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召しませ、久賀嬢の晩御飯  作者: 飛島 明
召しませ、一緒に朝御飯
42/48

あの娘を捕まえに

砂はきます・・・

『非常に不本意ながら、アイツを暫くお前に預けることにした』

 別れ際、男は良にそう宣言してきた。

言葉とは裏腹に、憮然とした表情の中で男の黒い双眸の中に愉快そうな光が踊っていた。

そして満足そうに続けた。

『何もお前を買うのにアイツを支払う必要はないが、買い物より高いものを支払うんだ。お前を一生こき使える』


ぶす、と良は答えた。

『檀を餌にされなくても、単にアンタの事業が気に入ったから手伝ってやるだけだ。

こちとら、アンタに買われたつもりもないし、ましてや、こき使われるつもりも毛頭ない。気に食わないことがあったら、とっとと辞めてやる。

それに”暫く預ける”だ?ふざけるのもいい加減にしろ。

檀はアンタからの預かり物じゃない、元々俺のものだ。そして未来永劫、俺達はお互いのものだ』


 その答えを訊いて、じ、と良を睨み据えた輝久の眼は、笑っていなかった。

『いいか、若僧。アイツをお前に”預けてやる”のは、あくまでも”暫く”の間、だ。例えそれが、お前とアイツ、どちらかが死ぬ迄の間だったとしてもな。

よく覚えておけ。

俺はあいつが死ぬ迄面倒見る気だった。それをお前が途中から掻っ攫うんだ。

不幸にでもしようものなら、奪い返す。二度とお前の眼には触れさせない』


(負け惜しみの強い親父だ)


『生憎だな。俺から檀を引き離すチャンスなんぞ、誰がアンタに与えるか。

俺はアンタよりアイツをよっぽど大事に思ってるんだ、泣かす筈ないだろう』

そう素直に吐き出せば、この場で

『分を弁えろよ、この若僧が!俺の方が、お前の100倍檀を大事に思ってる!』

『は?アンタ莫迦?俺の方がアンタの1000倍も檀を好きに決まってるでしょうが!』

という不毛な競り合いが始まりそうだったので、口に出しては。

『不幸になんぞ、しませんよ』

と、良は肩を竦めて見せるに留めた。

(する訳がない!)


 しかし、男はまた、にやりと笑って。

『お前が何時頃から俺の事業に参加できるか。そっちの会社に確認しておく。

ああ、暫くは兼業でもいいぞ』


     *


 大通りから一本入った処にトレーラーが停まっていた。

がこぉんと、後部の扉が開くと、レールが2本あり、バイクを固定出来るつくりになっていた。そしてスタッフが良からバイクを引き取ろうと近づいてきた。

良はバイクから降りると、愛おしげにタンクを撫でて別れを告げた。

「またな。お前は最高にいい相棒だった」


 そして、2台を納めるとトレーラーは走り出し。

何時の間にかスーツ姿に着替え終わった男を、黒塗りの乗用車が迎えに来た。

そして良が見送るなか、車は去っていった。



 車が去った後も暫く佇み。

(思ったよりも、目の上のたん瘤だと思っていたヤローとのツーリングは楽しかったな)

正直、五里霧中であった未来に薄日が差し込んで来た気もする。

(マーリィ)

アフリカの女性を思い浮かべた。

(俺は日本ここで君みたいな女性を助けることにするよ)


くるり、と踵を返した。

檀の待つ、二人が住んでいる家へ。

(さて)

良は肩をぐるぐる回して玄関に向かった。

(殿さまのお墨付きは貰ったし。肝心のお姫様をどうやって口説くかなー)


 もう限界だった。

檀の兄の後押しもあったし、何より昨日からの檀の表情にあてられっぱなしで、どれだけ抑制を強いられていたか。

 これまでも幾度となく『抱きしめたい』と思ってきた。

あまりに強く考えていたせいで、触れた途端抱き潰してしまうのではないかと思い、拳を握り込んで何度耐えたことだろう。

 その都度、

『抱きしめるな。彼女の気持ちが俺に向く迄待つんだ、我慢しろ』

と己に言い聞かせてきた。制止するのも何度目か、もうわからない。

(誰が泣かすか)

と思う反面、彼女を歓びで泣かせてみたい。


(アイツが俺に惚れていることはわかっている)

眼も表情も仕草も。

あんなにあからさまに意思表示をしておいて、自分に、そして周囲にばれてない、と思っているのだろうか。

虫も殺さぬ無邪気な顔の中に真意を隠し通している彼女が、良のことに関してだけ腹芸の出来ないという事実を光栄に思う。

(アイツが先に意思表示をするのを待っていたが、もう、いいだろう。

アイツは十分に俺に彼女じぶんの気持ちを伝えてくれている)



 レーシングスーツをハンガーにかけ、埃をざっと払い、風を通しておく。

ふと時計を見たら、そろそろ夕ご飯の時間だ。檀宅に行く為、服を取り出して着替えようとした。ふと己を見遣ると汗臭いし、埃と排ガスを存分に浴びている事を思い出した。

(とりあえず、シャワーを浴びるか。)

良はそう思った。


ザアザア。

熱いシャワーが、ぱんぱんに張った筋肉を刺激して心地よい。

くす。

知らず良の唇に笑みが浮かぶ。

「あの野郎、ガンガンに攻めやがって」

あまりに面白くて最後の方は抜きつ抜かれつのデッドヒートをしてしまった。


 ”走りには、そいつの性質が余すことなく顕れる”。

あの男はきっとそういう持論を持っているのだ。

永い間、矯めていた性格を暴露されもしたし、奴のお茶目で悪戯っ子の部分を虫干ししてやった感も半端ない。


『今度はもう一人の義弟も呼び出して酒盛りをするからな』

別れ際、胸を拳でどん、と突かれた。


「まったく」

 久賀三兄姉妹は揃いも揃って罪作りだ。

(姉貴は姉貴で、人にブレーキかけさせるくせして妹にはアクセルを踏ませるし。

兄貴は兄貴で、ぐらぐらする業務提携を持ち出しやがって)


