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召しませ、久賀嬢の晩御飯  作者: 飛島 明
召しませ、一緒に朝御飯
39/48

地を駆ける黒い馬

バイク偏愛を書いてみました。一部偏見意見が飛び出ますがご容赦くださいませ。

 翌日の早朝。

檀と良の住むアパートの前に一台の車が停まった。

(ここか)

男が降り立ち、じっと目前の建物を観察して思った。

(久賀の娘がこんな処で)

しかし同時に、”如何にも檀らしい”、とも思った。

父親に徹底的にその存在を無視されていた歩との共同生活の場に、この場所を選んだ妹。

(よくも、こんな風に育ってくれた)

と輝久は思う。

 普通、父親のああいう行動の元に育てば、間違いなく自分や歩を圧制する側に育ちそうなものだ。

父親の仕打ちに対して手の出せなかった彼女の母に代わって姉の学費の面倒を見、遅まきながらとはいえ自分に学問の途を開いてくれたのも妹だ。そして自分達が久賀の家を出たとしても生きていけるような算段をしてくれた。


 輝久には、猫可愛がりしかしなかった父親と違って、芳野や番頭夫婦と一緒に檀を育てあげた自負もある。目の中に入れても痛くない妹のうち片方の一大事。

(俺がどんな男なのか見定めてやる)

妹に相応しくない男であれば、どんな手段を持ってしても引き離す。

アレが何も言ってこないんだから、まずは第一段階は突破する男か)

しかし簡単には認めてなぞやるものか。


 そして良が住んでいる1階に繋がるインターフォンを押した。

『はい』

「久賀 歩と檀の兄だ。妹達が世話になっている」

 中から人が移動してくるような音が段々玄関に近づいて来て。

扉を開け、初めて対面した男は、自分を前にして落ち着いていた。


(まずは肝は据わっているということだな)


かたや、全身黒づくめのレーシングスーツに身を包んだ長身でがっしりした体格のいかつい顔立ちで無表情の男。

かたや、寝間着と思われるトレーナーとスエットパンツの上に半纏を引っ掻け、身長は同じ位、しかし大分細めで、茫洋としており掴み処のない表情をしている男。

(いい面構えだ)


 そして男もじっと輝久を見ていて、やがて不機嫌そうに呟いた。

「久賀家の現在いまの御当主ですよね。彼女まゆみは貴方が来たこと知ってるんですか」

「いや」

「俺を品定めに来た訳ですね」

「そうだ」


 す、と輝久が手を挙げると、何処からか2台のバイクが現れた。そしてお付きの人間が当主に大きめのバッグを渡す。良には中身の検討がついた。そして目の前の男の本業というよりも趣味であろう事業に思い立ったので呟いてみた。

「そういえば、久賀さん、Qugaクーガのオーナーでしたね」


Racing Team Quga。

久賀 輝久が出資元のプライベートレーシングチームである。

潤沢な資金と、オーナーの多角的な視野の元、数々の大会で金字塔を打ち立てているチームだ。

このチームの特徴は同じバイクを2台、全く違うモノとして作り変えるという点だ。

Aにはたっぷりと金と時間をかけ、Bには制約をかける。だからといってBがAのサブ、という訳ではない。メインレーサーをBに乗せたりもする。


 以前、何かの雑誌で読んだオーナーの談話として掲載されていた、

『人間というのは面白い生き物で、枠を設定するとその中で自由に生きようと画策しだす生き物なんだ。

だからBチームには限られた資金と時間の中で、彼らの脳から最良にアイデアを絞り出させている。最近、”脳トレになるから”と、AチームではなくBチーム専属になりたい、と言ってくるエンジニアもいるよ』

という談話から、元々面白いチームだと良も注目していた。


 檀と知り合ってから、ふと名前の由来について”もしや”と思い立ち、出資者を検索してみた。そうしたら”久賀 輝久”に行きついた、という訳だ。


 輝久が眼を眇めた。

「表立って知られてない筈だがな。そっちも下調べは得意なようだな」

「他ならぬ大事な女の事なんでね。

ああ、レーシングスーツは貸して貰う必要はありません。自前のがあります」

 荷物をそのままお付きに返した。

一時期ジムカーナに嵌っていたし、モトクロスも必要上覚えた。

「わかった」

久賀 輝久はにやり、と笑った。

「今日納車されたばかりの2台だ。好きな方を選んでくれ。ああ。これは付けてくれ」

ヘルメットに装着する型の無線機を渡された。


 それを受け取って良は宅内へと引き込み。

やがて完全装備の装いで再び輝久の前に現れ、そして玄関の鍵を閉めると、ライダースジャケットのポケットにしまって、ジッパーを閉めた。

フルフェイスのヘルメットをかぶって、顎の下でストラップを調節するとバイクの片方に歩み寄りながら輝久に尋ねた。

「貴方のことだから、抜かりはないんでしょうが。

俺がバイクに乗ってなかったら、何で見定めるんです」

「酒かな」

「はは。強そうですね」

「君もだろう」

(この男と酒なんか酌み交わす日が来るのだろうか)

男達は同時にそうも思いもしたが。


 ヘルメットのシールドを降ろすと、男たちはそれぞれの黒い鉄馬を駆って地を駆ける為に跨った。

(爆音?)

