驚愕、時々振付
「え・・・婦長、いいですよ、遠慮」
「はさせないからね!」
強制参加決定。
*
あの日以来。
夜遊びをしなくなったら、妹がそれは嬉しそうな顔をしてくれた。
・・・心配してくれていたのだ、とぎゅ、と彼女をハグした。
それはいいのだが、身の置き所がない。
戸丸と同じく仕事中毒の歩であったが、職員が増員されたせいもあり、無茶な勤務体制が(ほんの少し)緩和された。
自由になる時間が増えたものの、その時間をともに過ごす人間はいない。
檀と、彼女に惚れている良は、歯痒い程のろのろとした速度であるが順調なようだし、植野 良という男の人柄もわかっている。
誠実で、真っ直ぐに檀だけを見つめている男。
遠くない将来に待ち構えている兄の審査になんとか通るだろう。
(兄のことだ。
どうせ、どんな男が現れても渋々しか了承しないに決まっているのだ)
そんな男が妹を真剣に口説き落とそうとしている最中、”馬に蹴られて何とやら”という諺があるように、あまり野暮なことはしたくない。
(といっても、あまりに檀が鈍感すぎて、過剰な方向違いの反応をしまくるので、良から”この激烈鈍感娘をなんとかしてください”といった助けを求める視線を投げられることも少なくない。
・・・ので、不本意ながら何日かに一遍は、仲人よろしく二人の間にちょん、と座って3人で夕飯を囲んで居たりする。)
そうしたら。
暇なのを見透かされてしまったのだろうか、婦長に強引に連れ出された。
「あたし達、肩こりとか腰痛とかハンパないでしょう?でもマッサージなんてお金かかるしさ。毎週行くのはちょっとね。で、いいエクササイズ教室見つけたのよ!」
なんでも流行の曲に合わせて振付を踊るとそれが腰痛や肩こりに効くエクササイズになっているのだそうな。
齢40を目前にした婦長、高齢妊婦とは話が合うものの、ヤングな妊婦層とはまず話題がかち合わない。涙ぐましいことに妊婦の信頼をより手っ取り早く得る為、人気のお笑い芸人のチェックを欠かさないのだとか。
そんな時に若者に人気のヒット曲を使ったエクササイズにたどり着いたそうなのだ。
*
「あ、あの婦長。
私も一応20代なんで、別にジェネレーションギャップなんて・・・」
感じてな、と言いかける前に被さってきた。
「はん?何寝ぼけたこと言ってんのよぉ!
”久賀助産師は仙人みたいですよね、飄々としているけど世俗に疎いの”てヤング妊婦達に言われてるの、知らないでしょう!」
(それは初耳)
諦めて、受付でチケット代を払い、ロッカーの鍵を受け取って。用意満々の婦長と違って、油断している処を拉致されたから、スポーツウエアからシューズにレッスン後に浴びるシャワー用のタオル一式迄借りて。着替え終わった途端にチキンになってしまった婦長につれられて、教室の後ろ、隅っこに陣取ってしばし。ざわざわとレッスンを受ける人達が入ってきて。
最後に講師が入ってくると、歩は眼を剥いた。
(いつぞやの売春少年・・・!)
今日の彼は、相変わらずプリンのようなツートーンの色合いの髪にピアス。
そして、筋肉の動きが見えやすいようにだろう、ダンスしやすいように躰にぴったりしたタンクトップ、ショートパンツの下には伸縮性のよさそうなタイツを履きこんで居て。
(・・・あー。明るい処で見ると確かに20代に見えるわね)
きっと仕事をしている人間の責任感なのだろう。
薄明りの中で見た、へらへらした剽軽な表情がなりを潜めて居て、確かに大人の男性に見えた。
(私の年齢当てはやっぱり5歳以下と妊婦限定なんだわ)
コドモ扱いしたことを悪かったかな、とは思った。
(買春を持ちかけてきたことはまた別だけど)
ぐる、と彼が教室の中を見回して。
見つからないように首を縮めたが、遅かった。
「!」
ばっちりと眼が合ってしまった。
「「・・・。」」
す、と講師は眼を逸らし。
明るい業務用の顔を作ると、ウオーミングアップ用のストレッチから入っていった。
振付は単純で簡単。
何パターンかの振付を覚えると、曲に合わせて。
確かにクールダウン用のストレッチをする頃には、躰中がポカポカして、血液が循環しているの感じ。
重だるく残っていた肩こりや腰痛、頭痛等が楽になっていた。
レッスンが終わった後、何人か講師を囲んで談笑している。
身長もあり、細身のしかしそれなりに筋肉の付いた躰。
明るい処で見ても確かに童顔と言っていいような顔立ちだが、きり、とした顔が笑顔に崩れると甘くて爽やかだ。
妙齢の女性達に囲まれるのが納得できる。しかし、何となくむかつく。
(何よ。この前のこと、揶揄っただけなのね。
わかってたけど!別に一夜の宿なんて日替わりでも困ら無さそうじゃない!)
ム、としたまま、それでも軽く会釈してその脇を通り過ぎようとしたら、声を掛けられた。
「あ、久賀さん、でしたよね」
ぎくり。
そろりと歩は振り向いた。
にっこり。
いつぞやと同じ笑顔の青年が居た。
「初めまして。講師の小瀬良裕哉です。
僕のレッスンにようこそ。また来週、お待ちしてますね。」
「なんで私の名前・・・」
歩が掠れた声で呟くと。
婦長が陽気な声を上げた。
「先生は皆の名前覚えてくれてるのよ」
ねー、と小瀬良を囲んでいる女性達に同意を求めると、女性達がウンウン、と同意した。
それに同調するように小瀬良も婦長に笑いかけ。
「秋川さんが久賀さんを連れてきてくれたんですね?どうもありがとうございます。
じゃあ、もしかして久賀さんも看護婦さんですか?
そうしたら、これお渡ししておきます。週3コマ、レッスンがあるので、都合のいい時にまたいらしてください。
あ、秋川さんは先週お渡ししたから大丈夫ですよね?
それじゃ、お二人とも、お待ちしてますね」
ちら、と窺った彼が持っているバインダーには、参加者の名前と年齢、スポーツ歴の有無、肩こり・腰痛等が記載されている一覧表が挟まれており。その上に更に挟んであった、○が日付の処にいくつか付けられているカレンダーのコピーを1枚とって手渡された。
そして、ひらひら、と手を秋川に振り。
婦長も一群に会釈をして教室を後にした。
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