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美死麗軀  作者: 御茶
8/8

最終

その日、朝からしとしとと雨が降り続く中、非番の僕は墓参りに来ていた。僕の母親の。

母は国から難病指定を受けていた。

僕が子供のころから入退院を繰り返し、もう長くない、もう長くないと言われながらの生活は病魔と寄り添った生活で、それは僕の日常だった。

高校生になった頃、僕はさすがに母の病室に足しげく通うのが恥ずかしい年頃で。

そんな僕に「むさ苦しい男子高校生に見舞いに来てもらっても何も嬉しくないんだけど。彼女とか居ないの?こんな所に来ている暇があるなら家で勉強しなさい」そう言われた瞬間、思春期真っ只中の僕は「あーもうじゃぁ来ないし!特に喋ることもないしね!」と投げ捨てた。

それが最後の会話だった。

一年に一度だけ、命日に花を持ちここへ来る。

雨の中、静かに手を合わせてその場を去ろうとしたとき、少し離れた場所に花に埋もれたような墓が目に入った。

余りに豪華絢爛な生花の山。

平日の雨の日の朝ということもあって、墓地には僕の他誰もいなかった。

薄暗く水気が多く、何もかもがグレーがかったじめじめした人気のない中でその生花はそこだけが色を持つように鮮やかに浮かび上がっていて、引き寄せられるように墓に近づく。

正面に彫られた戒名はちゃんと読めなかったが、何気なく側面を見た。

そこに書かれていたのだ。「神戸一」と。

僕の口があんぐりと開いた。

一気に意思を持ち、目を走らせる。

昭和四十二年七月吉日 没。

傘を肩に挟み、スマホを取り出しながら神戸にラインを打った。

「神戸さんのお墓を見つけたかもしれない…」

神戸はずっとスマホをいじっていたのかと思うぐらい即既読になって。

スタンプが一つポンと押される。

可愛いうさぎが首を捻っているポーズ。

そして一言「興味がない」と来た。

そのラインと墓石を何度も見比べる。

ただの偶然の同姓同名か…?

昭和四十二年って…西暦1967年…今から五十年前…?これが神戸の墓なら、何か僕が想像するよりずっと最近の話だ…。

神戸は僕の知らない事を沢山知っているので心のどこかで千年や万年生きているような感覚だった。

視線を下へ移すと生花が山盛りで、これだけの花束。万は軽く超えている。

今切り取ったばかりのような花は昨日じゃなく、今朝、僕が来るまでに飾られたものだろう。

ものすごく誰かが想いを込めてお参りしているのだ。

その花の豪華さ、美しさが神戸とリンクする。

呆然としていた時、雨音に交じって人の気配を感じて振り返ると、掃除にきたのかその墓地の管理者らしき人が作務衣を着て立っていた。

「すごいでしょ?」

もう六十か七十ぐらいであろうその人に人懐っこく話しかけられて、思わず尋ねる。

「すごいってもんじゃないですよね。これ、今日は何か特別ですか?」

「いえいえ、このお墓には毎月、月命日に飾られますよ。これだけの量が」

「毎月!」

「とても素敵なお年寄りの人でね、この墓の中の方とはお友達だったそうだよ」

「友達!?友達にこんなに花飾ります!?」

「まぁ世の中、いろんな人がいるから…とても大事な人だったんでしょう…」

解せぬ顔した僕に彼は人のよさそうな顔で続けた。

「気になるなら明日の朝六時にココに来ればいい。その人、次の日には必ず今日飾ってある花を全部自分で捨てに、掃除しに来るんだ。この花全部捨てるんだよ。たった一日で。凄いでしょ?気にしないなら明日、花、持って帰っていいよ」





