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美死麗軀  作者: 御茶
1/8

プロローグ

僕は全力疾走で国道沿いにある歩道橋を駆け上がっていた。

インカム無線機から聞こえてくる先輩の声は指示というより怒声であり、僕の気持ちを駆り立て、必要以上に焦らせる。

「岡田!!そっちに行ったぞ!ナイフ所持!!気をつけろ!!」

反対側から階段を駆け上がってくる犯人を食い止められる位置に居るのは自分1人だけ。

歩道橋を登りきった犯人が目の前をのんびり歩いていた老人に罵声を浴びせる。

「どけジジイ!」

その瞬間階段を登り切り、数メートル離れていた僕と犯人はバチッと目が合った。

偶然その日、解りやすい青い警察制服だった僕を見て、一瞬の逡巡、躍り込むように犯人は目の前の老人を羽交い絞めにしたのだ。

何が起きたのか解らず、驚愕の表情で固まった老人をよそに犯人は手に持つジャックナイフを振り回す。

「来るんじゃねぇ!お前ら全員スパイなのは解っているんだ!!」

そう言われても僕は立ち止まる事無く既に走り出していて、そのナイフを振り落とそうと犯人の胸に飛び込んでいたし。

老人を掴む犯人とナイフを叩き落とそうとする僕と、逃げようとする老人と。

もみくちゃだった。

違法薬物を多量摂取している男は突然奇声を上げるし笑いだすし力は強いし、何をするのか皆目見当がつかず、先が見えなくて。

善良なる一般市民のこの老人を傷つけるわけにはいかないし。

しかし犯人の狂気じみた空気に感化されたのか老人が突然「わぁあぁあああ!!」と叫んで彼までも暴れ出したのだ。

本人は加勢するつもりだったのかもしれないけど。

しかし、一瞬ほどかれた腕より自由になった老人は錯乱したのか助けようとしている警官のこの僕を大きく突き飛ばした。

僕の視界はぐるりと反転し、高く青い空が見え、そして階段からまっさかさまに落ちた。


********************************************


告別式で焼香を済ませ、僕と先輩は葬儀場の隅に居た。

目の前の遺影は僕を突き落した時の鬼の形相とは真逆、穏やかな笑顔をたたえている。

立派な盛り籠。山のような供花が幾つも並び、故人の名前が墨で大きく掲げられ盛大な式。

僕が助けようとした老人はあの後、犯人に刺されてあっけなく亡くなった。

犯人は後から来た応援部隊に取り押さえられ逮捕されたが、僕は階段下で脳震盪を起こして格好悪く伸びていたし、どうしようもなかった。

助けられたのに…。

この仕事…やっぱり向いてないのかもしれない…。

いつ亡くなられても可笑しくない年齢だったとはいえ、事件に巻き込まれた突然の死であり、式典の間、皆一様に押し黙り、声を発するものはいない。

憔悴した家族や、意味が解っていない小さな子供。

慣れた様子で座っている老人集団等、それは様々な人が居たのだけど、その中でひっそりと誰とも交わらずに隅に立っていた人間に僕は目が留まった。

尋常じゃない、とても端正な顔をしていたのだ。

同じ男でありながら、綺麗な男だと思わず見惚れてしまったのだ。

皆が一様に黒を纏うその場所で、何故か彼のその黒だけが妙にキラキラしていて。

彼を包む黒と表現される色が、全身、端的に綺麗で、高貴で、吸い込まれるような黒だった。

艶やかな黒髪、澄んだ黒い瞳、漆黒の細身の喪服がやけに艶っぽい。

一瞬若く見え、しかしそうでもないようにも見え、年齢不詳なその妖艶な立ち姿。

蛍光灯で幾ら明るく照らそうと、黒と白の陰気なその場所と、その透明な肌質でキラキラしたオーラ輝かしい彼はアンマッチで。

吸い寄せられるように見つめた僕、ふと目を上げた彼と目が合った。

僕は心中慌てて目をそらし、何もなかった素知らぬ顔をしたが、何故だかとてもドキッとした。

