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美死麗軀  作者: 御茶
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登庁すると刑事課の皆が神奈川で起きた親子3人の事件について噂話をしていた。

そこらのTVコメンテーター並の自らの知識と実績で推測する。

「自首してきたのか?」

「恨みの筋か?怨嗟だと死体の状況が気になるな」

「又精神障害か薬じゃないのか?錯乱中でわけわからないじゃないのか」

「計画性ありか?なしか?」

もうこれは職業病だ。

神奈川県警と警視庁は昔から仲が余り良くない。故に合同捜査は無い。

皆自分の仕事とは関係の無い他人事の噂話。

けど僕はその輪から一人外れてデスクで黙々と自分の作業に向かう。

何か一つ。…万が一車の映像を見てしまえば、それが例え偶然の一致でもし僕が見送ったのと同じ軽自動車なら、そして色まで同じならば、僕は自分を責めるだろう。

いや、もう責めているのだ。

交通事故の死と誰か人の手によって殺されて死ぬのと。

どちらが「マシ」なのか。

神戸なら言うだろう「同じ死」だと。

考えちゃだめだ。答えが永遠に確定しない事を考えてもどうにもならない。

デスクで細かく頭を横にブルブルと振るとその頭をガシッと北山先輩に抑えられ、今度は強引に頭を先輩に振り回される。

「どうした。頭シャッフルして。報告書できたのか?」

「あぁぁあ。もう少しですぅぅ~」

驚いて変な調子で答えたら、先輩が笑った。

「お前の報告書は解りやすくていい」

「へぇ?」

先輩に褒められることなんてめったとないので驚いて又変な返答をする。

「何だそのアホ面」

笑った先輩の顔を見上げて今度はぎょっとする。

先輩の額に65と数字が黒々と浮き出ているのだ。

「ろくじゅうご…?」

「何寝ぼけてんだ!終わったら聞き込み行くぞ!さっさと片付けろ!」

「はい!!!」

条件反射で威勢よく返事したものの、ゾッとしていた。

これは?これは??

可笑しなことは必ず神戸がらみだ。

何の数字??先輩は…まさか、65歳で死ぬのか!?!?!?

そう思うと、それが正解のような気がして、神戸と関わったから僕にも神戸の能力が移ったのだと。

しかし周りをぐるりと見渡しても額に数字が出ているのは先輩の顔にだけで。

その先輩の額の65も僕が見つめる中、徐々にうっすらと消えつつある。

あれか?僕に触れた人だからか?触れた時だけ見えるのか??

神戸さん、神戸さん、神戸さん、神戸さん、神戸さん、神戸さん、神戸さん!!どういう事!?

胸にしまっていたスマホを慌てて引っ張り出すと慌て過ぎて手元から滑り落ちそうになる。

だって、北山先輩はハッキリ言って僕にとってはそんなにいい人ではなくて、毎日小言や嫌味は言われるし、教え方下手だと思うし。面倒くさい先輩で。でも、だからって65歳で死ぬのは今の日本の平均寿命から考えてまだまだ早いと思うし。良い処だって沢山ある。犯人逮捕に対する想いは人一倍だし。被害者家族の話を聞いて一緒に泣いたりする涙もろい所もある。僕にはキツイけど仕事に関係ない人にはきっと普通にいい人でもあるのだ。そう思ったら俄然切なくなってきて。

北山先輩に向かって叫ぶ。

「ちょっとトイレ行きますので!!」

叫んでそのままスマホを握って青い顔で部署の外へ飛び出す。

「あいつ…ありゃクダしたな腹。北山パワハラし過ぎじゃねーのか!?」

他の先輩達が北山先輩をからかっている声なんて耳に入らなかった。

スマホを握って心の中で神戸の名を連呼する。

電話が直接かかって来るかと思いきや、ライン通話が入った。

ライン対応かよ!!!

