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召しませ、久賀嬢の晩御飯  作者: 飛島 明
召しませ、久賀嬢の晩御飯
12/48

名前で呼んで

「植野さんっ」

檀の言いたい事は、わかってはいたが。

「植野さん、駅!通り過ぎちゃいましたよっ」

(それが狙いだからな)

姫君を拉致してみた。




◇□◇◇□◇◇□◇◇□◇



1時間位走ったのち、良はとある場所にようやくバイクを止めた。


「……ここは」

「野鳥公園。来たことないだろ」

「ない、です。です、がっ!」

いきなり。

人の意見も聴かずに!

そう食ってかかってくる唇を指一本で封じた。


自分の唇に当てられた感触に、檀が真っ赤になる。

(ちょろい)

そんな反面、やはり心配にもなる。


(よく、このウブさで今迄野郎どもの毒牙にかからなかったもんだな)

これは姫君を護る姉上だの、爺やだのが眼を光らせていた賜物かもしれない。

(ま。これからは俺が防衛ガードするから、問題ないな)




「お前への就職祝い」

「え」

「檀、話聴いてると勉強の合間は働いてて、東京見物したことないだろ?」

「……」

沈黙は図星、だった。


(お前みたいにお嬢のくせして苦学生なんて、見た事ねえよ)


「学生時代。偉かったな」

そういうと指が触れている唇が、少し、戦慄いた。

「歩さんと二人。遊ぶ合間も無かったんだろう?よく頑張ったよ、お前」

「……」

「だから、東京を見せてやろうと思ったんだよ、お前に」


「……どうして」

檀は少し、抑えた声で訊ねてきた。


「うん?」

「どうして、”此処”なんですか?」

「お前、前言ってたろ。”干潟で遊ぶのが好きだった”て。だから、似たような風景を見させてやろうと思ってさ」


 彼女の机に、ぽつんと、海鳥が佇んでいる干潟の写真があった。

特に芸術的な1枚であった訳ではない。

しかし、ふとした拍子に彼女はその写真を見ているようだった。


 さりげなく三ツ谷に確認すると。

『ああ。縁者に干潟で漁を営んでいる家があるからな。何かの行事の時に行ったのを思い出してるのかもしれないな』とのことだったので、そんな風景を見せられないか、探しあてたのがこの公園だった。


「お前の思い描いていた干潟とは違うと思うが」

「ううん。ありがとうございます。……嬉しい」


 す、と目尻の涙をぬぐったのを男は見て見ないふりをした。



 展望台から望遠鏡で野鳥を観測したり。工事中などで立ち入れない場所もあったが、概ね檀は堪能してくれたようだった。

 良も、惚れた女と一緒に居ることではあるし、広さの割には人が少ないのが、想ったよりも寛げさせてくれることに気が付いた。

何よりも、檀が樹木と鳥と空と海しかないこの空間を楽しんでくれているのがわかっていたので、嬉しかった。



 そうして二人でとことこと歩き、ぽつぽつと言葉を交わして、何時間か、過ごしたろうか。

途中のコンビニで購入した軽食を腹に納め。ぽんぽん、とタンデムシートを良が叩くと、檀は大人しく跨った。


 そして、バイクが動き出した。

高速の入口が近づいてきて、檀は俄かに焦ったようだった。



「植野さん?このままだと高速に乗ってしまうのではっ?!」

「……」

「植野さーんっまずくないですか!」

しまいには背中をぽすぽすと叩きだした。


「”良”っ」

 男は怒鳴った。

ヘルメットもしているし、風切り音も耳元で唸っているで、ドライバーとタンデムの人間、無線を使って会話をしたりもする。

だから、男の対応は正しい。

正しい、のであるが。


「”良”って呼んでっ」

男が叫ぶと、女も即座に叫び返してきた。

「出来ませんッ」


「なんで!!」

再び良が怒鳴ると、檀も至極まっとうな理由を叫び返してきた。

「先輩を呼び捨てなんてっ!植野さんっ」


無視。

「植野さんっ」

無視。

「植野さーん!!」

無視っ!


