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召しませ、久賀嬢の晩御飯  作者: 飛島 明
久賀助産師のお金の使い途
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業務提携のお誘い

「・・・な、にを言ってる。の」

歩の脳は完全にフリーズしていた。

小瀬良は食べ終わって、落ち着いて珈琲を啜っている。


「アンタ、ぶっちゃけ久賀の人間の癖して、久賀でいるのが厭なんだろ?」

ぴくり。

歩の跳ねた肩を見て小瀬良は呟いた。

(図星か)

「アンタ自身を見て欲しいのに、久賀の名前が邪魔をして、近づく男、近づく男に疑心暗鬼になってるんだろう」

「・・・」

その通りだった。


 中学校迄はそうでもなかったが。

高校になると、あからさまに”未来の婿候補”が周囲をうろうろするようになった。

歩が後妻の連れ子であっても、継父にとっても縁者にとっても、両者を強固に繋ぐパイプであることに何の不足もなく。

とうとう、歩を強引に我が物にしようとする者迄現れるに至って。

 檀に口利きをしてもらい、東京に逃げるように上京してきた。

そこで、常々興味の抱いていた看護学校に入り、ようやく”生きている”と実感したのに。


(今更、久賀の縁者と。

これからも一生、久賀の看板を背負って生きていくなんてまっぴらよ)

「お断りよ」

そう来るのを予想していたのだろう。

尚も言い募ろうとする歩に手の平を翳して小瀬良は黙らせた。


「まあ聞けって。

俺にするメリットをプレゼンしてやるから。

1.俺は三男坊で、あっちに地盤を持ってない。故にアンタの好きな処で暮らせる。

2.アンタと俺の婚約が整えば当然、小瀬良家ウチとしては久賀家に更なる援助を求めるだろう。だが、ウチは久賀が提携してもいい、といえる程には業績も上げてるし、次代当主の兄貴も出来る男だ。久賀家の当主が妹を溺愛しているのはわかってるしな」


「・・・意味わかんないわよ」


「あの日集まったのは、縁者達の中でも家柄、財産、性格。どれをとっても優良株だけだった、てことだ。

わかんない?アンタの婿候補が一堂に会して、アンタのお眼鏡に叶えばって会だったんだよ」


・・・確かに兄より自分を見て居るような気配はあったかもしれない。


「一同、誰もお見合いのお声掛かんなかったって、がっかりしたみたいだぜ」

「・・・」

「アンタが、あの中から誰を選んでも安心して任せられるような男を呼ぶ位には、兄さんはアンタのことを溺愛してる。

そして妹可愛さに絆されて、業務提携してやってもいいなと思える程度には業績に優れている縁者を集める位、兄さんは実業家ってことさ」


(・・・テルちゃんめぇ~あのマザコン、シスコンの策士がっ・・・!)

 毒づいても、もう遅い。

兄もぬけぬけと言ってたではないか。

『可愛い妹たちを、気心知れた俺の友人の処へって欲しいと思うのは兄のロマンだろ?』と。

兄は自分の浪漫を実行しただけだ。


「で、続きな?

3.という訳でアンタと俺の縁組は双方が喜ぶ。

4.後妻の連れ子だろうが、俺の実家はアンタを崇めるから居心地はいいよ。」

「?」

「ウチは縁者の中でも末席でね。下のお姫様じゃ格が違い過ぎるんだよ」

「!」

「だから、ウチにはアンタで十分。ああ、5つ目のメリットになるな。

5.アンタの大事な妹には、ウチの家は手を出さない」


「・・・どうして」

(どうして私の一番大事な人間が、檀だと知っているの)

目の中に入れても痛くない妹。

檀が居てくれて支えてくれたからこそ、今の歩がある。

あの子を窮地に晒すくらいなら、自分わたしが身を張ってあの子に降り注ぐ弾丸や弓矢を防ぐ盾になる。


 歩の表情を読んだのだろう、小瀬良は謎解きをしてくれた。

「だってアンタがさっき言ってたじゃん。『妹にも手を出させないわよ』って」

「・・・」

「最後に最大のメリット。

6.俺はアンタを久賀と知ってるから、アンタはこれ以上”この人は私が久賀の娘だから求婚してきたの?”と疑心暗鬼になる必要はない。

以上、一石二鳥どころか、双方痛手無の美味い手だろ?」


「あのねっ・・・!」

 結婚とは愛し合う人間同士でするものであって・・・!誰が貴方なんかとっ

という言葉は言えなかった。

小瀬良が勁い眼差しで歩を見つめてきたのだ。

「今更”愛がどうのこうの”なんて青臭いこと言うなよ?

憶測に過ぎないがアンタ、久賀の家名を気にしない男と付き合った結果、別れざるを得なかったんだろう?」

「・・・!」

「だからアンタ、クラブであんな昏い眼をしてたんだろう?」


(この男は・・・!)

鋭すぎる、と思った。

兄の思惑を(おそらく)正確に読み解く処も。

そして、落ちこぼれた子供たちを引き上げる為のスクールを主宰しているだけあり、人の感情を察するのに鋭すぎるのだ。


 小瀬良はにっこりと笑った。

「その点、俺はいいよ?

なんたってアンタを、”久賀の人間だからこそ俺には必要じゃない”と一回ジャッジを下して。

こうして知り合ってみて、”あ、この女となら、死ぬ迄一緒でも退屈しないな”と改めてアンタのこと、評価したんだからさ」


つまり、アンタ自身を、ということをだ。

にや、と小瀬良は笑ってみせて。


「俺達の関係ってさ、お互いに第一印象最悪だろ?

俺はアンタを鼻持ちならない女だと思ってたし、アンタも俺を躰を売る餓鬼だと思っていた。

だけど俺もアンタも今回の一件でお互いのことを見直した筈だ。

最初がマイナスだった分、後はプラスになるだけだ。

だから気楽に付き合えると思うよ?」


(・・・)


「アンタは何だかんだ言って久賀の人間なんだ。

いいか?他ならぬアンタ自身が久賀の人間で居たいんだよ。

自分が久賀の人間であるということを縁者に認めて欲しい。

そして自分でも認めたい。だけど、自分自身が認めたいのに、認めてやれないでいるんだ。

だから久賀の呪縛から逃れられなくて、かえって蜘蛛の巣に捕らわれちまってて、ジタバタともがいてるんだ。

俺ならアンタを久賀と知りながら、”歩”というただ一人の女として見てることが出来る」


(やめて)

男の言葉が、地獄の深淵に堕ちるよういざなう麻薬のように聞こえてくる。


「俺と来い。俺と一緒になれば自分を久賀と認めることが出来るようになる。

アンタを久賀としか見て居ない家に嫁ぐんだから。」


メフィストがファウストに囁いた言葉とはかくも甘美であったのか。



「楽になんなよ」

お読みくださいまして、ありがとうございます。

小瀬良氏。初期設定10代で。成人に直したのですが、ブラック度が上がってます。

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