義賊・檀、見参!
『兄や姉にも、父に影響されないような暮らしをさせてあげたいと思ってました』
(さもありなん)
そんな差別をされていたら、一刻も義父の軛の許から逃げ出したいと思うのが当然だろう。
『それで、今更に親父に着服がばれないようにカモフラージュしたいってか』
思わず呟いた言葉に、檀はやはり真面目に頷いた。
『ハイ』
(だから今時のお嬢っぽくなかったのか)
話を聞いて、彼女の異常なほどのつましい生活ぶりの理由がよくわかった。
仕事柄、セレブ妻に資産家の令嬢はよく見て居た。”セレブなお嬢さま”という触れ込みの読者モデルを使ったことも少なくはない。
大抵は金に飽かせて、躰を磨き、派手・地味関わらず贅沢な身なりをしている人間が多かった。
また、”隣の芝生は青い”という例え通り、そういう手の届かない豪奢さを読者が好んでいるのも事実で。
良たちスタッフも、あえてそういうモデルばかりを集めていたきらいはある。
『檀が親父の金を着服していたのはわかった。それで、お兄さんはどうしてたんだ?』
”久賀”、が”檀”、になったのを彼女は気付いていなかった。
良は勿論気が付いていた。意図的にそうしたのだ。話を聞いているうちに、彼は彼女のことをかなり気に入っていた。
良の問いに、檀は沈んだ顔になった。
『物心ついた時には、兄は既に成人してまして』
(そりゃ、そうだな)
檀と彼女の兄とは16、7歳の年齢差がある筈だ。
『にーちゃんはそんな劣悪な環境で、家を出ようと思わなかったのか』
『それがよくわからないんです。私達姉妹は兄が大好きだったので、家に居てくれて嬉しかったですけど』
良は気になっていた処だったので、檀の話を遮った。
『そこだ』
『え?』
『話を腰を折って済まないが、お前ら、兄姉妹間の軋轢はなかったのか』
『それはもう』
(やっぱり、あったよな)
『我が家のような家庭環境で、軋轢が無い方が不思議です。兄や姉が、私を苛めたくなっても当然でしょう。だけど兄も姉も私を可愛がってくれましたし、姉妹喧嘩が始まると、兄が公正に割って入ってくれました。私も姉も兄を味方につけたくて、躍起になってお互いに兄に言いつけに行ったものです』
檀が懐かしそうに言った。
『出来たにーちゃんとねーちゃんだったんだな』
『はい』
檀は、兄と姉を褒められて心底嬉しそうになり。
また表情を改めた。
『兄は、何か父に脅されてて、家を飛び出そうにも出ることが叶わなかったのかも。……もしかすると、兄が実家に迎え入れられた14歳からの生活費を還せ、と言われていたのかもしれません』
『殿さまの性格からすると、有り得そうだな』
”殿さま”って?と不思議そうな顔をした檀に軽く手を振り、その先の話を促した。
『父が母を脅してたことを知ってから、番頭さんに確認したんです』
世間体があったのと久賀家の弁護士が目を光らせていたので、久賀家としての最低限の教育と衣食住を兄に与えていたようだった。檀が生まれるまでは”将来の跡取り”という名目で父の秘書をしていたのだと。
”ご当主付きの書生さんもいたな”。 良は三ツ谷の言葉を想い出した。
(もしかして、コイツの兄貴のことだったのか)
『……体のいい”御礼奉公”じゃないか』
良は苦々しいモノが口腔内に拡がるのを感じた。
そもそも、檀の兄が、父親からの生活費を借金と感じる方が間違っているのに。親が子を扶養するのは義務の一つに過ぎないのに。
檀は昂然と良を見つめた。
『その時に私、思ったんです。”何が何でも兄に家を継いで貰おう”って』
当時はまだ、美津久は生れていなかった。
そうなると。
『弟がまだ生まれて居なかったので、父が亡くなった時には、久賀の実権は私が握ることになっていました。久賀家の縁者達は、総領の意思に絶対に従います。ならば総領になった私が、兄を久賀家次期総領に指名すれば、縁者達は是非を言わないだろう、と』
そのうち、美津久が生まれてきて檀が総領になる事はなくなったが。
なんといっても3年前に生まれた美津久は幼すぎる。
そして父は、おそらく家族の誰よりも早く、いずれ死ぬ。
ならば弟の後見は必要だった。
『勿論、兄が家に愛想を尽かしていたなら、彼が家を出ることを決断したとしても応援したでしょう。
だけど兄は如何なる理由からか、家を出て行く気配がない。それならば、ミッチーが成人する迄でも。兄に”後見”という名目であっても、久賀家の当主として日の目を見て貰おうと』
美津久が成人してから、兄に身の振り方について、改めて考えて貰えばいいと。
勿論、弟だって久賀の家を継がなくたって構わないのだ。
久賀家を廃することを決定したとなれば、番頭さんやお手伝いさんの身の振り方を処さねばならないし、縁者達に久賀家解体を告知せねばならないだろう。
政財界で久賀の庇護を受けている人間にも大打撃だから、猛反対されるに違いない。
が、結局は縁者達は総領の意に従うことだろう。
最終的には、法律上、少しは母や兄、そして姉や弟に多少は財産を振り分けられる筈だ。
『嫌な言い方ですが、久賀家の仮にも当主だった人間でしたら、政財界でも受け入れられる筈だし。兄が、しがらみとは無縁で生きたいのであれば。ミッチーが成人するまで財布を預かって貰えば、彼の私有財産が相応に殖えているだろうから、と』
(コイツはそこまで考えたのか。)
良は素直に感嘆していた。
20歳そこそこで、彼女は立派に旧家の総領の気構えが出来ていた。
(そこら辺だけは、殿さまを褒めてやる)
父親からの独善的な可愛いがられ方をもってすれば、檀こそが第二の殿さまとして兄や姉を苛めるような性格に育っても不思議はなかったのに。
彼女は幼い身の上で、なんとか兄や姉の身を立てようと奔走してきたのだ。
『遅すぎたきらいはあるものの、兄に好きなことを勉強して貰いたいと思いました。そうしたら兄は”弁護士か会計士になりたかった”と言ってたことがあったんです。それで』
話の筋が見えてきて、良はにや、と笑った。
『”義賊・檀、再び登場”か』
『はい?』
『なんでもない。で、お前は殿さまに、今度はなんて言ったんだ』
『”非嫡出子とはいえ、兄・輝久に実績がない、と世間に陰口を叩かれますのは、わたくしも美津久も、恥ずかしい思いを致します。将来わたくしは嫁に出て、外から久賀を盛り立てる立場でございますし、今後は兄が美津久の番頭として久賀家を仕切るのでしたら、それ相応の知識と箔が必要です”て。そう言ったら一発でしたよ!』
父が兄を扶養するのは当然のことですから、と得意満面そうに言ったのには笑った。
良も笑って、”グッショブ!”とばかりに檀に親指を立てた。
『で?ミッチーって?』
『美津久。私の弟です』
檀は良に説明しながら。
(ミッチーは父の子じゃないかもしれない。……もしかしたら私も。それでもミッチーは”私の弟”であることに変わりはない)
姉も看護学校を卒業して、助産師として働き始めている。
そして自分もようやく卒業を目前に控え、自分の手で金を稼ぐことが出来るようになる。そうしたら父をもう、騙す必要はなくなるのだ。
『あとちょっとなんです。私が卒業する迄、父にばれる訳にはいかないんです』
そして父親が上京してきて、娘と食事をするのだと言われれば。協力してやりたくなるのが人情というものだろう。