変な奴だと思われたかもしれない。

同性に凝視されるなど。

警官特有の鋭い眼光を感じとられたか。

けど、人垣の中から盗み見る様に再度チラリと視線を送った時にはもうその場に彼は居なかった。

故人とどのような関係者なのか。遠縁のご親戚か何かだろうか。

取り留めも無い事を想像したが、そんな他愛も無い一瞬の出来事は救えなかった命への懺悔と共に日々の仕事に追われ記憶から消えていった。


*****************************


それから一週間もたってない、市内の病院の廊下だった。

毎日、雨後の筍の如く新しい事件が起こり、聞き込みの為病院に来たが、面会は許されず、詳細を先輩刑事が確認している間、手持無沙汰で一人ぐるりと周りを見渡すと、細身の青いスーツを着てそこに彼が立っていた。

瞬時に、あの葬儀場に居た人間だと思った。

一目で解るほど、異質な美しさだった。

病院の廊下は少し独特で、白衣を除けば歩いている大半が病人や看護の身内の人で、それはどこかくたびれた生活臭がする。

小春日和で燦々と日の光が差し込む明るい廊下なのに、どことなく人々は灰色で。

そんな中、その青いスーツは一際目立っていた。

紺碧色の抜けるようなスーツはともすれば派手な色彩なのに、しっくりと彼に似合っていて。

僕は思わず見とれてしまって、立ち止まった。

その場に溶け込まない、ビジネスマンの風貌で壁際に立っていた彼が腕時計に目をやった後流れる様に歩き出したのを見て、何故か僕は彼を追いかけたのだ。

同時に遠くから救急車のサイレンが聞こえてきて周りの人の流れが激しくなる。

病院の裏手は緊急窓口でバタバタとストレッチャーが運ばれる横を彼は避ける事無く堂々とその慌ただしい人々の輪の中へ入って行くのだ。

僕は思わず遠目に立ち止まる。

近づいてはいけない緊迫した空気。

看護師達がわらわらと集まってくる中、誰もキラキラした異質のスーツ姿の彼の近すぎる位置を咎めようとはしない。

なだれ込むように運ばれ、ストレッチャーに乗せられた横たわる人を見て僕は思わず顔を顰めた。

ハッキリとは見えなくてもその人間が血まみれだという事は解ったし、様様な事件や事故現場を何度見ようとも見慣れない、心に溜まる不快感。

なのに彼は堂々とその運ばれていく人間と並行して歩き、その顔をまじまじと覗き込むのだ。

その不躾で不遜な態度に僕は思わずだった。

彼の背後から彼の腕を取ったのだ。

驚いた顔をして立ち止まった彼。

割って入って行った僕を看護師が無言の威嚇で”何をしているのだ”と睨みつける。

跳ね除けられ、ストレッチャーは手術室へと吸い込まれると、扉は閉まった。

嵐のような流れから一転、廊下に二人きりとなっていた。

目を丸くしたまま僕を見つめる彼の視線に耐え切れず、僕はゆっくりとその握りしめた腕を放した。

「すいません…」

謝った僕を彼が驚きの表情のまま凝視する。

ほのかに彼から香るフレグランスはとても上品で、近くで見ればそのスーツの仕立ては、洋服に疎い僕でもとてもいい生地だと解る。

そうとう金持ちなんだなと頭の隅で思った。

「君、僕が見えるの?」

相手の意味不明な言葉に僕は一瞬、固まった。

けど、彼はやや早口で言葉を続ける。

「ちょっと、どうしても一件、仕事を片付けてこないといけないから少しココで待ってくれる??すぐだから」

身振り手振りでここに居る様にとジェスチャーをされると身を翻して彼が駆け出した。

そして真っ直ぐに手術室の扉を開けたのだ。

えっ?!と思った。

だって、彼は除菌も何もされてない体で、スーツ姿で踊る様に飛び込んでいったのだから。

有り得ない。

今頃大手術しているであろう場所に。

つまみ出されるし怒られるどころじゃないぞ。

というか、開くの?手術室の扉ってそんな簡単に外から?開けていいのか??

