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東方旧暦短編集

東方旧紅龍

作者: 真暇 日間

 

 紅美鈴は、紅魔館に住む人妖の中では最年長の妖怪である。人間であるメイド長や100と少ししか生きていない魔法使いは勿論、500年生きた当主ですら刻んだ年月から言えば美鈴にとっては子供でしかない。

 実のところ、現当主であるレミリア・スカーレットの父親……つまり先代当主だが、彼が当主として立った時には既に美鈴は紅魔館の門番長として立っていたし、先々代の当主の時には門番長としてではなくメイド長として勤めていた時期すらある。

 吸血鬼は通常千年以上の時をあたりまえに生きる。だがしかし、老いないわけでもなければ死なないわけでもない。血を純化し続ければ寿命の概念もなくなるが、そうなってしまった場合は吸血鬼から夜、あるいは闇の精霊へと種族を変えてしまう。

 故に、吸血鬼としての種族の限界はおよそ千と数百年。血の濃さにもよるが、精霊に転化する寸前まで純化していても三千年が限度である。

 それに、吸血鬼は敵の多い種族。寿命で死を迎えるよりもハンターやその他の悪魔などとの戦闘で殺されることが多く、寿命で死ぬことなど殆ど無い。

 しかし寿命の長さは存在の強さに直結する。悪魔も妖怪も、基本的には長く生きれば生きるほどに強くなる。特に悪魔は長く生きれば名が売れ、名が売れれば一部の信仰を得たり、契約によって得られる魂等で自らの力を強くしたり階梯を上げることもできる。階梯が上がれば寿命もまた延びるから、合計すれば幾万と生きていくこともけして不可能ではない。種族の中で格を上げていくことで地位も上がり、寿命も延びる。大半の悪魔にとって生きることと強くなることはほぼ同じようなものなのだ。


 そういった長くも短い悪魔の一生を、美鈴はずっと眺めてきた。強くなるために喰らい、強くなるために生き、強くなるために策を巡らせ、強くあるために他者を侍らせる。強き者を下からねめ上げ、弱き者は上から見下す。そんな彼等、あるいは彼女等を、常に一歩離れた場所から眺め続けていた。

 紅魔館の門番を引き受けたのは、そういった者達が多く集まる場所だったから……と言う面もある。紅魔館の当時の当主からの使者は明らかに美鈴を見下していたが、当時暮らしていた山の奥に修業にやって来ていた人間達の見よう見まねで覚え始めた拳法を使って撃退し、そして当時の当主とほぼ互角の勝負をして友となり、その友義をもって門番役を受け入れたと言うのもけして間違いではないが、理由の多くに『長すぎる生をもてあましていた』と言うのがあることは否定できない。

 他者を見る。拳法を磨く。暇に任せて続けてきたその二つの技術は、門番としてどちらも十分に活用することができていた。


 紅美鈴は龍である。紅色の透き通った鱗と緋色の鬣を持つ、そもそもとして自然から産まれながらも自然に帰属することのない、世界開闢と同時に現れた、多くの英雄や神と争いながらも現在まで生き延びている最強の生物の一画である。

 本来の姿で、本来の力で戦えば、例え相手が純血種の吸血鬼であろうと食事として吸収し、殺せてしまうだけの実力を持っている。

 そんな美鈴が偉ぶらずにのんびりと門番をしているのも、彼女の優しさと暇潰しの惰性、そして強大すぎる実力から来る楽観主義から来るものである。


 ……しかし、現在の紅魔館の住人でそれを知る者はいない。妖精達ならば知っている者も居るかもしれないが、残念ながら彼女達は昔の事を思い出そうとすることは殆ど無いし、移ろい行く自然が以前と全く同じ姿を取る事はありえないように妖精達の記憶もあっという間に移ろい行く。

 美鈴自身も、何度も会っている妖精ならばともかく、初対面の妖精ならば三日も会っていなければまず間違いなく自分の事を忘れてしまっているだろうという謎の確信がある。

 若き吸血鬼であるレミリアも、その妹であるフランドールも、彼女達に仕えるメイド長の咲夜も、レミリアの友であるパチュリーも、美鈴にとってはまだまだ子供。昔々の美鈴の事を知っている筈もない。

 そしていくら子供であったとしても、これからの生を歩んでいくにつれて別れることが確定している。それも、自分ではなく相手が死ぬという形で。


「年長者が生きて年若き者が死ぬ……寿命の事を考えれば当たり前のことではあるのですが……」


 美鈴は溜め息をつく。現在の事を考えればあまりに悲しいことだ。

 この時代になって、美鈴から見ても多くの事が劇的に変化した。人が来ることなど滅多に無かった紅魔館に当たり前のようにやって来る人間ができたし、幻想郷にやって来たことで停滞していた紅魔館の中に新たな風が吹き込みもした。

