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何故、朝は100まで生きるとされていた人が、今「1」なのか。
そして僕が見た女の子は一体何になったのか。
顔を歪めて口を開けて先輩の顔を凝視した僕に真正面から先輩が軽くチョップした。
「何バカみたいな顔して人の顔じろじろ見てんだ。行くぞ」
「はいっ」
青い顔して条件反射で返事をすると「腹、痛いのか?」と気にしてくれて。僕は何かが胸にグッとくる。
この人、根本は優しい人なのである。
口が悪かったり、理不尽な事も言ってくるのだけど。根本はいい人なのである。
例え朝は100迄生きるとされていたこの人も突然1年の命に変更となるなら。
何かをしたら元に戻るんじゃないのか?
それは何なのか?というか朝から今までの間に何が起きて余命1年になってしまったのか。
僕はとぼとぼと先輩の後ろについて捜索中の事件に関わる防犯カメラにチラリと映った車両の持ち主の家にたどり着いた。
建売住宅がびっしり並ぶその1つ。
新しくもない、何の変哲もないその家のチャイムを押す。
数秒の沈黙。
チッと先輩が小さく舌打ちをする。
「ちゃんと電話連絡入れているのに…」
僕らは事前連絡と了承を得てここに来ていた。居留守なのかワザとなのか、家の住民は留守の様だ。
先輩がその家に背を向けようとした時。背後から声がかかった。
「すいません。…警察の…方?」
そこに先ほどの親子が居た。
魂を抜かれた幼い子とその手を引くお母さん。
女の子の顔を見て心臓がキュッと縮んだ気がした。
しかし、最初のインパクト程違和感は―――ない。
さっき彼女の顔を見た時、決して幼い顔ではなかったのである。
もう何百年と生きているような妖艶な人間の顔だったのだ。
なのに、今は普通といえば普通。幼い子供の顔だった…。
僕の見間違いなのか…。
母親も何の疑問も持ってないようである。
「ごめんなさいね。予定ではもう帰っているはずだったんですけど。ちょっと友達にばったり会っちゃったもので」
聞いてもいないのに明るく気さくに説明しながら玄関を開ける。
先輩もいつもなら不愛想な仏頂面なのに「いえいえ。今着たところですから」と答えた。
世の中警察と聞くだけで蛇蝎の如く毛嫌いする人が沢山いる事をこの仕事についてから知った。そんな中「どうぞ入ってください」と快く出迎えてくれるこの母親は僕も好印象で。だからこそ尚更、その手に引かれるこのお母さんに似て可愛らしいこの子の中身は何なのか…。
僕らが訪ねた家の母親、七条ひかりさん。
小奇麗に片づけられた狭いリビングに座った僕らにお茶を出そうとするので先輩が「お構いなく」と答えて早速ですがと、切り出す。
先月隣町で起きた強盗殺人事件。
「お電話でご説明させていただいた通り、国道にありますコンビニの防犯カメラに映った車両を調べておりまして…」
「えぇ。確かに通りました。この子のスイミングスクールのお迎えで…」
そこで家のチャイムが鳴った。
「あっ」と声を上げ、七条が途端に微妙な顔になる。
「あの…すいません。ちょっと失礼します…」
そそくさと玄関に向かった七条。狭い家だ。「お約束より少し早いですね。あの、少し待っていただけますか」と応対する声は筒抜けだった。
「僕は気にしませんよ」
その涼やかな男の声が聞こえた瞬間、跳ね上がる様に僕は立ち上がった。
先輩がいぶかしげに僕を見上げたが、僕はたまらず玄関に足を向けた。
そこに神戸が居た。
ニコニコと柔和な笑顔は本当に優しげな表情で、七条は頬をほんのり赤らめさせている。
「こんな狭い家にすいません。ありがとうございます…。直ぐに先の用件済ませますので」
何かこのままでは流れ的に僕らはとっとと帰されそうだ。
僕は我慢できずに声をかける。
「神戸さん!?」
ふり返る七条の奥で白々しく神戸が目を丸くして「岡田君!?」なんて驚いた声を上げる。
何と言うか演技派だ。
七条も驚いて「警察の方とも繋がりがあるんですか…」なんて神戸に話しかける意味が解らない。
神戸が微笑みながら落ち着いたトーンで声を出す。
「いえ、昔からの友達なんですよ。互いに職業はこのように別れましたが今も親しくて。どうせなら一緒にお話しお聞きしますよ。何か関係があるのかもしれない」
職業って…おいおいと僕が一人だけ焦るも、当たり前の様に神戸が家に上がってきて、狭いリビングのテーブルを挟み七条は膝に子供を乗せ、ぎゅうぎゅうで僕ら大人の男3人がそろう。