風貌とは裏腹に、頭が少し可笑しいんだろうか。

だったら関わりたくない。

僕は慌てふためいて、とばっちりを受けないようにその場をこっそり離れようとしたら、入った時と同じように勢いよく彼が手術室から出てきた。

「お待たせ!」

溢れんばかりの笑顔としっとりとした声で。

待って等居ない。それぐらい短い間だった。

「…すいません。…急ぐので失礼します」

頭を下げた僕に彼はウィンクした。

「せっかくなんだから、少し話しようよ」

何がせっかくなのかさっぱりわからない。

益々変な人間だ。

僕が再度断ろうとした時、手術室の扉が開き、執刀医であろう医師や看護師やらが出てきたのだ。

それは皆一様に暗い顔で。

直感だった。

「助からなかったな…」

僕の沈んだ声に彼は明るく答えた。

「そりゃ、迎えに行ってきたからね」

何を言っているのかさっぱりわからない。

僕は相手にしていられないとその場を去ろうとしたら彼が胸から名刺ケースを出し、流れるような動作で僕に向かい名刺を出してきた。

反射的に受け取る。


神戸一かんべはじめ


しかし、問題は名前ではない。

その上に書かれていた、会社名というか役職と言うか、何なのか。

名前の左上には「死神」と書かれていた。

唖然としてその名刺と目の前に立つ美しい男を交互に見る。

悪趣味だと思った。

目の前に居る人は肉々しいというか元気いっぱいの人間であり、輝きすら感じるほど美しく。

その言葉のイメージ、意味する者とは真逆の質感と質量で目の前に立っている。

まごうことなき人間として。

「…すいません…私、急ぎますので…」

僕は速攻相手から目をそらすと彼に背を向けた。

僕が歩き出すと同時に僕の足元を5歳位の女の子が逆方向に可愛らしく走っていった。

そう、彼に向かって走って行った。

親御さんは見えない。一人だ。

背後から彼の声が聞こえた。

「お嬢ちゃん。何処へ行くの?」

何故か嫌な予感がして。

手の中に握られたままの『死神』と書かれた名刺が脳内でフラッシュバックする。

何故、救急の患者が運ばれた時、彼はあの派手なスーツ姿で多くの看護師の中、1人紛れ込んでいっても誰も彼を咎めなかったのか。

何故、あの血まみれの患者を1人、他人であろう彼が覗き込むような行為を誰も止めなかったのか。

何故、彼は緊急手術中の部屋へ堂々と入って行けたのか。

そして、最後、彼が手術室から出て来た後、執刀医たちが肩を落として出てきたのは…。

僕はゆっくりと振り返る。

誰も居ない病院の廊下は急に薄暗く灰色で。

そこに女の子の身長に合わせてしゃがみ込み、話しかけている漆黒の髪の男の唇はやけに紅く、そして強く微笑んでいる。

異様だと思った。

気のせいだとも思った。

だけど、彼がその幼い女の子の手を握ろうとした時、思わず声が出た。

最後に残った、警察官としての良心の呵責の声。

「その子を…どうするんですか…」

神戸と名乗るその男は綺麗に笑った。

「連れて行くよ」

「ダメです」

「どうして?」

「だって、あなた…」

『死神』でしょ?と言いかけて、そのバカバカしい単語が口から出る寸前で飲みこまれた。

何を信じているのだ。

この西暦二千年、民間人の宇宙旅行すらもう直ぐそこの世の中で。

僕はゆっくりと言い直す。

「いや、すいません…。その子…迷子なら親御さんの所へ連れて行かないと」

彼はニッコリ笑った。

「そうだね。迷子まよいごは大いなる神の元へ連れて行ってあげないとね」

そう言うとその子の頭の上へ手の平を掲げた。

一瞬だった。

僕の目の前で、女の子が、吸い込まれるように一気に凝縮された発光する小さな手の平サイズの玉となり、くるくると元気に飛び跳ねる様に回り、彼の周りをとても速い動きで周回すると、ワッとその場がストロボをたいたように強い光に包まれ、そして、消えた。