僕は翌日早朝六時に母の眠る墓地に居た。

二日連続でこの場所に来たのは初めてだ。

神戸が気にならないと言っても僕が気になるのだ。

勘違いならそれはそれでいい。このもやもやした気持ちのまま僕は過ごすことができなかった。

太陽が出てきたばかりの早朝は静かで、昨日までの雨も上がり、掃除も行き届き、すがすがしささえ感じた。

誰も居ないその場で僕は神戸の墓に向かい静かに手を合わす。

昨日飾られた花は雨のおかげかしおれる事無く元気いっぱいで世界を彩っていた。

やがて足音が背後から聞こえ、そして僕の真後ろで止まった。

恐る恐る振り返ったそこに、正装した白髪の眼鏡の老紳士が立っていた。

上品なハットをかぶり、ネクタイを締め、下ろし立てみたいな白シャツに杖。

まるで今からドレスコードの厳しい場所へディナーにでかけるような出で立ちだ。

僕を見て驚いた顔をしているその相手。

「初めまして、僕は…、神戸の親戚の者です。いつもお花をありがとうございます。一度お話を伺いたくて…」

適当な嘘をついた僕に紳士は更に目を丸くした。

そしてポツリと言ったのだ。

「五十年目の今年で…願が叶うはずだったのに…やはり…ダメなのか…」

みるみる僕の目の前でその瞳の中を涙でいっぱいにしたその老紳士に僕は焦りに焦った。

「す、すいません!すいません…僕、何かしました!?そんなつもりじゃ…」

下を向き、顔をそむけて口元を抑え、必死に涙を止めようとするその姿。好奇心を持ち今日ココへ来てしまった自分が罪悪感に覆われる。

「すいません…えっ?どうされたんですか…!?」

わけがわからないまま謝った僕の視界が一瞬曇ったような気がして目を細めた時、世界は音を無くしていた。

一瞬の事だった。

肩を落としむせび泣くその紳士の声が消え、早朝の鳥のさえずりも消え、風の音が止み、僕が茫然とする。

そして、顔を上げたその老紳士から流れる涙の色は真っ赤だった。

「大丈夫ですか!?」

血かと見まごうその色に僕が駆け寄ると、

「私が悪かった…許してくれ…。無理なお願いをしたのは解っている…すまない…」

僕の腕にしがみついてきたその腕の力強さ。

一体何が!?

そう思った時、いつもならポコリ、ポコリと黒塊が出てくるはずなのに、いつの間に居たのかもう一人、僕らの直ぐ背後に人が立っていた。

墓場という立地が醸し出すおどろおどろしさ。

音のない世界で知らない人か何かわからぬモノと対峙する恐怖。

神戸の墓の前で、赤い涙を流す老人とその背後に立つ、これまた老人で…しかし、何処かで見た事がある老人…。

太陽の位置加減なのかやたらと顔が影になって薄く見える。

しかし、僕は何故かその老人を知っている気がして凝視する。

数秒後、ハッとして小さな声で「竹田さん…」と呟いた。

少し前に、悪漢に襲われたところを助けようとした僕を陸橋から突き落とした老人。そのまま犯人に刺されて亡くなった老人。先輩と二人で葬式に出た老人。僕が助けられなかった命、助けられずに僕が後悔した命…竹田さん?!

何でここに亡くなっているこの人が?

「北大路…諦めろ…」

竹田が地を這う様な低くしゃがれた声を出した。

「神戸は俺が殺した」

血の涙を流しながら北大路と呼ばれた老紳士が振り返った。

「竹田…何を言っている…神戸は事故死だ…」

この人と竹田は知り合い?!そして神戸は生前殺されていた?!