 その一番下の妹こそ、良の心を鷲掴みにして放してくれない。

「・・・一目惚れなんて虚構の中の話しだと思ってたけどな」

自分が檀に堕ちた今となっては、本当にあるのだと実感した。


(俺、アイツをどうして好きなんだろう)

良は泡を流しながら、そんなことを考える。


 自分でも、何故こんなにも彼女に囚われているのか、わからない。

確かなのは、何もかも犠牲にしても彼女が欲しいということ。

檀が幸せでいるように自分が手助けし、全身全霊で彼女の幸せを護ろうとするだろう。

自分の全てを、生涯かけて愛し抜くだろう自信がある。

例え彼女が求めている幸せが、己の幸せに結びつくものでなかったとしても。


ふ、と哂う。

「前は『欲しいモノはどんなことをしてでも手に入れる』て思ってたのにな」

実際そう考えて、檀の新しい住所を知るやいなや、このアパートの管理人として潜り込んだ程だ。それからは獲物を罠に仕掛けるハンターのように、檀の心に自分という惚れ薬を一滴一滴垂らしてきた。

それなのに。

(俺は何時からオペラ座の怪人ではなく、シラノ・ド・ベルジュラックになったんだ?)


・・・と、そこまで考えて。

「何処のポエマーだ、俺は」

あまりの自分の感情に自分でも照れたが。

「仕方ねえよな。

自分の気持ちよりアイツの気持ちを大事にしたい、て思っちまったんだから」


また思いは愛しい女性へと戻っていく。

(俺は檀の何処を好きなんだ?)

 数多のモデルと仕事をしてきた為、無駄に眼が肥えてしまった。

彼女の容姿は飛び抜けて絶世の美女でも、男を狂わせるナイススタイルでもない。

まあ、普通に美人位のレベルだ。

スタイルだって、良の躰の中にすっぽりと納まる身長で、両手を回し易そうなくびれ具合で、腕の中に閉じ込めておきたい位のレベルに過ぎない。

が、美醜ではなく、良の好みかそうでないかに世界中の容姿が分別されるのであれば。

(檀が、間違いなく世界中で一番好ましいに決まっている。)


 お嬢様の割には怒り肩で。

(それじゃ着物似合わないだろ)と笑いそうになる処も、正座しすぎて出っ張った膝小僧も、全て愛おしい。


 ふとした弾みに見せる檀のあどけない表情。

凛とした眼差し。

誘っているとしか思えない蠱惑的な唇。


へにゃ。と眉をさげて油断した笑みも、眉をきり、とあげて仕事に立ち向かう様も、じぶんに作った飯について小言を言われた時のへの字口も。

何もかもが愛おしい。可愛くて仕方がない。


 仕事が自分や三ツ谷並みに出来る訳ではない。

彼女はまだまだ未知数だが、その分伸びしろがあり、突拍子もない発想力は新鮮な企画を生み出している。

 

 家事については・・・。

(まあ、あんなもんだろ)

檀も良も、同じ雑誌の編集者。

休日などあってないような職業で、終電で帰って昏倒するように眠って、翌朝はゾンビのように出勤することが日常茶飯事。そんな時、家事なんぞ二の次三の次になることは、同僚である己が一番よくわかっている。

(何せ、元々がお嬢様なんだし、多少は割り引いてやらねえとな。)

 良自身は己のことを亭主関白タイプとは思っていない。家事は気づいたほうがやればいい。


(そういえば、檀んってどっちが掃除しているんだろう)

 引っ越しの時に見かけた時は、檀も歩も、二人とも驚くほど品物がなかった。

今は多少増えているのかもしれないが、垣間見える姉妹の生活はやはりシンプルだ。

どっちが担当にしろ、病的な綺麗好きには到底見えない処も、またいい。

(もし歩さんが掃除担当で檀が汚すの担当だったら、歩さんがいなくなった以降は俺が片付ければいいだけの話だし)

・・・普通に、自分と檀の二人暮らしというシチュエーションで想定している事に可笑しくなった。



 性格については。

(あんなに複雑な人間も珍しい)

単純バカと権謀術数。

天然と腹黒。

人懐こさと冷徹さが同居している。

相反する性質は誰しももっているのだろうが、プリズムのようにそれらは檀の違う側面を良に見せてくれる。


 お姫様のように堂々としているくせ、カップラーメンを与えておけば100万ドルの笑顔を浮かべてくれる女。

一生懸命仕事をやって、人間関係には、それと気取られぬような薄い膜で遮断して。

しかし、料理に対しては真摯で。

良に対してだけ、世界中に向かって着けていた仮面を外してくれる女。


(恋なんて理屈じゃないよな)

 勿論惚れた弱みがあったとしても、それで彼女の悪い処も汚い処も美化される訳ではない。

しかし、それらをひっくるめて檀であり、檀を構成している全ての要素を良は手に入れたいのだ。

(そんなもんだろ、恋なんて)

自分が恋とやらに捕まるとは思ってもみなかったが。


今迄、こんなに眼が離せない女に遭ったことなんてない。

逢った途端、”この女を欲しい”と思ってしまった。


”死が分かつ迄、ずっと”と。


シャワーを浴び終わり服を着て出かけようとして、ふと棚の上にあるモノに眼がいった。

(これも持ってくか)

そして鍵を持ち、2階へと向かった。




お読みくださいまして、ありがとうございます。

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