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召しませ、久賀嬢の晩御飯  作者: 飛島 明
召しませ、一緒に朝御飯
33/48

鬼の子、顕わる

話中出てくる店名、人物名等フィクションです。

「何時からかな・・・」

檀は記憶の襞の中を旅することにした。


      *


「良!檀ちゃん、二人ともちょっと来て」


 三ツ谷に呼ばれて二人は彼のデスク迄行った。

と、そこに茶髪・ピアスの、とてもとてもライトな印象を周囲に与える青年が立っていた。

ひょろりと上にばかり伸びた体型。驚く程に幅がなく、体重自体もとっても軽そうだ。


「彼は尾仁おに まさる君だ。」

(オニ?)

そして彼は見た目通りのライトな挨拶を二人に寄越した。

「おに、でぇーすっ」

良がす、と目を眇めた。

「もしかして、”ラ・ロシェ”の。

・・・オーナーシェフのゆかりの方ですか」

その言葉に三ツ谷が頷いた。

「そ!優君は尾仁料理長のご子息なんだ。流石、良!博識だな」


(ラ・ロシェ)

 檀も思い出した。

東京の一等地にある『ラ・ロシェ』と言えば、同名の岩アーモンドなどで岩のゴツゴツ感を出したボンボン オ ショコラと勘違いをする者はいない位の名店中の名店だ。父が出資者の一人でもあり、まだ元気だった頃、何度か檀だけ連れて行って貰った覚えがある。


 ロシェという、岩をあらわすフランス語が示すように、店の建材に伊達冠石だてかんむりいしを用いた店である。

料理長が自らの出身地にこだわり、宮城県から取り寄せた両輝石安山岩で、その鉄褐色の色合いは風雪を与えられることにより、時とともに味わいを増していき、多くの造形家を魅了している石材でもある。


 尾仁 義和。

別名、”ラ・ロシェの鬼料理長”と言われ、彼の作り出す料理は、その建材同様、食材の取り合わせの妙、そして盛り付けの見事さもさることながら、奏でるその芸術的な味わいは、通を魅了してやまない。


 永くグルメな人達を虜にしてきており、ガイドブックには必ず二つ星以上で紹介される名店。スタッフも気配りが出来るメンバーが揃っており、『ラ・ロシェを使えば商談もプロポーズも上手くいく』と太鼓判を押されている店である。


(あ)

ようやく思い至った。

あの時、厨房からおじさんが出てきて、檀を抱っこしてくれて。3人で写真を撮って貰った覚えがあり、それが確か。

(多分、尾仁料理長だったんだわ。その、尾仁のオジ様の・・・息子さん?)



「優君はフードコーディネイターをしていてね。

今度、ラ・ロシエとうちの雑誌で、タイアップをすることになったんだ。」


 実は、『召しませ、久賀嬢の晩御飯』のコーナーをリニューアル、もしくは無くそう、という動きが編集部にはあり、それは檀も承知している。檀こそが誰よりも承知している、と言って正しいかもしれない。

 

 理由は簡単。

檀が作る料理が、奇をてらったモノが少くなったという事実である。彼女がこなれていくにつれ、そして料理について的確なアドバイスを与えることの出来る良の存在が出来てからは、檀の料理はどんどん美味しくなっていった。すると、皮肉なことに、奇をてらった料理談が好きな読者たちに、彼女の書く記事が飽きられていったのである。


 尤も檀自身は、元々奇天烈な料理を作ることに野心を抱いていた訳ではない。

今まで乳母日傘で、蝶よ花よと育てられ、家事をしたことのない女性がマニュアルや講師なしで、いきなり料理という高度な科学実験を行うのだ。それは失敗するに決まっている。