昨日ブランコに乗った神戸に聞いたのだ「これから神戸さんに連絡取りたいと思ったらどうしたらいいの?」と。

神戸はたやすく言った。

「スマホに声をかけてよ。手がすいていたら連絡するから」

確かに念じただけでかかって来たのもビックリだけど死神がやたらと現代機器を使いこなしているのも何か引っかかる。

廊下の隅でスマホを取ると声をひそめながら荒げる。

「もしもし?!神戸さん!?」

「どうしたの?そんな慌てた声だして」

神戸の微笑が耳から伝わってきそうな程柔らかな口調だ。

僕はそれに感化されて少しクールダウンした。

「…人の額に数字が見える。僕に触れた人の。これ寿命って事?!先輩の額に65って…。先輩65歳で死んじゃうの??」

そう聞きながら、泣きそうで。これから先輩の言う事は全部素直に何でも聞こうという気持ちになっていた。

だって、65歳なんて、先輩、定年後には釣り三昧の生活をするのが夢って言っていたのに…。

神戸が穏やかに答える。

「それは寿命じゃない」

「え?」

「それは今から生きる長さ。だからその人は65歳で死ぬんじゃなくて、今から65年生きる」

「え?」

頭がノロノロと計算していた。

先輩は確か…今年35歳…足す65は100歳…。

「長生きだ…」

「どうしたの?」

「滅茶苦茶長生きだ…」

何故か突然疲れた。

神戸が変わらず穏やかに言う。

「岡田君のスマホに僕の番号が表示されているでしょ?又何かあったら気軽に連絡してね。じゃぁね」

「はい…」

優しい神戸の声の余韻を耳に残しつつ僕はデスクに戻ると何とも言えない複雑な気分で書類作業を済ませ、100まで生きる先輩の後について聞き込み捜査の為に外へ出た。




刑事の仕事というのは本当に地味に地味に地味を重ねたような地べたを這いずり回る仕事だ。

防犯カメラに一瞬映った車種を全て特定し、一つ一つ当たっていく。

恐らくこの車は関係ないと思っても、映った以上は確認に行く。

何か見たかもしれない。何かの糸口があるのかもしれないと。

僕と先輩が担当している今の事件は既に迷宮入りの様を呈していた。

スマホの地図を見ながら住宅街を歩いているとトンっと温かい物が僕の足に当たった。

足元を見ると5歳位の可愛いらしい幼女が僕にぶつかってキョトンとした顔で見上げている。

その愛らしい純粋無垢な表情に僕の目尻が思いっきり下がり「どうしたの?」と言いながら周りを見渡すと、彼女の母親であろう人が少し先でママ友らしき赤ん坊を抱いた女性とお喋りに夢中だった。

「お母さんの近くに居なきゃだめだよ」

そう話しかけた時、彼女の小さな額に黒々と数字が浮かび上がっていたのだ。

「0.0」と。

ギョッとした僕。

「0.0」!?

1年、1日すらない?!

どうして?!こんな幼い子が?!

思わずしゃがみ込み、その子を守る様に肩を抱いてぐるぐると周囲を見回す。

車でも突っ込んでくるかと思ったのだ。

だって「0.0」だ!?

しかし、全身で緊張した僕とは違い、世界は穏やかで静かな小春日和の午後の住宅街で。

その幼女は不思議そうに僕を覗き込む。

そのイノセントな瞳。艶々の髪の毛。ぷっくりとしたほほ。大人より高い体温。

全身で可愛らしいその子が、何故「0.0」なのか。

バッと先輩をふり仰ぐ。

先輩は地図検索に夢中でスマホを凝視したままで。

朝先輩の額に出たのが65。単位は「年」。

年単位が普通なのか?子供は違うのか??

だけど、「0.0」って!ゼロ!?僕がバグっているだけなのか!?神戸さん!!!!!

全身全霊での呼びかけ。

もしこの腕の中にある小さな無邪気の塊みたいなこの子が死ぬというのなら、代わってやりたいとすら思うこの感情。

だけど、僕のスマホが鳴る訳でもなく、神戸が目の前に現れるわけでもなく。

何なんだよ!?

都合よく出てきてくれるわけじゃないの!?朝は直ぐに電話くれたじゃん!?神戸さん!!!!神戸さん!神戸さん!!!