神戸が先輩に向かって当たり前の様に名刺を差し出した時は正直汗がでた。
「ちょっ…」
止めようとした僕に先輩が自分の名刺を出しながら神戸の名刺を見つめて「ハライヤ…」と呟く。
ぐいっと若干無理矢理その名刺を覗き込むと神戸の名刺には「神戸一」の名前の左上に「祓い屋」と書かれていた。
先輩が胡散臭そうに神戸を見た。
「以前も総合病院でお会いしましたよね?デイトレーダーか何か金融系のお仕事かと思っていましたよ」
確かに神戸はあの時も今日も体にフィットしたスーツ姿は精悍で、髪の毛もなでつけ…優しい顔なのに切れる冷たい印象でもある。
じろじろと不躾な視線を送る先輩に僕は正直ひやひやで。
「岡田の友人という事で、まぁ、真っ当なお仕事をされているとは思いますが…」
明らかに『祓い屋』という響きに不信感を持っている先輩に僕がおろおろとわけのわからないフォローする。
「いや、本当に、いい人なんです…」
神戸がニッコリと華が散りそうな笑顔で笑った。
「僕は今日、七条さんに呼ばれてここへ来ました。最近ちょっとした怪奇現象が起こるという事で」
先輩が黙って僕の顔を見る。大丈夫か?こいつ?という表情だ。
僕は引きつった顔のまま意味もなくうなずいた。
しかしそれを聞いた七条が堰を切った様に早口に喋り出したのだ。
「あの、本当に頭が可笑しいと思われるかもしれませんが、何かいるんです。先週から何かいるんです。この家に。それこそ刑事さん。あの事件があった日からなんです!」
先輩が反応する。
「我々の仕事を先に済ませてもよろしいですか?あの日、あのコンビニの前を通ったのは間違いないですね?何か見ませんでしたか?どんな些細な事でも結構です」
「特に…本当に通っただけで、あの事件のあったお宅の前も通りましたけど…別に車も停まっていませんでしたし、誰か出入りを見たわけでもありません…」
喋っている母親を無視して神戸はゆっくりとぐるりリビングを見回し、最後幼女を見つめて笑顔を作る。
「何か拾わなかった?」
突然七条と北山の会話を無視して幼女に話しかけた神戸。
神戸に見つめられてもじもじしていたその子は母親と神戸の顔を交互に見る。
神戸はもう一度、幼女に向かい言った。
「一週間前、何かいいもの拾わなかった?それは…君の宝物かな?」
ふんわりと笑う神戸は穏やかで美しく。小さな子でもそれは解るのか。恥ずかしそうに黙ってコクリと頷く。
「取ってきてくれる?」
母親の膝の上から元気に飛び降りると奥の部屋へ一人走って行く。
そして直ぐに大事そうに小さなお菓子の箱を持って戻ってきた。
「それ…」
その子が箱を開ける前に七条が待てなかったのかその箱を取り上げパカッと蓋を開けた。
「何これ」
その瞬間。痛い程耳鳴りがして、僕は息を飲み、反射的に耳を抑えた。
一瞬目を細めただけなのに、次にはっきりと目を開けた時、そこには神戸と僕とその幼女しか居なかった。
「何?!」
神戸の顔を見るも神戸は静かに幼女を見つめる。
音の無い世界。
いつ、あの黒い奴が出てきてもおかしくない世界。
僕はその何者か解らぬ幼女に警戒しながら、テーブルの上に開いたまま放置されたお菓子の箱を覗き込む。
それは綺麗な赤い小さな石だった。
小さな子がいかにも好きそうな…ただの石ころ。
「何これ」
母親と同じことを口にした僕に神戸が言った。
「…死者の婚姻だ…」
その不吉な言葉に顔を歪めた僕。
「何それ」
「…若くして結婚せずに亡くなった子供を不憫に思う親が、亡くなった子があの世で寂しくないように結婚相手を用意する…。拾った者が婚姻を結んだことになる。だから落ちているものをやみくもに拾っちゃダメなんだ…。拾うは受け取るだから。あの子は誰かの因果を受け取った」
「えっ、じゃぁ、この子…」
「もう連れて行かれただろ…」
「じゃぁ、今のこの子は誰?…というか…何…」
得体のしれないモノに対する恐怖。
幼女は意味が解っているのか解っていないのか、キョトンと僕らを見上げている。
「ここの家の子だよ…」
神戸の漠然とした説明に僕が苛立った声を上げる。
「そういう持って回った回答やめてくれる?!」
神戸は変わらず淡々と言った。
「…この家には元々子供がいた…。その子がずっと入れ物を探していた…。探している間に色んなものを呼び寄せたんだね…」
無音の世界なのに何処からかズッ…ズッ…と何かを引きずる音がする。
それはこの地の底のように感じる無音の世界で異様であり、驚き振り返る。
リビングの扉の向こう。何がいる!?
