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召しませ、久賀嬢の晩御飯  作者: 飛島 明
久賀助産師の恋
15/48

レシピ4.ホットバタードラム

「別れたわ」

 戻ってきたと思ったら開口一番、飛び出てきた姉の突然の宣言に、和やかに食卓を囲んでいた檀と良は、ただただ、唖然とするのみだった。



 檀の3つ上の姉、あゆみは助産師としてある病院に勤務している。

彼女の恋人は、戸丸とまる 寛二かんじ

同じ病院のNICUに勤めている。


 NICUとは、新生児の(Neonatal)集中治療室(ICU)のことだ。

低出生体重児(未熟児)や、先天性の病気を持った重症新生児に対し、呼吸や循環機能の管理といった専門医療を24時間体制で提供している。

 厚生労働省の施設基準などで、新生児科医師の常勤や、産科や小児科から独立した専従の当直を設置するよう定められているが、歩の所属している産科とは切っても切れない密接な部署である。

 毎日、新生児の命を介して向き合っているのだ。どうしたって親密感・連帯感。そういったものは芽生えてくる。


 姉から内気そうな青年医師を紹介されて3年。

その青年は、檀とも良とも顔なじみである。何かあった時に、と。4人はそれぞれメールアドレスを交換している仲である。


 歩と戸丸は、同棲してもおかしくはない程仲睦まじく、二人が喧嘩した、などは聞いたこともない。二人とも夜勤を含む激務の中。2週間に1度あるかないかの重なる休日を宝物のにように過ごしており。

 将来の結婚相手として兄と母に紹介する為、そろそろ実家に行くのも秒読みだと思っていたのに。


「ど・・・」

うして、と尋ねる権利は檀には与えられなかった。

「そういうことだから!」

言うなり、歩は自室に閉じこもってしまった。


「「・・・。」」

檀と良は目を見合わせた。


 やがて。

ベッドに潜り込んでいる歩の耳に、バタン、とドアが閉まり、カンカンカン・・・と足音が降りていく音。

カチャカチャ、と台所で何かを作っている音がして、途切れたと思ったら。

すら、と歩の部屋の襖が開かれる音がして、遠慮するように足音が近づいてくる。

 躰の上に屈まれた気配がして、ベッドサイドのテーブルに、ことり、と。

甘い、芳醇な香りを放つ何かが置かれると、また、すら、と襖が閉じられる音がして。

やがて、TVから何かゲームをしているような音が聞こえ出した。


「・・・」


 聴きたいことはあるだろうに、何も聞くことなく。精一杯、日常を続けようとする妹の心遣いが歩の心に届いてくる。

のろのろと顔をあげると、カップの中に琥珀色の温かそうな液体が見えた。

挿してあったスティックで掻きまわすと、中に入っていたバターがすう、と琥珀色の液体に溶け込んでいった。


 触れると火傷しそうなその熱い液体を、ゆっくり、ゆっくりと口に入れると飲み下していく。

 ほんのり甘くて、香しい。

コクを与えているバターが思いのほか、くどくは感じない。柔らかく、甘く、優しい。じんわり、じんわりと冷え切っていた歩の心と躰に温かさが沁みていくようだった。


お読みくださいまして、ありがとうございます。

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