頭の中で絶叫。

その時、ふっと、世界が静かな事に気づいた。

「えっ…」

顔を上げると誰も居ない。夢中で喋っていたこの子の親も、そのママ友も。一緒にいた先輩も、飛んでいた鳥すらも。

背筋に冷たい物が走る。

目の前に守るべき小さな子。

僕は僕自身が迷子のような泣きそうな声を出していた。

「神戸さん…」

口に出しても神戸は居ないし現れない。

神戸がいなければこの音の無いずれた世界に来ることなんてないと高をくくっていた。

この子はいつ死んでもおかしくない持病でも持っているのだろうか。

ポコリ、ポコリと、住宅街の壁から、道路から、黒い影が盛り上がってきているのが見える。

僕は震える手でスマホを取り出すとラインから神戸の名前をタップする。

ユラリ、ユラリと黒塊が近づいてくる。

その黒い目を見ないように僕は下を向き、スマホを凝視する。

出て。頼む。神戸さん。

反応しているはずなのに呼び出し音すら鳴らないスマホ。

耳鳴りを感じる締め付ける様な静寂。

その時、その小さな子が上を向いている事に気づいた。

あっと思った時、目の前に黒塊がいて。その目が、幼女を捕えていた。

そう、見つめ合っていたのだ。その子と黒塊が。

「目を…」

外しちゃダメだという前にその子は泣き出した。

「うわぁぁぁあああああああ」

そして当たり前の様に僕を見た。視線を外したのだ。

僕がその子を抱きしめるのと同時だった。ぱっくりと黒塊の腹が大きく割れ、無数の黒の筋が幾千も伸び、僕を無視し、その子だけを包み、僕の腕から引きずり出し、黒の中へと飲み込んだ。

一瞬の事で、息を飲んだその間の出来事で、でも僕はそんなの許せるはずがなくて。

「出せ!」

その黒塊に体当たりした。

ブヨン。

水がいっぱいにはいったゴム風船の様な弾力に僕がはじき飛ぶ。

だけど、だからってやめるわけにはいかない。

「出せよ!!!返せ!!!!子供を!!!!」

言いながらそいつの腹に再度殴りかかる。僕の弱いパンチ。

早く。早くしないとあの子が死んでしまう。

この黒いのに…、悪魔に飲み込まれて子供が…!!

必死だった。

必死で黒塊に向かっては弾かれ、でも向かい、掴めない異形の相手を掴もうとし、飛びつき、殴り噛みつき。でも、子供の形は何処にもなくて。

目の前で消えてしまった子供の姿。

僕の腕の中に居た温かな命、助けられなかったというのか。そんな…。

再度黒塊にぶつかって行こうとした時、肩に手を置かれた。

振り払うように振り返ると神戸が静かに立っていた。

「神戸さん!!!」

正義の味方が登場したかのような僕の期待に満ちた声に神戸は静かに微笑んだ。

「もう、無理だよ」

「えっ…」

「一度飲み込まれたらもう、無理だよ」

「えっ…」

二度同じ言葉を繰り返した神戸。

想定外のセリフに僕の顔が驚きで歪む。

無理とか、そんな簡単に言う?!その綺麗な顔でそんな事言う!?

僕のせいなのに?幼い子を守れなかったのは僕なのに?!警察官なのに!!

神戸は無駄のない動きで右手に持っていた大太刀を構えた。その神々しい気迫。

「待って!!!」

神戸がそれを一たび払えば黒塊は真っ二つになり、黒い霧となり飛散し、居なくなる。

あの幼女が死ぬということじゃないのか?

「やめて!!!」

「何故?」

「小さな子なんだよ!?まだ、小さな!」

神戸が僕の肩をトンっと押すと僕は何故か黒塊から10m程距離を取った場所に立っていて。

神戸は静かに言った。

「飲みこまれた子が幼かったら何?」

「何って!?!?」

価値観が違う相手に何を伝えれば、何を訴えれば心が動いてくれるのか?そもそも心はあるのか?!

