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召しませ、久賀嬢の晩御飯  作者: 飛島 明
召しませ、久賀嬢の晩御飯
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お嬢と爺や

(……あのお嬢様がねえ。よくここまで育ったもんだ)

インターンの時の檀の教育係を仰せつかった良としては、感慨深いものがある。



◇□◇◇□◇◇□◇◇□◇



「良、ちょっと」

檀が編集部員に囲まれている隙を見て、三ツ谷に呼ばれた。

「なんです?」

「お嬢、あ、いや久賀さんのこと頼むな」

(『お嬢』て!)

口を滑らしたのだろうが、三ツ谷の口ぶりが可笑しかったので、揶揄うつもりで。

「『お嬢』て、三ツ谷さんは組の若頭かなんかですか」

冗談のつもりだった。

「そうなんだ。あ、いやそういう意味じゃない」


良は、想定外のことを言い出した、チーフの顔をまじまじと見た。



 生憎三ツ谷は大真面目だった。

言いづらそうだったが、覚悟を決めたようで三ツ谷は語り始めた。

「俺が生まれた県はさ。代議士もそうだけど、知事が着任する時、とある旧家に挨拶に行く習わしがあってね」


「ハア」

気の抜けた返事しか出来ない。

(この話の方向は、どこに向かうんだ)


「親父が知事だった時、一家総出で挨拶に行った」

(三ツ谷さん、坊ちゃまか?!)

育ちは良さそうだとは思ってはいたが。

……そう言えば。

何年か前に、どこかの県知事が三ツ谷、て名前だった気もするが。

(それが目の前にいる男の父親だなどと、考えたこともなかったな)


 三ツ谷は良の表情に気が付いたのだろう、手を振って違う違う、というジェスチャーをしてみせた。

「俺なんて6人兄姉の末っ子だし。政治の世界には関わってないし、親父も期待していない」


 確かに三ツ谷は一切家族にまつわる話はしたことがないので、彼が政界に脚を踏み入れていないのは本当らしい。

 しかし長男は知事に出馬意欲を燃やしているらしいし、二男は国会議員の秘書をしているなど、政治一家ではあるらしい。


「で、親父が着任挨拶しに行った時、ご当主の隣に座ってたのが彼女なんだ」


 要するに檀は”跡取り”、というポジションだったらしい。

(どれだけのお嬢様なんだ!)

 殿さま、いわゆる大名の家系、という訳ではないらしいのだが。代々、陰の実力者として、三ツ谷の生まれ育った地域で権勢を欲しいままにしている家系なのだという。


……そんな旧家の娘が都会で、しかも普通の就活女子大生をしているものだろうか。



 は、とあることに気が付き、良の表情が険しくなった。また三ツ谷は良の空気が変わったのを敏感に悟って、違う違う、という風に手を振って見せた。

「決して彼女の入社合格はコネじゃない。今のご当主はそんな事、気にされない方だから」

(おいおい!敬語だぞ!!)

「実際、ご当主から俺に彼女を頼む、なんて一言もないし、もしかすると彼女がうちを受けたことすら知らされてないと思う」

(普通は、”殿さま”の娘が就職するにしたって、それで大騒ぎする方が間違ってる)



 政治経済にもりべラルな見識を持っていた筈の三ツ谷がこうだと、三ツ谷家の家族は、県民たちは推して知るべし、だ。

三ツ谷は首を振った。

「俺も決して久賀家に恩を売るつもりは毛頭ない。そんなことで返せるご恩じゃない」

(『ご恩』て!なんつー時代錯誤!)

「だけど筋金入りのお嬢様なのは確実なんだ。だから彼女が将来、ウチの会社に入るもよし、他の会社を目指すも良し。ただ、社会人として彼女を鍛えてあげてほしいんだ」

「社会人として、て」

「人の下で働くとか。電話の応対方法とか。そんな事、経験せずに育ってきた筈だ。特別扱いはしないでやって欲しい。どうも彼女はそんなの望んで居ないようだし。でも彼女を健やかに育てて欲しいんだ」


 履歴書を視て、うっかりと『以前お宅に家族でご挨拶に伺いました』と言ってしまったら、『しい』というジェスチャーをされたのだという。

三ツ谷の忠義心丸出しの態度に、良は醒めた目で彼を観てしまうことを禁じ得ない。

(番頭どころか。爺やだ)




「……それで。なんで、俺ですか」

「お前が女の子に優しいから」


 それは本当だった。

良はファッションの世界にいたせいか、女の子のちょっとしたいいところ見つけるの得意であった。

カメラの前で萎縮していた女性に、良が声を掛けると、萎れて居た女性が魔法のように生き生きとしだすのだ。

 彼としては単に自信を持ってもらった方が被写体としては綺麗に映るから、という理由であっただけなのだが。『モデルキラー』と呼ばれてしまった所以である。


 ぽー、となった女子から追い掛け回されることが度々に及んだので、今いる編集部では殊更に厳しくしているつもりもないが、無駄に優しくしている処も見せてない筈であった。



「……俺。そんなことしてました?」

「気づいてなかったのか?お前、編集部一同のフェミ男て有名なんだぞ」

(勘弁してくれ)

天井を仰ぎ見たい気分になった。

「彼女が、お嬢様が自信を持って羽ばたけるように彼女の翼を鍛えてやってほしいんだよ」

(お嬢の教育係、決定か)

良はため息をついた。

(確かに、そんな筋金入りのお嬢だと、簡単に手を出しそうな輩には預けられないしな)


「参考までに。彼女は召使に囲まれて育ったとか?」

 皮肉のつもりだった。

(召使に囲まれてたら、あのとんでもないレシピにも納得する)

料理を作ったことがない人間なら、あの奇天烈なレシピの数々も仕方がない。

が、三ツ谷はあくまでも真面目で。

「ご当主付きの書生と。家政全般を取り仕切る番頭さんと。あとは、俺が知ってる限りだと、お手伝いさんが3人はいたな」


(どんだけ)

確かにそんな家庭で育てば、電話での受け答えも知らないまま、成長しそうだ。

(前途多難だ)


いじるどころの話ではなくなりそうだ。



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