「か、神戸さ、ん…」
「あぁ、出てきてくれた…このために来たんだよ…」
その狭い空間で、神戸がいつの間にか大太刀を持っていて、綺麗に構える。
扉は開くことなく、僕の見つめる中滲み出る様に黒が、それも特大の黒塊がゆっくりと扉と壁を素通りして出て来た。
天井に頭をもたげ、その部屋が黒で浸かりそうな圧迫。
神戸が僕の目と鼻の先で刀を振るった。
黒塊の一部が黒霧となる。けど全部じゃない。その霧さえも狭い部屋で消える事無く霧のまま渦巻く。
もう、僕らはほぼ黒の中にいた。
神戸が再度黒塊を突こうとした時、「やめて」そう声を上げたのは小さなその子だった。
「お友達なの。やめて」泣きそうな幼い舌足らずなその声。
「大事なお友達なの…」
神戸が幼女を見る事無く言った。
「君は選ばないといけない。『お友達』と別れて新しい体で生きるのか。『お友達』と一緒に今まで通りずれた世界で暮らすのか」
「…」
黒い霧の中、茫然と神戸を見るその子。
「簡単な二択だ。『お友達』か『母親』か、どちらを選ぶ」
黒がその子をより強く取り巻いたように見えた。
そしてその黒い中から小さな声が聞こえたのだ。
「おかあさん」と。
神戸が大太刀をまるで軽いタオルを回す様に頭の上でぐるりと回転させ、天井に向かい突き刺すと、渦巻いていた黒が一瞬止まった。
次の瞬間ワッと黒が飛び散り、小さな粒子となり、そして消えた。
僕は納得できなくて神戸に食い下がった。
「この子はあの母親の子じゃないだろ?七条さんの子じゃないだろ??何で生かすの!?」
神戸が「えっ?」とびっくりした顔をする。
「岡田君がそんな事言うなんて驚いた。…今まで何でも助けろ、助けろって言っていたのに…」
全く意味が解らないと目を見開いた神戸。
「だって、この子は誰!?で、何!?」
神戸は不思議そうな顔のまま言った。
「この子は、元はあの母親の子だ。あの母親が昔おろした水子だ。双方が悔いを残して魂が逝けずにいた。けど、この子は居るべきじゃない地に魂が長く居過ぎた。結果、色々なモノと混ざって生きながらえた。何て言えばいいんだろう。岡田君の世界ではこういうの…ええっとお化け?妖怪?」
「…妖怪…?!そんな…それを七条さんはこれから育てるっていうの…?!」
「えっ??岡田君はこの子を僕が連れて行った方がいいって言うの?」
意外だと言わんばかりの口調に僕は唸った。
「だって…本当の…この子の魂はいなくて…偽物じゃないか…」
神戸は意味が解らないという顔をする。
「この子の魂は、これはこれで生きている。何故それを否定するの?」
「否定って…本当の子じゃなくて…違う、もう違う子なんでしょ?」
「本当の子?最初の魂が本当で今が嘘?では岡田君の言う通り、仮に今この子の中にある魂は偽りの魂だとしよう。…それが何だっていうの?」
綺麗な柔和な真顔は美しく、そして感情がない無表情で。
「えっ?」
「生きているんだよ。生きたいと願っている。生命体に違いはない」
それは神戸の死神理論だ。
僕は必死で抗った。
だって、例え元はあの母親の子の魂だったとしても、今は何か色々混じって解らないモノなのだろう?最初の子供と違う子を、神戸が妖怪と説した子を、あの母親は今から何年と育てるというの!?
何と説明すればいいのか。
「妖怪がこの世界にいたって別にいいけどっ…」
繋ぐ言葉が見つからなくてそう言うと。
神戸は静かに言った。
「いいじゃない。いるんだよ。岡田君たち人間が存在を許す、許さないという物じゃない。いるんだ。最初から。相手は人間の了承なんて不必要だと思っているのに。たった一点の方向から世界を見てそれが全てだと思っちゃいけない。自分が見えないモノや知らないモノを無意識に上から目線で語ることがどれだけ了見が狭いか知らないといけない。同じ生きたいと願う生命体であり、同じ魂を持つ。現に母親の子として生きると選択をした。何が不満なのか僕にはさっぱり解らない」
きっぱりと言い放った神戸の黒髪は艶やかで、強く、白い肌は輝きすら放ち、僕はこれが死神の采配なのかと。
そんな事あり得るのかと。
何も言えなくなってしまった僕に神戸が笑いかける。
それは綺麗な歯並びで、通った鼻筋も完璧で。
「そんなに心配すること無いよ。世界は不安定でいびつだけど。意思のある愛があるなら何とかなる。母親が我子と思えばそれは親子だし、子が親と認識すればそれは親子だ。大事なのは気持ちだ。母親がこの子を愛し、この子が母親を愛すなら。そんなに可笑しなことにはならないよ」
何で神戸の考えはそんなイージーなのか。
世界は僕の理解の範疇を越えている。
神戸が僕の肩を叩き、再び世界に音が戻ると先輩が言った。
「我々が聞けるお話はここまでみたいですね。又何か思いだされましたらこちらにお電話ください」
テーブルに置かれた名刺を指しながらそう言うと、僕を促す。
「お友達のお仕事の邪魔になるからさっさと帰るぞ」
僕はぐったり疲れていて、黙ってその場を後にしようとしたけど慌てて神戸に声をかけた。
「あの、まだ聞きたいことあるから!又連絡する」
神戸は気安く言った。
「あぁ、ライン頂戴」
僕は北山先輩の運転する車の助手席で神戸にラインを打った。
「北山先輩の額の数字が朝は「65」だったのに今は「1」です。元に戻す方法はありませんか?」と。




