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召しませ、久賀嬢の晩御飯  作者: 飛島 明
召しませ、久賀嬢の晩御飯
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東京ステーションホテルでお茶を

 彼女まゆみが語り終えた、30分後。

檀を、良の顔が聞く知り合いの古着ショップに連れて行き、格安で貸してくれる手はずを整えた。

 そして、彼女の髪型を整えてお嬢さまメイクをさせるべく、これまた格安で仕上げてくれそうな馴染みがいる美容院に連絡しようとしたら、ショップのマダムというか、ママに止められた。




「ううん良ちゃんたらぁ、水臭いことしないのっ。アタシ、こう見えても昔は売れっ子スタイリストだったのよ!他ならぬ良ちゃんの為ですもの、メイクとヘアカットもやってあげるわよぅ」

「マジ?助かる!サンキュ、虎雄ママ!」

 良が感謝を表すと、ぶぅ、とママは膨れて見せた。

「やあねえ、良ちゃんたらぁ!”エリカて呼んで”、ていつもお願いしてるじゃないのぉー」


(どう見ても虎雄そのものだろうが)と思いつつ、気のいいオカマ、エリカママに檀を任せるのだから、良は大人しく言いなりになっておくことにする。



--とうの檀はといえば。

 プロレスラーのような体躯に、全身を覆う剛毛。

そしてレインボーのカーリーヘアと厚化粧。

ボンデージの下は黒いシースルーのブラウスと網タイツにニーハイのハイヒールブーツ。

……という恰好の虎雄ママ、もといエリカママという、ハードゲイというか、オカマというか。SMの女王様なんだかドラァグクイーンだかを初めて見た衝撃からか、目を見開き、硬直している。



 エリカママはしげしげと檀を見。やがてわが意を得たり、と力強く頷いた。

「こういうダサい変身メタモルフォーゼさせるのって楽しいわよね!ううう、燃えてきたわあ♪」


 目を爛々と輝かせたママに怯えている檀を、良は見守っていた。

助けを求めるような彼女を、良はにっこりと笑って押し出した。

「さ。お嬢に戻ってこいよ」


 やがてカーテンの向こうに二人が消え。


「ふぎゃっ」

(猫?)

「往生際が悪いわねっ、観念なさい!大体女のくせに、ここまで放置しておくなんて犯罪よ!アンタ、アタシ達オカマが美しく在り続ける為に、日々どれだけの努力を払っているか、わかってるの?!女に生まれて来ただけで、女になれるとか思ってるんでしょう!思いあがりもいい処よッ」

ママの怒号に。

「思いあがってなんか……」

 弱々しいけれど、抵抗を試みる檀の声。

「それに何よ生意気に、この伊達眼鏡っ!今ドキの眼鏡っ娘気取りって訳ッ!アンタ中途半端なのよ、流行を取り入れるなら、きっちりとやりなさいよ!」

吠えるエリカママに。

「伊達じゃありません、れっきとしたPC眼鏡でっ」

檀の、なんとかわかって貰おうとする、必死の抗議。

そして。

「お黙りッ!」

ママの一喝が聞こえてきて、暫し。



「じゃーん!」

ママが騒々しい声を上げ、カーテンをじゃ、と開けた。

「良ちゃん、どーお?」

「うん?」

 良は眼にしていたファッション雑誌を読みながら、気のない返事をし。眼を上げて見て、固まった。


(お嬢……っ!)