檀が物音で目が覚め、玄関の脇の窓から外を見た時には、何も形跡も残ってなかった。


      *


 先導は輝久に任せた。

地の利はこちらにあるが、ここまで出張って来たのだ、下調べはしているのだろう。

無線が飛び込んでくる。

『明日は仕事か?』

『はい』

『俺も今日の夕方から商談がある。厚木から行って箱根を一周してくるか』

『わかりました』



 輝久が用意したのはトライアンフのデイトナ675。

スポーツタイプではあるが初心者でも扱いやすいと聞いたことがある。

ツーリングもワインディングも、そして思いのままに制御してパフォーマンスを楽しめる車種。

おそらく、良の腕前を観ようという魂胆なのだろう。


 トライアンフといえば、3気筒エンジンを搭載している。

他のメーカーが2、4、6気筒といった偶数路線の中、独自の路線をひた走る。

敢えて言えばマツダのロータリーエンジンのような、人がマシンを選ぶのではない、人を選ぶマシンだ。

 国産にはないDOHC3気筒エンジン。

跨ってみたら足つきも悪くない。


 水冷DOHC3気筒エンジンの眼を醒ましてやると、2気筒ンジンとも4気筒エンジンとも違う低い音が鳴り始める。ビューエルやハーレーの不規則な音も楽しいし、ドウカティの音も心を高揚させるが。

(コイツの声もイイ)

 少し前のめりの体勢になるが、街中でのライディングも意外に快適だ。

(トルクが効いてる)

良はうずうずしてきた。

(これをぶん回してやると気持ち良さそうだ)

しかし信号の多い街中のこと。低速回転せざるを得ない。

(街を抜ければ。もう少しの辛抱だ)


 いよいよ高速道路に入った。

エンジン回転数を上げていくと、思いのままに加速する。

(お。楽しくなってきた♪)

 東名高速を降りると小田急厚木道路へ進路を取り、そのままターンパイクに向かった。

(ワインディングもいいな)

 特にブレーキングが楽しい。

最近ありがちな自動制御のものではなく、握り込んでいくほどに制動が効いてきて、まさに鉄馬の手綱を握っている感が心地よい。

(どこの莫迦だ、バイクをオートマにしようなんて考えた奴は。バイクなんざ、全てを自分で制御する処に楽しみがあるもんなのに)



 輝久がコーナーを攻め出した。ちら、と後ろを見ては良を煽る。

(おっとなげねーなー)

輝久の世代だと限定解除の時代だろうか。

自分は大型になってから取得した。16の時免許を取得したてで、友人をタンデムに乗せて、あわや命を落としかねない事故を起こした。それ以降、ジムカーナに10年近く入れ込み、徹底的にどんな時にもバイクを制御出来るテクニックを学んだ。やんちゃも無茶も楽しかった無邪気な時代。


 無茶が楽しかったのは、檀と出会うまで。

それからはやんちゃはするものの、無事に彼女の元に帰るのを心掛けている。

この男もそうだと思うのに。

(俺を煽って、無茶ぶりさせて対処方法を見たいってか)

その手には乗らない。

檀を手に入れる為には、檀の兄である男に気に入って貰った方が話は楽だが、媚び諂うつもりは毛頭ないし、最終的には檀さえ手に入るのなら誰に憎まれても構わない。


『無茶はしないのか』

笑いを含んだ声が飛び込んで来た。

『ああ、好きなペースで行ってください。行き先はわかってるし、無線がありますから』

『挑発には乗らない、という訳か』

『惚れた女の許に無事に帰る為ならね、どんな挑発も躱してみますよ」

『友人をあわや殺しかけたそうだな』

良はその言葉に面を引き締めた。


      *


 自分の腕に過信し、安全への慢心が引き起こした事故だった。

当時は脊髄パッド付きや膝当て、肘当てのついたレーシングスーツなど眼もくれず、Gジャンとジーンズ、スニーカーで乗り回していた。

・・・フルフェイスのヘルメットを自分も、友人にも被らせていたことだけが救いだった。

 コーナーを、無茶な角度と自分の制御できる上限のスピードで攻め。コーナー明け、濡れた落ち葉だまりに気づくのが遅れタイヤを滑らせた。


 瞬間何が起こったかわからず。

ガードレールに引っかかり自分は堕ちずに済んだが、そのままガードレールを突き破り、深い峡谷にゆっくりと転がり落ちていくバイクを茫然と見つめるしかなく。

 は、とようやく意識が戻り、自分の脚を見たら、ジーンズが裂けていて、剥き出しの傷口からは鮮血が沁みだしていた。脚を引きずり血糊を道路に残しながら、慌てて投げ出され道路に打ち付けられた友人の傍に駆け寄った。

 奇跡的に友人は脳震盪だけで済んだが。

それ以来、左脚に残った傷跡と共に危険を予測し回避する警戒心は常に在る。


      *


『はい』

『それからか、ジムカーナに嵌ったのは』

『そうです。もう二度とやんちゃはしても無茶はしません』

『・・・檀の為だと言うつもりか』

『お姫様を掻っ攫う為には何でもします』

その言葉を訊くと、輝久は唇の間から唸るように言葉を絞り出した。

『泥棒め』

良は静かに言った。

『必要であれば正門突破もしますし、いざとなれば天守閣からでも堀からでも侵入してみせます。俺はどうしても彼女が欲しいですから』

『それをなんでまゆみに言わない?』

『貴方のもう一人の妹さんと約束したんです。あいつが俺に惚れてくれるまで手を出さないとね』

それを訊いて再び輝久の声に笑いが含まれた。

『一生無理だな』

ぶすっとした声で良が呟いた。

『ええ、後悔してますよ。

あんなに天然爆裂鈍感娘だと知らずに誓ったことをね。

・・・とっとと押し倒して口説き落とした方がどれだけ楽だったか』


『殺すぞ』


お読みくださいまして、ありがとうございます。


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