 たまたま、妹の失敗談を歩が職場で話したら大うけしたので、姉妹で悪乗りして投稿してみよう、というあくまで読者としてだったのだ。


 編集部内では、わざと奇天烈な料理を作り続ければ・・・という意見もあったが、当の檀にその意思はない。

確かに『召しませ、久賀嬢の晩御飯』コーナーは、料理音痴な為、料理を作ることに尻込みしていたニッチ層を購買客に変化させ、その一群を料理に向かわせた功績はある。

檀の頁を待ち望んでいる読者層も捕まえておきたい。


 そこで彼女の頁として統括されていた「今更聞けない料理のコツ」「駄メシコーナー」を読者の投稿スタイルに戻す。

そして読者がチャレンジしてみたいレシピや難物料理に檀がぶっつけ本番で作る、というコーナーへのリメイクが検討されている。



 今回のタイアップはラ・ロシェオープン20周年を記念して、ラ・ロシェ側から持ち込まれたものだ。

『プロポーズを考えている若年層のお客様や、何かの記念日にニューファミリー層のお客様に、当店を選んで貰いたいと思いましてね』

と尾仁料理長やマネージャーからその意図を聞いている。


 贔屓筋を多数獲得しており、安定した業績を維持してはいるものの。評判が先走り過ぎ、接待用、通好みの店として定着してしまったせいか、初めての客には敷居が高くなってしまった。

 料理自体を味わって貰う為、6歳以下の子供同伴お断りのルールは変えないが、若年層を開拓していきたいのだという。


 フードコーディネーターとは、食の商品開発、レストランプロデュース、販促・メディア応対など、フードビジネスのすべてに関わる食の専門家である。

そして、その道で脚光を浴びつつある優が20周年を機に、この企画を料理長にプレゼンしたのだという。


「まずは読者層から20周年記念をラ・ロシエで祝いたい、という方を募集して。その感想を雑誌に掲載します。これは成人式でもいいし、結婚記念でもいい。

また、ラ・ロシエと同じく創業20周年の企業、団体などで、どんな20周年を祝いたいかを書いて貰って、その方達を一同に会し、これまでの20周年を祝い、これからの20周年を祈る。そんな交流パーティも企画しています。

そして、ラ・ロシエで食べた思い出の料理を投稿して貰い、その中から20品目を復刻メニューとして3か月間出そう、という試みです。」


発想が斬新かつ柔軟なプレゼンに、3人は感嘆した。


(確か、長男が厨房に入ってて、長女がソムリエ。三男がサーヴィスだった)

良は脳内の知識を浚ってみた。

家業と言っていい程家族がラ・ロシエに携わっていた。

レストランを外から盛り上げる優の若い発想力も、老舗には新しい風となるのだろう。

(料理一家なんだな)



 三ツ谷が改めて良と檀を尾仁に引き合わせた。

「尾仁君、こちらが君と組んでもらう植野 良と久賀 檀です」

(久賀?・・・まゆみ?)

二人がそれぞれ挨拶する中、尾仁の目が檀をじっと見た。

(親父の書斎で彼女の写真を見たことがある。

・・・彼女と、親父と、じーさんと。写真の注意書きには確か。『久賀様と、檀様と』と書いてあった。そうか、親父のパトロンの孫か)


 彼女の外見を観察する。

前からはボブカットに見えるが、後頭部に行くにつれ、斜めに短くなっていく髪型。ハイブランドではなく量販店物であるが、今時の流行を抑えているファッション。大振りのプラスチック製のアクセサリー。

 ここまでは普通の収入を貰っている普通のOLで。スタイルも中肉中背、とりたててスレンダーな訳でもグラマーな訳でもない。

ただし、髪と肌は一級品で、マスクもそこそこ美女。

つまりは遊んでもそれなりには楽しめるレベル、ということだ。

かてて加えて。

(なんといっても久賀家のステータスは超一流。

彼女を連れて歩けば、どこの扉も俺に向かって開く)


 お嬢さまが普通の企業で働くつもりなら、ハイブランドの服で毎日出社したら周囲の反発を買う。それを見越してハイブランドの服をあえて着て居ないということは、そこそこ頭がいいという証拠だ。


 尾仁の中で忽ち計算がはじき出された。

(久賀のお嬢さまをゲットして。

親父や兄貴たちの鼻を明かしてやるのも悪くない)

久賀家の力で、父達を支配下におけるというのは悪くない考えだ。

(退屈な3か月だと思っていたが、楽しくなりそうだな)


「3か月。よろしくお願いしますっ」

尾仁がにこり、と笑った。



その日から尾仁の檀への猛攻勢が始まった。


お読みくださいまして、ありがとうございます

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