こいつは本物モノホンだ。



 目の前には、深窓のお嬢さま、としか表現の出来ない女が立っていた。

真っ黒な髪は相変わらずだが、レイヤーが入れてあり、髪が爽やかな感じにボリュームダウンしている。


 ナチュラルメイクも不要なのではないかと思える、生来の肌の肌理の細やかさと張り。

 眉を整え、パウダーをはたいて、薄い色のリップを乗せただけで美人、としか思えない花のかんばせがそこにあった。



 ツイードのジャケットにビロードのスカート。

レース付きのブラウスに、アンティークのパールのイヤリングとネックレス。

そして何よりも。

(立ち居振る舞いが)

美しかった。


 す、と天井から吊るされているような、まっすぐの背筋。

軽く前で重ねられた両手。

斜めに一歩ひいた右足。


そして。

含羞を帯びた眼差しと紅潮した頬。

困ったように開かれた唇。



 恐らくは。

(これが本来のかのじょなんだろう)

 生まれた時から躾けられ、上っ面ではなく付け焼刃でもない、第二の天性と化した立ち居振る舞いがそこにはあった。

(ああ、”所作”て言うんだよな)

確かに、普段から彼女の所作が美しいとは思っていたのだ。




 パソコンを打ち込む時の、真っ直ぐな姿勢。

とろいが電話応対をした時の、謙譲語だの尊敬語だのの完璧な使い分けと、渡してくるメモの字面の美しさ。

箸を使う時の手の動き。

湯のみを持つ仕草。

エレベータの”開”ボタンを押して人の出入りを待つ、佇まい。


 じい、とそれらを見つめていたことは自覚してはいた。

作りものは散々見てきて、食傷気味だった。檀には贋物ではない、真実ほんものがあった。



(やべぇっ)

 無性に焦ってきた。

がんがんがん。

血流が蟀谷こめかみに流れる音が急に聞こえてきた気がする。頬が赤くなったのを誤魔化すかのように顔に手をあて、視線を逸らした。


エリカママも。

「ね?こういう子は化けると怖いのよ!」

スタイリストとして鼻高々だった。


「……そう、だな」

 良の気のない返事に膨れたママは、じろ、と男を睨んできて。ついで呆けた俺の表情に思う処があったのだろう。檀が手洗いをしに場を外した途端、ママにぎゅう、と思いっ切り尻をつねられた。

「ってぇ!」


「ちょっとぉ、あの、良ちゃんの何なのよ?貴方、ファッション誌時代、散々モデルを食い散らかしておいて、本命はああいうお嬢な子、て訳ぇ~?」

「誤解だっ誰も食い散らかしてなんかないっ」


虎雄ママは良の抗議なぞ、訊く耳持たなかった。


「えーえ、そうでしょうよ。お行儀よく召しあがっただけよね!ぷんだ。何よ、アタシには手も出さなかった癖にさ!……結局はああいう子に最後持ってかれるんだよなッ!ったく、男ってのはよ!」


 最後の方の台詞は野太い声そのものだった。



「……そういう訳じゃない」

 そういう訳ではなかったが。

良も、自分がこういう、お嬢、というよりは天然素材に弱い男なのだと初めて知って、確かに放心状態だったかもしれない。


--いや。

 思えば初めて会った時に、確かに衝撃を受けたのだ。

(だけど、それは)

 あまりのイモさ加減のせいなのだと思っていた。

ただ、どうしてそんな衝撃を受けたのかを知りたくて、彼女を見つめ続けて、散々いじりまくっていた自覚はあった。

 誰かが、檀をいじると(コイツは俺のモン!)と変な所有欲を感じてはいた。

(さっき思った言葉が、ブーメランのように還ってきて自分に突き刺さってくるとはな)



”天然、とか素朴、とか。そんな素材が好きな男だったら”。

(それは自分オレのことだったのか)

 茫然としている良のことはひとまず放っておき、エリカママは戻ってきた檀を、散々焚きつけたのだった。



「あらやだ、檀ちゃん、見て見て!良ちゃんたら、貴女のこと見惚れてるわ♪いいわねー美男美女!妬けるわあー。貴方達、とぉーってもお似合いよぅ、お・シ・ア・ワ・セ・に!」


 ぴぎゃっ!

みたいな、猫が尻尾を踏まれたような反応を、檀はしてみせた。

……それが、良のことそんなに風に思ったことありません、というように見えて、男は少しだけムカついた。


 そんな二人を、エリカママがニヤニヤと見守っていた。


「ああ!良ちゃん、がっつくのはいいけど、避妊タシナミを忘れちゃダメよ!檀ちゃんも、イヤならちゃんと断りなさいねっ!」

 散々好きなことを言われて、ばん、と背中を押し出され。二人共ギクシャクしたまま、ママのショップを後にした。


(虎雄のあほんだら!)