何が起こったのか解らなくて、文字通り固まって僕は茫然としていた。

目をしばたかせて、周りを改めて見渡して。

そして後ろを振り返る。

無意識に仲間を探していた。

この常識的に不可解な現象を目の当たりにしたら同じ様に口が開くと、それを共感していくれる人を。

今見たのは可笑しいだろ?そうだよな?皆そう思うよな?と言いたくて。

ふり返ったそこにはあれほど混雑し、多くの白衣の医師や看護師たち、診察を待つ人々が忙しなく行きかっていたはずなのに。

誰も居ない。

明るく慌ただしい朝だったはずなのに薄暗く。

そして無音だった。

この目の前で起きた信じられない出来事を僕以外の人が目にしていないのか?

振り返り、彼をもう一度見て、そして振り返る。

リアルに二度見した。

突如、先ほどまで多くの看護師や人々が行き交っていたその廊下が、誰一人居ないのだ。

世界には僕と目の前にいる漆黒の髪を持つスーツ姿が美しい男しかいなかった。

急速に喉が水分を失い、凍てついたように喉がひりつき悪寒が走る。

「あ、あの、あ、あの」

白昼夢とかそういうのを考える余裕も無くて、異質なものに対する恐怖だった。

「何で君は僕が見えるの?もう直ぐ死ぬ…」

そこで目を細める。

「…わけじゃなさそうだね…」

何となく、僕はまだ死ぬ訳ではないという事は解ったが、だからってああよかったとなるわけもなく、彼が一歩僕へ近づこうと踏み出した時、条件反射だった。

逃げろって。

僕は弾かれたように彼に背を向け、走り出した。

外にでたかったのだ。

太陽の陽の光の下に。

この誰も居なくなりガランとした薄気味悪い病院から外へ。

圧迫感すら感じるコンクリートの中から外気に触れたくて。

太陽の下ならばまだ「死神」と名乗る男の力も弱まるのではないかと言う頭の隅のかすかなる希望。

突発的なダッシュに足はもつれそうになりながら、必死だった。

ふり返る事も恐ろしく、ただ前だけ向いて誰もいない空洞化した異様な病院内を全力疾走する。

背後から音もせず、ただ恐怖に追いかけられ、広い正面玄関扉にぶつかる様に走りこんだが、自動ドアが開くのもゆっくりで、それを半ば両手でこじ開ける様に自分の体を挟み、ねじ込むように無理矢理外へでた。

冬の太陽の光は暖かく、外へ出られた解放感で足がやっと停まった。

ぜいぜいと荒い息を吐き、そこでやっと振り返った。

その時の恐怖を何と言えばいいのだろう。

彼がゆっくりと真っ直ぐに僕へ向かい歩いていた。

慌てる事もなく、走る事もなく、でも真っ直ぐ僕に向かっていた。

病院の正面玄関の自動ドアはゆっくりと開き、そして彼が歩いて出てきた。

その歩き姿すら格好良くて、もう、逃げる気力は残っていなかった。

車まで走り、乗るのすら怖かった。

世界が静かすぎたから。

逃げて車に乗って、どこまでも誰も居ない街を見るのが怖かった。

しかし、冬の光とはいえ、燦々と降り注ぐ太陽の陽の下で、彼は本当に輝いていて。

「死神」の名前なんて似合わない位綺麗で。

「逃げないでよ」

「…」

「君は僕が見える。そして会話もできる」

「…それが何だって言うんですか…」

ガシっと強く両肩を掴まれ、抵抗もできず体を強張らせる。

「触れることもできる…」

「…」

僕は目を見開くことしかできなかったし、次に何が起こるのかなんて予測もできなかった。

けれど、神戸と名乗る死神は僕の肩を掴んだまま言ったのだ。

「友達になってくれる?」

「…は?」

「僕と友達になってくれる?」

それが思いもよらない何とも生ぬるい単語だったため、目を見開いたまま僕はゆっくりと頷くしかできなかった。


その日、僕は「死神」と友達になった。


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