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召しませ、久賀嬢の晩御飯  作者: 飛島 明
召しませ、一緒に朝御飯
41/48

雲間が晴れた

「こっちには何で来たんです」

重苦しい想いを振り払うように投げつけられた良の問いに、間髪入れず輝久は答えた。

「勿論、檀の男を品定めする為だ」

それ以上の何がある、という輝久の視線に良はふ、と笑った。

「まあ、それだけでは勿体ないんで2、3商談をな」

(そう言えば夕方から商談だと言ってたっけか。おっさんのくせにタフな野郎だ)


そして輝久がさりげなく付け加えた。

「昨日はラ・ロシェを使った」

良の顔が引き締まった。

「あそこの三男坊が檀にちょっかい出したそうだな。今までの害虫どもは全て君が退治してきたと聞いてるが、その時は何故止めなかった?」


それまで。

社内外に現れる虫達は視線一つで威嚇し。

あるいは奴らがあえて檀が自分に惚れていると思わせるような態度を取らせて叩きのめしてきた。

が、尾仁 勝は、初めて良から檀を掠め盗ろうとする男で、しかも久賀の縁者だった。当初、良は叩きのめす気満々だった。

しかし、そこで初めて思い至ったのだ。


「・・・今までの俺の行動は、檀から誰かを愛する機会を奪ってたのかもしれない、と思いました」

「アイツに惚れてるんだろう?」

「アイツの幸せを護る為なら自分の幸せを全部アイツにあげていい位には」

 本当は、あの細っこい首と肥大したプライドをへし折って、二度と檀の前に現れないようにしてやりたかった。

だが。

(檀も大人の女性なんだ。

俺や久賀の御庭番や、お姉ちゃんや殿さまが、やいのやいの言って猫可愛がりする時期は過ぎたんだ。)


檀に判断させるべきだ。


 良はそう決意した。

そして拳を握り込んであの男が檀にモーションかけまくるのを赦していたのだ。

傷つけでもしたら最後、どんな手を使ってでも、地球上から奴を一かけらも残さず抹殺してやる。

そんな凶暴な思いを抱く良を、只一人、三ツ谷だけがハラハラと見守っていた。


「・・・」

輝久は、良の静かな面の中に、燃え盛る劫火のような男の激情を見た。

(こんな男が女に惚れたならば。)

 この男は真っ直ぐに自分に檀を奪う、と宣言してきていた。

どんな障害も、ものともしないと。

そんなにも惚れ抜いているのに、この男は闇雲に檀を己に堕とそうとはしなかった。 



 輝久は全く違うことを口にした。

「もし俺が、君が今働いている会社で”出世双六の”あがり”にしてやると言ったら君はどうする」


 良は感情を抑える為だろう、より無機質な硬い声で返事をした。

「お断りします。

俺は自分の力でどこまで出来るかを試している。

人の助けなんざ要りません。例えそれが、惚れた女の兄貴の力だろうとね。

窓際で終わるなら、俺がそれまでの男ってだけです」


「久賀の事業を手伝ってくれ、その代わりに妹との結婚を許すと言ったら?」

「その言葉の後半だけ貰います」


 輝久は驚いた。

目の前の男が、今のポジションより魅惑的なポストを提示したのにすげなく断った事に。

話を聞いた限りでは野望もあり、それを叶える度量のある男だ。

それなのに。


「久賀の事業に興味はないか?」

(Qugaのオーナーが俺だということを知っている以上、檀を奪う為の最大の難所として俺の事は十分に調べた筈)

調べたのならば、久賀の事業内容はこの男にとって魅力的であった筈だ。

果たして。


「貴方のポートフォリオは多角的で、かつ、周囲を幸せにしようとする見上げたものです。だから、俺などに声を掛けなくても、人材は自然に集まってくるでしょう」

 こちらを見返してくる良の澄んだ眼差しに、輝久は己の疑問への答えを見出した。

(アフリカにもう一度行くのか)

確信しながらも輝久は、答えが聴きたくて良に問うた。

「今後どうするつもりだ」

「何年かかろうとも、もう一度国連入りを目指して世界中の”彼女”に贖罪するつもりです」

 予想通りの良の答えに、輝久ははあ、とため息をついた。

(そして檀を連れていくんだな)

引き留めても、檀はこの男についていくに決まっている。

それこそ鎖に繋いでも心はこの男の傍らに居続けることだろう。

(それも仕方がない)

この男ならば。


だが。

(俺がおめおめと妹を世界の涯にやると思うなよ)

 輝久には、世界の貧困を助けたくてうずうずしているボランティア野郎に言いたいことがあったし、彼を日本に繋ぎ止める材料を持っていることについても自信を持っていた。


「俺はいつも不思議なんだが。

世界中のセレブってのは、何で第三世界に眼を向けたがるんだろうな」

「?」

「アジアやアフリカ。君達は、どうしてそんな処ばかり見ているんだ?」

「・・・」


 輝久が何を言いたいのか。

それを見極めようとして良は目の前の男を凝視していた。


「金を持っている奴らが貧しい奴らを助けようとするのは理に適ってるさ。

確かに世界中に貧困が横行しているが、何故自分の足元に眼を向けないんだ?