「大人や老人じゃないんだ。今から長い人生のある希望ある小さな子供だよ!」

もどかしげに叫んだ僕に神戸は困ったなぁという顔をする。

「大人と老人と小さな子に一体何の違いがあると言うの?皆変わらない、久しく対等な魂だ」

「…」

言葉に詰まり、何も言いかえせなかった。

黒塊に向かい再び走り出そうとする神戸の背中に問う。

「斬ったら、あの子どうなるの?今、現実世界ではどうなっているの?」

「現実世界?あぁ、岡田君の世界は変わってない。ここは時間がないからね。岡田君の世界では1秒も進んでない。斬ったらその子の魂は死ぬ。体は生きているよ」

「どういう…」

「質問が多いな」

独り言のようにそう言うと、神戸はもう走り出していた。

ハヤブサが青空をバックに風の中を舞うように身軽に華麗に飛び、そして大太刀を払う。

4、5体いた黒塊は神戸が横を駆け抜けただけであっという間に黒霧となり、消えてゆく。

最後に残ったのは幼女を飲みこんだ黒塊1体のみ。

神戸は蝶の如く、柔らかくそいつの目の前に立つと撫でる様に刀を横一文字に引いた。その目のみを、潰したのだ。

神戸の大太刀に薄くまとわりつく黒霧は生き物のように蠢く。

「岡田君」

名を呼ばれ、バカみたいに神戸をただ見つめていた僕がよたよたとその傍へ近寄る。

「レッスンワンだ。死体(体)は陰だ。幽霊(魂)は陽だ」

「…うん…」

神戸が目の前の黒塊を刀で指し示す。刀には黒霧が未だ意思を持つ生き物の様にまとわりついている。

「これは…人間の弱さから産まれしモノ…陰と陽とどっち?」

「えっ…えぇ…陰…?」

「不正解。『気持ち』という見えない物から産まれたから陽なんだよ。…本来は形がない」

「はぁ…」

「体と魂が一つになって生命体になる。けど、単体でも存在することはできる」

「何で」

「絶対なんてこの世にないからね」

「…」

「では最初の質問に戻ろう。岡田君の物質の世界でこれは元々見えないモノ。見えないモノに飲み込まれた子供は岡田君の世界でどうなるのか」

「…」

「魂だけ抜かれても生きているよ。体が健康体ならね。でも、じきに死ぬか、別の何かが入るだろう」

「別の何か?」

「…魂と体の定着が甘い存在は、いつ別の何かと入れ替わっても誰も気づかない」

「ちょっと…どういう…」

「この子は因果の流れの中、幼くして悪魔に食べられた。しかし体は生きている。それもまた運命」

その時、するすると黒塊から糸状の黒が流れ出て、それがゆっくりと神戸を包もうとしていた。

神戸が真っ直ぐに僕の目を見つめたまま突然大太刀をふるった。

まるで背中にも目がついているかのような正確な動きだった。

僕の目の前で黒塊はワッと細かな霧となり、最後、跡形もなく消えた。

その黒い霧の中から浮かび上がる様に神戸が仁王立ちする姿は、それでも、死神とは言い難い、慈愛に満ちた表情で。

整った横顔は笑っているようにも泣いているようにも受け取れ、僕にはどこまでも読み取れない表情だった。

「…僕と友達になった事によって、人間の君に変な能力が備わったのは申し訳ないと思っている」

ポツリとそう言った神戸。

「いいよ…。…友達ってお互い迷惑かけるものだから…それを許せるから友達できるんだと思うし…」

おずおずとそう答えた僕に神戸がいつも通りキラキラと星が出てきそうなキラースマイルで笑った。

「一つ言っておくと、人の額に数字が見えたからって、絶対じゃない。日々変わるものなんだ。そんなに気にしなくていいよ」




神戸が僕の肩をポンっと押すと、神戸の姿は消え、世界に音が戻り、当たり前の様に僕の元から幼女が何もなかったように母親の元に走って行く。

この世界ではさっきから1秒もたっていない。

女の子の背中を不安げに見つめる僕。

彼女の中は今、空っぽなのか、それとも誰かが入っているのか…?

一瞬振り返ったその子と目が合った。同時に先輩に肩を叩かれた。

ドキッと心臓が跳ねて振り返って先輩を見ると、先輩の額に「1」と浮かび上がっていたし、幼女の顔は幼女じゃなかった。


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