 良は密かにママに向かって毒づいていた。却って意識してしまったではないか。

二人意識させる為、わざとママは揶揄ってきた訳だが。良は、まんまと奴の目論見にはまってしまった。


(そんなこと出来るもんか)

良は心の中で毒づいた。

(俺に、こんな天然100%を、どうしろって言うんだよ。俺が出来るのは、ただ、餓えた狼どもの視線からコイツを、護ることだけだっつーのに!)


 良は、仮初の宿で姫の護衛を仰せつかる爺やが三ツ谷ならば。

自分が、姫君を殿さまの許に送り届ける為に雇われ、悪漢どもから彼女を護衛する役目も仰せつかった浪人のような気分になってきていた。







(さてと。名残惜しいが殿さまの許に送り届けるとするか)


 自分の中でも、名前を付けられない複雑な衝動を押し殺し。

こんな繁華街のど真ん中で、免疫のない羊を放置しておくことも出来ず、仕方なし殿さまとの待ち合わせ場所まで彼女を送っていくことにして、その場所を確認した処。

「東京ステーションホテル?!また高価たっかい処で待ち合わせすることにしたもんだな!」

「最後迄”高級嗜好の我儘お嬢様”を通しませんと」


”お嬢さま”檀は、澄まして言ってのけた。


「それに父がね、そのままそこのホテルに泊まるものですから。父が高齢なもので、なるべく移動時間を短くしようという目的もありまして」

 親孝行な”お嬢さま”である部分ものぞかせて。


「”高慢お嬢さま”としては、ちちの宿泊先、帝国にしようかな、いやいや我儘ミーハーお嬢なら、ここはマンダリンでしょ、とかも思ったんですが。あともう一つ」


くすり、と笑う檀の笑顔に良は釘付けになり、そして。


「”高級女子学生会館はね、親族といえど男子入館を禁止してる”んですよ」

 拵えた設定を、まるで悪戯を告白するかのように、眼をキラキラとさせて披露してくる檀のことを、良は、最早”可愛い”としか思えなくなっていた。





 父親の乗った列車の到着にはまだ間があるというので、せっかくだからホテル内の高価たっか高価たっかいティールームで、その風情にぴったりと合うお嬢さまとお茶を堪能することにした。



 が。

待てど暮らせど、殿さまは来ない。


 心配になってきた檀はまず母の携帯へ、ついで兄の携帯へかけたが、二人とも出ないに及んで、とうとう実家に連絡してみると。

 おろおろしたお手伝いさんから、父親が東京に向かう列車に乗る直前、突如倒れて病院に運ばれたことを知らされた。


 檀の母と兄と弟以下、番頭も付き添って病院に行っており、その後番頭から入ってきた連絡によると、父親はくも膜下出血を起こしたらしいとの報告だった。


 年が歳だけに、続々と縁者も病院に詰めかけているらしく、番頭は病院で縁者達の対応中。

そして宅内にはお手伝いさん達だけで、彼女達もひっきりなしの問い合わせや訪問への対応に大わらわで。

 母と兄の二人から、檀宛に連絡しておくよう指示されていたらしいのだが失念していて、これから連絡する処だったと言う。

「!」

檀は青褪めた。



 良が見守っていると、は、と我に返った様子で檀はお手伝いさん達と、ようやく連絡のついた番頭にあれこれ指示を出し、今度は姉に連絡した。そして思い出したかのように、良に無礼を詫びて実家へ戻っていった。





 治療の甲斐も空しく、集中治療室で色々な管に繋がれたまま、檀の父緒は数日後、還らぬ人となった。


 すったもんだの末、檀の目論見通り、弟が成人するまでは兄が家督を預かることになったという家族会議結果を携えて2週間後、彼女は帰ってきた。

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