セレブ達が生まれ育ち、息をしている場所にも貧困は存在する。

それと同様、君の”彼女”は世界中に居ても、日本には一人も居ないとでも思っているのか?」


「!」


「”彼女”は何時の世にも何処の場所にも居るんだ。

君は江戸時代の駆け込み寺という制度を知っているか?

それが無い現代でシェルターなんぞ、NETという武器の前には忽ち無防備に晒される。

”彼女”達の居場所を突き止めた馬鹿野郎どもが、どれだけそいつ自身がかつて愛した女をその凶刃にかけてきたか、知ってるのか?」


「・・・」

 盲点をつかれた良は茫然としていた。

(見て見ぬふりをしていた処を突かれた)


「受刑者達が出所した後の自活問題もそうだし、ニートの自立支援もそうだ。

過疎地の問題だってある。

被災者たちだって、被災した時だけ手を差し伸べればいいってもんじゃないんだ。

そんなことに眼を瞑っておいて、海外にしか目に向けないのが君達の浪漫か?」


「・・・」

返す言葉がなかった。

(冷酷な殿さまだろうと思ってたのに。こんな熱い男だったのか)


輝久が口調を改めた。

「君の計画は俺の下の妹どころか、上の妹夫婦にまで影響しそうだ」

「え」

「今度、義理の弟になる男は、落ちこぼれを引き上げようとするセラピースクールを主宰していてね。歩はそのスクール生のケアサポートに回る気満々だ」

「・・・」

(歩さんが一生の相棒と決めた男とはそんな男なのか)

 良は、そんな処に眼を付ける男にも、そんな男を評価した彼女にも感動を覚えた。


 今更に頭でっかちになっていた自分が気恥ずかしい。

大言壮語していて、世の中の悲劇を全て自分が肩代わりする気満々だったくせに足元の問題を見ていなかった。

(この男の言う通りだ。)


 良の顔から憂慮の雲が晴れていくのを感じて輝久はにやり、と笑った。


「久賀の家というのは代々、他人の為に金を使えという家訓だ。

君は俺のポートフォリオを評価すると言った。”自然に人材が集まるだろう”と。

だが、生憎俺の手は地元で手一杯で、有能な人材が俺を見つけて集まってくる迄待っていては遅いし、足りないんだ。」


 我知らず良は輝久の言葉に聞き入っていた。

輝久は良の双眸を勁い眼差しで覗き込んだ。


「俺の事業を手伝わないか。

君が日本で問題を掘り起こし、力を振いたいなら久賀の力を貸してやる。

俺は妹抜きにしても君が欲しいし、妹を任せられるとも思える。」

「・・・」

良は茫然として目の前の男を見遣った。



(まさかこの男と手を組むという話になろうとは)

期せずして二人の男は同時にそう思った。



「・・・俺に。出来ることであれば」

良は思わずそう口にしていた。

それを訊いて、輝久はにっこりと笑った。

 良は思わず見とれた。

輝久の虜になっている人間達が、彼の表情の中で一番好きな、人を魅了せずにはいられない笑顔に。

(この男は。こんな子供のような笑顔を浮かべられる人間だったのか)



「アンタ。流石に久賀の殿さまだ」

良は思わず拗ねたような口ぶりになった。

「ん?」

「檀も歩さんもそうだが、久賀の人間は本当に腹黒い」

この男の妹の檀といい、この男といい。

(この俺をこんなに魅了するなんて。それも久賀の血か)


 再び輝久は笑った。


(この男といい、歩の夫になる男といい、俺のことを『アンタ』呼ばわりだ。

二人共、俺を久賀の当主と知って怖じない男。

必要であれば当主に噛みつき意見し歯向かう男。

久賀の両翼を担う人間はそれでいい。檀も歩もいい男に惚れてくれた)


「妹が言ったことがないか?

『旧家=長く続いた家系=時代、時代で賢く立ち回る=悪賢い。悪巧みして生き馬の目を抜くようじゃないと、歴史の中で家系を存続することなんて出来ない』と。

ウチは損得だけでは動かないし、信義だけでも動かない家ではあるが、清濁を気にする家柄じゃない。手段を選ばないんだとな」


欲しいものはどうやっても手に入れる家柄なんだと。


「それはお前もだろう?良」

「・・・」

「覚えとけ、久賀の家訓はWIN×WINだ。アイツの幸せを願うなら、お前も幸せでいろ」

お読みくださいまして、ありがとうございます。

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