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召しませ、久賀嬢の晩御飯  作者: 飛島 明
久賀氏の家庭の事情
21/48

偽家族ごっこ

 始まりは単なる雇い主の子供だった。


18歳で1歳の子持ちであることに後悔はなかった。

最初の夫は、施設で育った後、中卒で働いていた時の同僚だった人。

お互いに身内がなく。

寄り添ううちに、命が芽生えて、婚姻届けを出した。

やがて子供が生まれて、ようやくささやかながら家族を作れた、と思った時。

まるで夫は、私に家族を与える為だけに出逢ったかのように亡くなった。


 茫然とした私に、葬儀に訪れてくれた夫の縁者だという人が”久賀に来れば仕事があるよ”と教えてくれて。

子供と遺骨を抱いて、縋るように見知らぬ土地まで流れてきた。

番頭さんが”しょう坊の子どもかい”と言って歩を抱きしめてくれた時、初めて涙が零れた。

そして番頭さんに付き添われて、雇い主である人と初めてまみえた。


 そして雇い主から彼を紹介された。

14歳と聞いて疑う程の立派な体躯に、怜悧な眼差し。

旧家を継ぐのだという矜持がそこからは見てとれた。


 この地域の人達が雇い主=久賀家を崇め奉る想いはハンパなかった。

私なんて、生まれた時から施設に棄てられていて、親が誰かもわからない根無し草という環境。”家”制度にそもそもの感慨がない。

なので、彼にも”若様”という距離感は感じられず、施設の年下の子であるかのように振る舞ってしまった。

それが彼には新鮮だったんだろう。

怜悧だけど無表情な顔に、少しずつ、少しずつ。

表情が現れるようになって、そのはにかんだ顔や太陽のような笑顔に、私や番頭さん夫婦は夢中になり。

彼が必死で作っていた仮面にヒビを入れてしまったことに気づいていなかった。


 そしてポツリ、ポツリ、と彼が口に乗せた言葉から。

彼が”自分は久賀の正当な跡取りへのツナギ”と悩んでいることを知ったのはいつだったろう。

(どうして彼が悩む必要があるの?)

 縁者の皆様にも受け入れられており、家督を継ぐに相応しい器量と才覚を認められている、間違うことなき若様であるのに。

(・・・やだ、若様なんて。)

 私もこの独特の空気に毒されたかしら。


(でも)

彼が悩んでいるなら。

「君はこの家を継ぐ資質も資格も立派にあるよ」

と言い続けてあげよう、と思った。


(私の一言で君が楽になるのなら。いくらでも言ってあげる)

私と彼は、姉弟のような時間を過ごして言った。

彼は娘のことを珍しがって、ついで可愛がってくれるようになった。

おしめもミルクも、番頭の奥さん、松子さんに教えて貰いながら世話してくれるようになり。

(本当の兄妹みたい)

と微笑ましく思っていた。


・・・まさか、その思いが本当になると思わずに。


『子供を産んでほしい』

その言葉を聞いたとき、私は自分の耳を疑ってしまった。

(何言ってるの、この人)

だって、この人確か60歳だよね?

私。

18歳だし。歳の差があり過ぎる・・・っ

それに、この人には。

『あの。旦那様には輝久さんという跡取りが。お子さんがちゃんといらっしゃいますよね?なのにどうして』

もう一人必要だなんて、という言葉は遮られた。

『あの子に兄妹を与えてあげたいんだ』


(兄妹)

どくん、と私の心臓は鳴った。

(旦那様と結婚すれば。

私の歩に、お兄ちゃんを作ることが出来るの?あのテル君に、歩のお兄ちゃんになって貰えるの?)

 そして。

歩のお爺ちゃん、と言っていい程の年齢だったが、この人が歩の父親になってくれるのなら。

(歩は、私みたいにお父さんを知らないで育たずに済む)


 旦那様は私に付け入る隙が出来たのだと思ったのだろう、穏やかに微笑んだ。

『君と結婚すれば。

あれには妹がすぐ出来るし、君の娘にも父親を与えてやれるが』

 無論、今まで通りの仕事は続けて貰うから、給料はきちんと払う、と言われて。

私は一も二もなく了承した。


・・・無論、夫婦となったからには、『子供を産んでほしい』と言われたからには、そういう事なしには済まないのだろう。

(もう一人子供を産んでるんだし)

 男と女が二人っきりになるとどうするのかを私は知っていた。

それに。

(あの人以上に好きになれる人なんて、もう一生出てこないんだから、誰だって一緒だし)

と思っていた。


・・・その頃は。

あの人以上に好きになれる人が出てくるなんて思ってもみなかったのだ。



弟のようであったあの人は、私と雇い主の結婚を訊くと、荒れ始めた。

(お父さんを取られたように思っちゃったかな)

なので。

『久賀の家を継ぐのはテル君だよ』

と言い続けた。

テル君は拗ねた。

『後妻とはいえ正妻なんだから。芳野さんと親父の間に生まれた子が後を継ぐんだろ』


 少年の言う言葉をまともに受け取ってなかった。

・・・確かに雇い主と、そういうことはしてたけど。

なんとはなし、雇い主との間に子供なんて出来ないと思い込んでいた。


 あの人のことを弟のように思っていたが、実際は義理の息子になってしまった訳で。でも、歩にはお兄さんとお父さんが出来たのだから、私の家族は一気に倍に増えて、私は満足していたのだ。


『ばっかねー、何言ってんの。

私とお父さんの間に子供なんて出来る筈がないよ。

それにお父さんの年も考えてよ。万が一、子供が出来ても、お父さんが死ぬ頃、まだ赤ちゃんだよ?テル君が家を継ぐのに決まってるじゃない』


『そうかな・・・』

あの人は自信なさげな顔をしていた。

(ああ、そうか)

 私は納得した。

おそらく、母親であった人からも”久賀の家を継ぐのだ”と聞いて育ってしまったからか。テル君は、少年なのに、家を継ぐという事に異常なほどこだわりを持ってしまっていた子だった。

 それで、彼を慰める為にも、『久賀の家を継ぐのはテル君だよ』と繰り返していた。



 状況が一変したのは、檀を身ごもってからだった。

(うそ!)

私は妊娠の兆候を確認して驚いた。

まさか、妊娠するなんて。私に、もう一度、命が宿るなんて。

(しかも、雇い主の)

 私は気持ちが悪くなった。

ようやく、私は命を作ることを好きでもない男の人としていたことに思い至ったのだ。

(どうしよう)

だが、松子さんに妊娠していることを見破られ、番頭さんから、雇い主に

『奥様のご懐妊、おめでとうございます』

と挨拶されてしまって、私は雇い主に隠す訳にはいかなくなってしまった。


(テル君!)

は、と少年を見ると、彼は真っ青になっていた。


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