自宅でご飯、職場で挨拶
檀の作った料理をぱくつきながら、(こいつに惚れてから、どれくらい経ったんだっけ)
などと、良は思いを馳せた。
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『良ー、ちょっと来て!』
チーフの三ツ谷に呼ばれた。
『ういっす』
のそのそとチーフの前に現れてみれば、その隣にちょこんと黒のスーツの、一目で見てわかる就活女子。
『初めましてっ!久賀 檀です!』
彼女がぺこん、と頭をさげ、もう一度顔を上げた瞬間、それは起こった。
(なんだ?この静電気が起きた時のような、びりびりする反応は)
あの時の檀は、何というかイモ中のイモで、例えて言うならば泥のついたイモとでも言うか。
真っ黒の髪、後ろで結んだだけのポニーテール。
遊び心のまったく感じられないデザインの黒いスーツに、面白みのないパンプスと鞄。
”イケてない就活女子ファッション”と辞典をめくったら、用例として扱われそうな位、ステレオタイプの就活女子そのものだった。
良は、ファッション関係の仕事を経てから三ツ谷に誘われて、この料理雑誌の編集部に移ってきた。
ここに来るまでは、スタイリストにファッションモデル、ヘアメイクのスタッフにインテリアコーディネーター。
とにかくカタカナ職業で”美”だの”自分流”だの、”ファッション”だのに敏感な女性達に囲まれていた反動だろうか。
檀の恰好は良の目には物凄い衝撃を与えてきたのだ。
が。
すっぴんに口紅だけ乗せただけの、失礼にもあたるレベルの化粧ッけのなさ。
ぷっくりとした頬。
濃い眉毛。
手入れしてなさそうなのに艶やかな黒髪。
良に猛然と、(コイツをいじっていじって弄り倒したい!!)と思わせる何かを備えていた。
……脳内妄想はさておき、ふと気づいた。
何とはなしに聞き覚えのある名前を三ツ谷さんは口にしなかったか。
『アレ。もしかして久賀 檀さんて』
『そう!あの久賀さんだよ!』
三ツ谷が嬉しそうに叫んだ。
彼女は。
良達の雑誌の中でも一番人気のコーナーの名物投稿者だったのだ。
雑誌は当然のことながら、色々な特集やら定番頁やらで成り立っている。
料理雑誌であるから、レシピに食材に、キッチンツール、読者宅の自慢の厨房コーナー、お勧めレストラン。どんな処でどんな食材、厨房関係の品物が購入できるかのショップ特集。そんなものに混じって読者投稿頁もある。
中でも自慢のレシピを投稿する”ウマメシ”コーナーの『作って食べて幸せになろう!今月の美味メシを召し上がれ』と、
失敗談の投稿頁の”駄メシ”コーナー、『皆元気になろうぜ!抱腹絶倒、今月の”駄メシ”はこれだ!』が人気だった。
目の前の久賀 檀は”駄メシ”コーナーの人気投稿者だったのだ。
彼女は難しい料理にチャレンジして失敗するのではない。適当に、そして己の創造精神のまま自由な料理を作り出すのだ。
その文章は生き生きとしていて抱腹絶倒。
”どうしてここまで凄いもの作れるのー!!(大爆笑)”だの、
”こんなに凄い料理音痴がせっせと料理作ってるんだから、たかだかダンナや彼氏に一回や二回くらい酷評されても、ヘコタれなくていいんだって久賀さんに勇気を貰いました!”
と女性読者に大人気なのだ。
そして、たまたま大学四年だった彼女はこの会社に面接に訪れており。
たまたま持ちまわりで面接官をしていた三ツ谷が目に留めて。履歴書ごと、彼女をこの編集部迄引っ張ってきた、という訳だ。
『もう人事部長に、”ウチが貰いますから!”て言ってきちゃった。』
元バレーボール部の三ツ谷は、Aクイックが得意であったことを彷彿させる早業をかましてきたのだった。
『久賀さん、コイツ、うちのチームの植野 良ね。君の教育係。あ、良。久賀さん、卒業まで授業の合間にインターンとしてうちの編集部で働くから色々面倒見てやって』
『よろしくお願い致しますッ』
ぺこん、と頭を下げる久賀 檀に、良は何故か胸の高まりを感じたのだった。