驚く僕の目の前で、竹田の陰っていた顔がドンドンはっきりと見えてくる。

それは人の顔色ではなく、黒く、どす黒く。死人の顔だ。

だって死んでいるんだ。僕はこの人の葬式に出た。

死人が語るその異様な光景、その台詞に声を無くしていた僕は目の端で揺れ動く黒塊を認識する。

見たこともない量の黒塊が墓地の周辺を囲みだしているのだ。

その数、10、20、30…嘘だろ?見た事も無い数だ。

墓地を囲んで真っ黒な壁ができたのかと思うほどで、恐怖で足がすくむ。

一体何が起きているんだ。

来なくていいという母親の声が頭に響いた気がした。

もう色なんてない、限りなく黒に近い竹田の口が笑っている。

「神戸はな。誰のモノにもならない。お前のモノにも、俺のモノにも。だから俺はあの日お前が神戸を呼び出した間鞍神社で俺は先に神戸を待っていた」

「えっ…」

紅い涙を流しながら北大路の眼が見開き、黒い竹田に詰め寄るというより、しがみついた。

「お前…お前本当なのか…!?それ!!本当か!?」

揺れる様に笑う竹田。

僕は今目の前で繰り広げられている事より、周囲の黒塊がもう壁の様に黒くこの墓地一帯を取り囲んでいて、その方がお尻に火が付きそうな程焦り出していて。

「神戸さん、神戸さん、神戸さん…!!!早く…」

神戸の名を早口で呼ぶ。それは助けを求めすがる、祈るような呟き。

「お前も神戸に魅入られたか?」

何処から声が出ているのか、竹田の勝ち誇ったような言い方とその聞き取りにくいしゃがれ声に僕は叫ぶ。

「僕は神戸の友達だ!!そんな事よりあれ見えないの?!黒いの!?僕らやばいよ!!」

「友達!?ははは」

低くバカにした声で笑い出した竹田の目の前で北大路が背筋を伸ばした。

「お前が殺したのか…」

その怒気をはらんだ音。

「あぁ、事故で片づけられたがあの神社の階段から神戸を突き落したのは俺だ。俺が神戸の見た最後の男であり、最後の風景だ」

その言葉に、その自慢そうな声に、僕は変に納得したのだ。

陸橋の上から突き落とされて階段を転がり落ちた僕。

打ち所が悪かったら死んでいたと後から聞いた。

あの風景は神戸が見たモノと同じ風景だったんじゃないかと。

この男に同じように突き落されたのだと。

僕は二人の会話を遮った。

「…神戸さんが最後に見たのは貴方じゃない。最後に見たのは空だよ。青い空。とても綺麗な空だ」

限りなく暗闇色となっている竹田の眼が全開して僕を睨みつけた。

とっさに北大路の眼を両手で隠す。

「目を見ちゃダメだ!飲みこまれる!下を見て」

僕は竹田の眼を見すえたまま、視線を外すことはできず、墓地の周りはもう黒一色で。

いつもならいくら何でも神戸が来てくれているのに、さっぱり姿を見せないのはやはり自身の墓前だからなのか。

「神戸一。とても綺麗だよね。人間じゃないみたい」

もう既にその手も足も黒一色となり、徐々に人の体を崩していくその黒い瞳の竹田に時間稼ぎの如くゆっくり話しかける。

「あぁ、綺麗だ…この世の者じゃないみたいに綺麗だった」

「何で殺したの?」

「神戸は私にとても優しかった。けど、北大路にも優しかった。周囲全員に、皆に優しかった。それがとても嫌だった」

「何で殺したのかと聞いているんだけど」

繰り返した僕の声が届いているのか、それすら解らないその独白。

「私は神戸が好きだった。でも皆神戸が好きだった。それがとても嫌だった」

「神戸は男だよ」

「そうだ。それがどうした?」

くだらない質問だと言わんばかりの声色。

「何も殺さなくても…」

「皆が好きだったからね…同じことをしても覚えてももらえないだろ?だから思いっきり嫌ったんだ。神戸の事を嫌いなんて言っているのは私だけだったよ」

「…」

「好きで、好きで、好きで。どうしようもなくて、嫌ったんだ。嫌って、嫌って、嫌ったら。気が付けば殺していたよ」

「…」

「若気の至りだ」

「若気の至りで人を殺しますか!?」

叫んだ僕の声を、ひゃはぁはひぃ、としわがれた不愉快な高笑いが消した。

「だって、事故死として処理されたんだよ。私は運命に愛されているのさ!!!」

その瞬間、下を向いていた北大路が一気に竹田の首を掴んだ。

「貴様…」

その首を力の限り絞めだす。

しかしもう竹田は黒塊になりつつあった。

首が首なのかどうかも分からないその黒い塊。

「北大路。お前の願いは叶わない。お前の願掛けは叶わない。何故なら俺がお前を喰らうから」

そう言うと竹田の腹が割れ、一気に無数の黒い筋が飛び出した。

僕が自分をかばい飛び退くと同時に、その筋を躍り出た神戸が叩き切っていた。

「神戸さん!!」






飲みこまれそうになっていた北大路は突然躍り出てきた神戸を見て茫然としていたし、竹田はもう只の黒塊になっていた。

僕は何からどこから説明すればいいのか口が一つじゃ足りなくて。