「……良さんっ」

「なんだッ」

「聞こえてるじゃないですかっ!」

「だから、なんだ。俺、今運転中なんだけど」

ぐ、と檀が詰まり。

「……すみません。あの、これから何処へ?」

「ちょっと夜景の綺麗な処行って、それから家に戻ろうぜ!大丈夫、高速も2人乗り平気だから!」


「あ、あの!困ります、植野さんっ私姉の食事の支度があるしっ」

「……」


「植野さ……、もうっ!良さんっ」

「なんだ」

「戻ってください、ご飯の支度があるのでっ」

「俺も食っていー?」

「え」


「俺も食わせてよ」

「……正気ですか、”久賀 檀”の晩御飯ですよ?植野さん」

ぐん、とスピードが増した。

「良!さんっわかりましたからッ、でも!味と明日の無事は保証しませんからねっ?!」

「オッケー」


と言う『スパルタ指導』の元。檀は良のことを名前で呼ぶようになった。ついでに、毎日の夕飯お呼ばれ権をゲット!したのであった。





翌朝。


檀と良は同僚に囲まれた。


「ねーっ見ちゃった!お二人さんっ今朝一緒に出勤してきたよねー?!」

「ナニなに?!」

「どういうこと?!」

「二人はもしかして”お付き合いしてる”仲なの?!」

(しまった!)

 檀は、普通に下で良とカチ合わせになり。

自然に会話をしながら通勤して。ほぼ同時刻にタイムカードを押したのを意識しておらず。


おまけに。

「違いますよ!たまたま一緒に来ただけでっね、植野さんっ」

”一緒お~?!”と周囲が一気に沸き立ったのに、渦中の男は知らん顔。

「おーい、植野さんっ」

「……」

「植野さんてば!」


(どうしよう)

と良を仰ぎ見た檀に、男はにこ、と微笑んで彼女の肩を抱き。

「どうもこうも。お前らの見たまま、だな」

との無責任発言に、周囲はど、と湧いた。

「やっぱり?」

「オメデトウ!お二人さん」

「さー、切っ掛けを聴かせて貰えますかね?」

「奢りだな、コンチクショウ」


そんな声の中。

「何、捏造してるんですかっ、良さん!!皆さんっ、全くもって事実無根ですのでっ」

という檀の全否定は。



「あっれ、檀ちゃん」

「何時から!何時から”良さん”呼びっ?」

「金曜日は”植野さん”呼びだったよね?!」

「この土日!一体何があったの!!」

と更に興奮の坩堝に皆を巻き込んだだけで、更には。


「煩せぇな、お前ら。俺んちに檀が転がり込んで来ただけだよ」

と煩そうに良が言ったものだから、周囲は阿鼻叫喚と化した。

「檀ちゃんが良さんに押しかけ?!」

檀が真っ赤になって否定をしたが。

「ち・がーうっ!!転がり込んだ訳ではなくて、一緒に住んでるだけですッ」

「同棲?!」



……火に油を注いだだけだった。



三ツ谷経由でその顛末を訊いた歩は。

(植野さん。なかなかヤるわね)

と思ったかもしれない。




 それからちょいちょい。

良は浜離宮恩賜公園であるとか。

お台場に葛西臨海公園に、夢の島植物園など、海辺へと、なんだかんだと言いくるめては、檀を連れ出した。


 檀宅で晩飯をご馳走になった後、檀と良と歩の3人でお互いのお薦めのDVDを鑑賞したり。

3人の家がある地域は徒歩10分圏内に通な店が多かったから、コンプリートを目指したりした。


 敢えて映画館や遊園地を選ばなかったのは。

(そこまで露骨なのものな)

という思いと。

(バイクでの一体感は病み付きになりそうだなー)

という、主にオトコの都合で、であった。




 それから月日が経ち。

檀からもいつしか「良」と呼び捨てにされていて、三ツ谷を頂点として「最強チーム」と評されるようになるのだが。

 以前、歩の言っていた『堕とし甲斐のある子です』という意味が、こんなにも真実だとは思ってみなかった……。

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