に身を寄せ、程なくしてから従兄弟である馮徳郁と結婚をした。幸せな結婚だった。
彼女は、新しく夫となった徳郁との間に、4人の子を設けた。
「新帝陛下万歳!万歳!」
蒼苑が4人目の子供を生んでから、3年の月日が流れた。
流行り病であっけなく死んだ蒼苑の兄の跡を継いだのはその息子……つまりは蒼苑の甥である。彼は兄が皇帝となる前に第三夫人との間に設けた子で、父に一番寵されている妻を母に持ったおかげで4男であるにも関わらず、皇帝という位に上がった。
甥は蒼苑が昔、よく遊んでくれたことを覚えており、また蒼苑の人間性が優れているものと評価していた。そのため、自らの長女を蒼苑と夫の長男に降嫁させた。
後はお察しの通りである。
馮王と呼ばれるようになった徳郁と蒼苑は仲睦まじく暮らした。また、軍の養成所を設立し、何人もの優れた武官を輩出した。
その功績は後世でも讃えられている。
そんな馮家から、時代に名を残す、皇后となる娘が生まれるのは百年以上も先のことである。