「か、神戸さん!?あのね。あのね」

どもる僕にいつも通り、満開の桜が風に舞うように笑い、その笑顔が周囲に華やかに散る。

そして有無を言わさず竹田を、その黒塊を叩き斬ろうと剣を上段に構えた時、僕は思わず止めたのだ。

「斬っちゃダメだ!!」

「えっ?!」

叫んだ僕に神戸の動きが止まる。

「何で?」

「そいつは!!そいつは神戸さんを、生きていた時に殺した人だ!!!斬ったら霧になって居無くなって、罪を…罪を償わせられない!!!」

必死に説明する僕に神戸が又困ったように笑った。

「どうやって償わすの…もう死んでいるんだよ…」

「そのままにすればいい!永遠に彷徨えばいい!!そんな奴の為に神戸さんが斬ること無い!!」

その時の僕の言葉は本心だったし真剣だった。

一生この黒塊で死ぬこともできずに居ればいいと本気で思っていた。

罪の意識がなく、検挙されなかったことをラッキーだと思い、運命に愛されているなんて言った男を、僕の友達を過去に殺した男を、僕は絶対に許せなかった。

五十年。神戸が生きられたであろうその日々をこの男は生きた。

豪華な葬式で送られていた。裕福な暮らしをしたのであろうと想像できた。

結婚もして、家族も居た。

同性の神戸を殺すほど好きだと言っていたのに。

僕の大切な友達を、大好きな神戸を殺した男を、断じて許せなかった。

神戸はいつも通り、何も変わる事無く、少し困ったように笑った。

そして静かに言った。「いいんだよ」と。

「へ?」

思いもよらないその言葉、間の抜けた声を出した僕に神戸は穏やかに微笑む。

「いいんだよ。許してあげて」

「嫌だ!!!」

僕は自分でも驚くほど絶叫していた。

「何で許せるの!?どうして許せるの!?こんな奴なのに!!」

「いいんだよ。この人の為にじゃない。岡田君の為に許してあげて」

「嫌だ!絶対に嫌だ!許さない!!!殺したんだよ!人を!君を!!!」

「…岡田君。君が許さなければ君がこの因果に縛られる。もし、偶然の避けようのない事故で君が人を殺めた時、相手に許して欲しいと思うだろう?あれは事故だったんだよ…」

「嫌だ!!!」

「もし家族が、自分の子が、自分の愛する人が、事故を起こし、泣いて反省している姿を見たら、相手に許してやって欲しいと思うだろ?」

「反省してないんだよ!?ラッキーだと思ってた!!検挙されなかったことを!!そんな奴なんだよ」

「どんな奴であろうと。君が縛られる事じゃない。僕が許す。僕が許してこの因果を斬るよ。君には酷い事を嘯いたのかもしれないが、人の気持ちは揺れるから。一つの発言が全てなわけじゃない。けど、黒塊になった時点でもう…この因果に彼は縛られている。もう、輪廻の輪には戻れない。人を殺した時、殺した相手の因果や負債は殺した人間が背負う。それが世界の理だ。そして僕が殺されたのも世界の輪の中の小さな一つだ。誰を恨むこともない。恨んだら、自分が苦しいだけだよ。岡田君が苦しいだけなんだよ。僕の事で君が苦しむことはない」

僕は泣いていた。

許せと言う神戸を見て泣いていた。

目の前で笑う美しい友を殺した人間を許せずに泣いていた。

神戸は困ったように笑った顔のままだったけど、次の瞬間、振り向きざまに黒塊の竹田を斬った。

周囲に黒が塵となりワッと広がったが、それも一瞬で消えていった。





「さーて、久々の量だね」

神戸がぐるりと見渡すと、黒塊がもう、墓地を覆い尽くしていて。

ウォーミングアップするように首を回した神戸が又咲き誇るように笑った。

「君のお母さんに感謝するよ。ずっと頑張ってこの黒塊がここに近づくのを停めてくれていた」

言うと同時に駆け出した。

「お母さん?!」

思いもよらない言葉にあたふた周りを見渡すも、そこに広がる風景は、次々と黒塊を斬りに斬っていく神戸の演武を舞っているような姿だけだった。

神戸の大太刀を振るう立ち回り姿はいつに増しても迫力があった。

それを見ながら僕は久しぶりに母が死んだ日のことを思い出していた。

忘れていた過去。記憶の底に追いやった思い出。

母の火葬が終わった後、家族一人一人に宛てた手紙が出てきた。

封筒にはもう力が入らないのであろう弱弱しい筆跡だった。

「章介、今まで本当にありがとう。章介は優しい子です。病気の私に時間を割いている章介を見るのが私はとても辛かった。章介はいつ死ぬか分からない私への親孝行だと思ってお見舞いに来てくれていたのはわかっています。その気持ちだけで十分幸せです。本当に幸せな人生でした。章介に人並みの母親をできなかったことは申し訳なかったと思っています。だけどそれを章介が気に病むことはありません。章介の親孝行は章介がこの世に生まれてきてくれた時に終わっています。本当に生まれてきてくれてありがとう。ありがとうしかありません。ありがとう。ありがとう。ありがとう。」

