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召しませ、久賀嬢の晩御飯  作者: 飛島 明
召しませ、久賀嬢の晩御飯
9/48

お引越しして管理人にご挨拶

 トラックが到着した。

2階の空き部屋に、新たな入居者が入居してくることになっていた。

 今日、引っ越ししてくると管理会社から予め聞いていたので、門扉の鍵はあけてある。

引っ越ししてくる人間が、これから挨拶に来るだろう。



コンコン。

扉がノックされる音が聞こえた。

(来たか)

「はーい」

「今日から2階でお世話になります、久賀と申しますっ」

(既視感)

いや。

既聴感デジャブ?)

デジャヴじゃない。数か月前に似たような、気張った挨拶を聞いた覚えがある。


ガチャリ。

「!」

息が飲む音が聞こえた。

「ようこそ。このアパートの管理人の植野です。よろしく」

にや、と笑って見せた。

「……どうして……っ」

 檀にしちゃ、そんなか細い声が聞こえてきたが。

にっこり。

「どうしてだろうな」

良はにこやかに微笑んで見せた。


「檀ちゃん。お知り合い?」

 おっとりした女性の声がする。

隣を見ると、檀とはまた違ったタイプの美人が佇んでいた。


「……お知り合いって言うか」

 この現実をどう受け止めていいのかわからない檀の声に被せるように、良は美人に声をかけた。

「貴女は。久賀さんのお姉様ですね?」

 良がそつなく女性に話を振ると、女性も深々とお辞儀をした。

「はい。この度、こちらで妹ともどもお世話になります、久賀 歩と申します」

「檀さんの同僚でもあり、ここの管理人でもある、植野 良です」


 互いに挨拶を交わした。

先頃亡くなった檀の実父で彼女の継父に当たる、通称”殿さま”から。

 聞いた限りでは随分心無い仕打ちを受けていたようであるが、彼女生来の気質は歪められはしなかったようだ。


「そうでしたか。それは心強いです。ね、檀ちゃん」

 良ににっこりと笑いかけ、安心したように檀に微笑みかける姉の態度に、男のなけなしの小さな良心がチクン、と痛んだ。


(すみません、お義姉さん。俺は貴女の妹の狼になりたくて、このアパートに潜り込んだんです)

という目論見迄はばれていなくても。


 この場所に良がいること自体、檀にかなり胡散臭く思われていることは、その眼差しで明かっだった。素知らぬフリをして、2階の鍵を持って、二人を誘導する。


「このアパートは大叔母が管理していたんですが、足腰弱くなって親戚に引き取られましてね。”女性専用のアパートだけど、この処物騒だから男が管理人の方がいいだろう”て事で、遠縁の僕に白羽の矢が当たったんですよ」


 元々大家族の住処であったようなこの家は、家族が巣立つにつれて、近くの大学の下宿部屋へと形態を変えた。

 その後、大家の女性が老齢の為、下宿人の賄いを拵えるのが難しくなったことを機に廃業して、賃貸のアパートへと改築したものだ。


1階には大家部分(良の住まい)の居間兼台所と寝室、それに風呂場とトイレと、あと二戸住人が住んでおり、そこにもそれぞれ簡易台所とユニットバスを設けている。

 2階には、家族向きの賃貸となっており、台所と2部屋、そしてトイレと浴室がついている。


 現在はたまたまであるが、1階の住人は水商売をしている女性と売れないミュージシャンで日夜バイトに勤しんでいる女性、と偶然にも”女性専用”のアパートとなっている。


 塀に囲まれて門もついており、門扉には住人しか持たせていない鍵を取りつけてあるし、フェイクの防犯カメラも設置してあるから、それなりに管理はしっかりしていた。

 大家の女性は暫くはそのまま管理人部屋で住んで居たが、寄る年波には勝てず、老人ホームに行くことになっていた。


……という情報は。





◇□◇◇□◇◇□◇◇□◇





『なに、檀。ウチの会社に入んの?』

 まさか、と思っていた。

(檀を実家から遠ざける要因になった殿さまは、文字通り”天上人”となったし。家督を仮に預かっているにーちゃんにしろ、檀が傍にいた方がご威光が通りやすいだろう)