あっという間に全ての黒塊を斬った後、神戸はゆっくりと戻ってきて、そして僕の横で呆然と立ちすくむ北大路を見て笑った。

「願掛け叶ったね」

そして僕を見て言った。

「岡田君もありがとう。短い間だったけどとても楽しかった」

その言葉に僕は首を傾げた。

「なんでそんなお別れみたいな言い方するの??」

「お別れだ。君が僕を見ることができるのも触れられるのも会話できるのもこれが最後だ」

「何で!?」

「ずっと考えてた。何で岡田君は僕が見えて僕と会話できて、交流できるのか」

「…」

「人の想いは岩をも通す。自分が果たせなくても、血として、受け取ったモノに継がれていく。永遠に終わらない。竹田が岡田君を突き飛ばした時、竹田は僕を突き落した忘れられない想いと岡田君が竹田を助けたい、救いたいという想いがリンクしたんだ。竹田は救われたいと思っていた。そして僕を想っていた。だけど僕は生前の記憶は無い。岡田君が繋いだんだよ。結果、竹田は僕に斬られて消滅した。岡田君が竹田を救ったんだね」

「神戸さんを殺した人なんて、僕は救いたくなかったよ」

「あの時は知らなかったんだから。正しい行動をしたんだよ。人は自分がよしとする行動をするほかない。けど、知ってても救おうとしたと思うよ。君は警察官だから」

「何だよそれ…」

いつも向いてないと思っていたこの仕事を、ここに来て神戸がそんな事をいうのかと。

僕は何か無性に泣きたくなって横を向いた。

「意味が解らない。神戸さんを殺した因果を持つものが何で、ほぼ天寿全うまで長生きできているんだよ…」

どこまでも不満げな僕の声に神戸はふふふと笑った。

「因果って言うのはAだからBというわけじゃないんだよ。誰かを殺めたから、自分も誰かに殺されるっていう単純なものじゃない。誰かを殺めた、その時にその本人、家族から恨まれる。その恨みつらみを自分が加算して行って、巡り巡って殺される可能性を積み上げていくっていう感じ。人は集団の生き物だから、日々誰かと交わり、接触しないと生きていけない。沢山の人と自分でも意識しない間に因果を築き、又その人々も別の誰かと因果を結ぶ…。殺めたから同じような末路を辿る訳じゃなくて、その人を生かそうとする別の因果があれば、当然生きる可能性がでてくる。そういうものだよ。だから、一つの事に囚われて、固執する事は得策じゃない。過去は過去。未来は未知。大切なのは今。この今を、岡田君は笑顔で生きて欲しい。過去に居た神戸一に縛られる事無くね」

「…もう、会えないの?」

「岡田君と因果を結ぶこと自体が僕の世界での禁止事項だ。今までがイレギュラーだったんだよ。ありがとう」

その何処までも印象的な、余韻の残る美しい笑顔。

皆ありがとうと言って去っていくというのか。

「そんな突然…」

駄々をこねる僕を置いて、神戸は北大路に声をかける。

「行こうか」

北大路はさっきまで曲がっていた背中を真っ直ぐに伸ばして立った。

「えっ?連れて行くの?」

北大路が笑った。

「五十年、神戸の傍へ行けるように願をかけた」

「根負けさ」

笑いあう二人はとても仲が良く、急に疎外感に襲われる。

そのままあっさりと二人して消えて居なくなりそうな神戸に僕は叫んだ。

「消えないよ!」

ふり返った神戸に僕が腕を真っ直ぐに伸ばしてパチンと指を鳴らす。

神戸程恰好よくはできないけど。精一杯の強がり。

「消えないよ。僕らの友情」



おしまい


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