 家族大好きっ子の檀の事だ、兄の補佐に帰郷するのではないかと半ば考えて居て、”どうやって敵が蠢く本拠地迄乗り込んで、姫君を掻っ攫ってこようか”と真剣に考えていた処に、嬉しいニュースだった。



『ハイ、不束乍ら、今後ともよろしくお願い致します』

最敬礼した後に、にっこりとキラースマイル。


(その挨拶は初夜の床入り迄取っておいてくれ)

良はあらぬ妄想にふけらぬよう、あらんかぎりの理性を総動員しなければならなかった。



 そんな貴重な情報を手にした良が、嬉しさを噛みしめるだけで終わる訳にはいかない。

檀からのカミングアウトを聴くやいなや、男は行動を起こした。

 そして良は、自分や三ツ谷のいる編集部にそのまま配属される事が発令されるのをいち早くキャッチした途端、密かにガッツポーズをした。


 更には様々なコネクションを駆使し、(実際は人事部にいるダチに、奴のお目当てのがいる部署との合コンをセッティングしてやった等価交換として)、檀の住所を入手した挙句。

このアパートに入居したい、とバアさんに直談判した時に得たものである。



(手出しは出来ないけれど、それくらいはしたって許されるだろう)



『許されないよ、良』

 三ツ谷は笑って言ったが、その双眸は笑ってはいなかった。

良の転居届と、檀の入社書類を見比べて、はた、と気づいた彼は部下をちょいちょい、と誰もいない会議室に連れ込むや否や、尋問を開始したのである。


『別に誰にも許されようと思ってません』

 良は平然と答えた。

勿論、檀には。

(晴れて両想いになれたら土下座でも何でもして、許して貰おう)

とは思っていた。


 三ツ谷さんは笑顔を張り付けることを止め、俺をじろりと睨んだ。

真剣ほんきなんだな』

『はい』


 暫く頭の中で色々なことを計算しまくっていたのだろう、やがて三ツ谷さんはふうとため息をついた。


『檀ちゃんにバレたら、事だからな。くれぐれも慎重にしてくれよ』

『約束します。アイツを泣かせるような真似は絶対しません』


 不承不承、三ツ谷は頷いた。

それは退室していい、というサインだった。

良が軽く頭をさげて退室しかけると、背中から更なる警告が追いついてきた。

『覚えとけ。檀ちゃんを傷つけたら、俺がお前に後悔させてやる』


(爺やのいる処で誰が手を出すか)



◇□◇◇□◇◇□◇◇□◇



……我ながらストーカーじみているとは良も思っていた。

しかし。

(チャンスとは自分で掴むものだ)

良はこれ迄ずっとそうしてきたし、これからもそうするつもりだった。

 特に、こんなとっぽくて天然で鈍感な奴に惚れた日には。

他のがいちゅうなんざ、こいつがその男に惚れない限りは近づけさせるつもりは毛頭ない。


 良はにこやかに二人にのたまった。


「先月からここの管理人になったんですが、申し込み書を見て驚きました。

まさか檀さんやお姉さんが入居されるとは思ってもみなくて。

俺が居ない時に、確かお姉さんが管理会社立ち合いで下見されたんですよね」


 作為的ではない、と暗にアピールしてみる。


「ええ。決める際に一度、管理会社の方に中を見させて頂きました」

 おっとりと歩さんが言って、先に入る。続けて入ろうとして、俺の方を見ずに檀が独り言のように言った。

「偶然なんて信じませんよ」

(おっと。この激烈鈍感娘が気づいたのか?)

可笑しくもあり、面はゆくもあった。

(俺はこいつに悟られる程、赤裸々なモーションかけてたっけ)


「大方ウチの会社で働いている、久賀の縁者から”私を見張るように”てお目付け役を仰せつかったんでしょう」

ぼそ、と檀が呟いた。


(そっちか!)

一見正解、実は全く見当違いの檀の答えを聞いて嬉しくなった。

さんもいることだしな。そう思われるのは無理ないか)


 が、勘違いは好都合。

こっちは長期戦で落とすつもりでいるのだ。暫くは勘付かれるつもりはないし。

(お前ごときに気取られるようなヘマはしないよ)

なので檀のじと目に見ないふりをし、ぶすっくれた呟き聞こえないふりをして。


「どうぞ」

2階の玄関を開けて、二人を室内に招き入れた。



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