 異変が多く起き、死者のでない戦いが当たり前となり、血を見ることがあっても誰かが死ぬところを見ることは少なくなった。

 ……無論、完全にゼロと言うわけではないのだが。


 門番としての仕事は、紅魔館に害意を持つ人妖を排除することと、押し入ってくるお客様の相手をすること。美鈴は普段は門の前で狸寝入りをしているが、能力の関係上害意や殺気には非常に敏感である。

 相手に敵意や害意がなければそのまま通すこともあるが、大半の場合は一度引き留める。幻想郷の外では拳でお帰り願ったものだが、現在はスペルカードで相手をしている。本気を出さずともそれなりには強いが、本気を出せばそうそう負けることはない。


 そして───


「……出てきなさい」


 美鈴は狸寝入りを辞め、門前の木陰に隠れているモノに声をかける。

 現れたのは巨大な百足。ギチギチと甲殻を擦り合わせる音を響かせながら酸らしき液体を口から垂れ流している。


「言葉がわかるなら聞きなさい。ここは吸血鬼であるレミリアお嬢様の屋敷。争うつもりがないのならばすぐさま戻りなさい。追いはしません」


 しかし、と美鈴は続ける。狸寝入りをしていた時のままに閉じられていたその瞼が開かれると、人間らしくない縦に裂けた細長い瞳が百足を捉えた。


「───争うつもりで来たならば、まずは私がお相手いたします。この屋敷に入りたいならば、私を越えて行きなさい」


 溢れる気。龍の持つ強大すぎる覇気を美鈴は能力をもって制御して百足だけに叩きつける。その瞬間に震え出し、まるで列車のように逃げ出したムカデがその時見たものはなんだったのか。それを知る術はこの場にはない。

 ただ、手を出すことなくその百足を追い払った美鈴は当たり前のように欠伸をして狸寝入りに戻った、と言う事実だけが残る。

 美鈴にとっては日常的に起きるこういった出来事は、美鈴が普段は他者を威圧しないようにあらゆる気を押さえ込んでいるせいでもあるのだが……美鈴は自分が侮られる事についてはこれといった思いを抱いていない。それよりも、紅魔館の門番()として、いきなりお客様となるかもしれない誰かを威圧するわけにはいかないと言う意識が強い。

 なぜここまで美鈴が門番であることに固執するのかはわからない。ただ、少なくとも紅美鈴と言う古き大妖には『必要ならばどんな手を使ってでも門を護る』と言う固い決意があることは間違いない。

 故に今日も美鈴は一人、門の前に立ち門を護る。弾幕ごっこと言う苦手な勝負を挑まれ、当たり前のように『強くない』と言う認識をされ、しかしそれでも美鈴は門の前に立つ。


 紅魔の門が、不要に開かれることはない。必要ならば開かれ、不要ならば閉ざされる。

 そしてその権限のほぼ全ては、紅美鈴の意思に委ねられていることを知る者は非常に少ない。

 その事を知る数少ない者は、美鈴を『昼行灯気取りの門番』と呼ぶこともある。

 その一人が、ある意味では同僚でもある『小悪魔』である。

 彼女は基本的に図書館の外に出る事は無く、パチュリーの世話をしていることが多い。だが、時にその体質からパチュリーによって様々な材料集めに行かされることがある。


「おや? 今日も気持ちよくお昼寝ですか、昼行燈さん」

「……そういう貴女は今日もいい性格ですね、『自称』小悪魔さん」


 自称だなんて、と笑いながら否定する小悪魔だが、美鈴はその能力をによって知っている。彼女の小さな体躯にはあまりにも高密度かつ高純度な魔力が詰め込まれ、そして彼女自身の手によって一滴たりとも漏れ出さないようにされていることを。

 存在の格で言えば僅かに美鈴の方が上。しかし、そもそも自然から外れた超自然の権化であり、星と言う巨大かつ強大な存在の端末でもある美鈴と格で比べることのできる小悪魔こそがおかしいとも言える。それを知る美鈴は、しかしそれを誰かに伝えるようなことはしない。誰かに伝えたところでなんの意味もないことはわかっているし、伝えなかったところで何かあるわけでもないことも理解しているからだ。


「それで、その小悪魔さんがいったい何の御用で?」

「用がなければ話しかけてはならないと?」

「用がないなら話しには付き合いましょう。用があるならさっさと済ませてから来てください。私が怒られてしまいますので」

「私がいては眠れないから、では?」

「……」


 美鈴の龍としての本性を知りながら、小悪魔を自称する彼女は嘲笑う。その瞳には当然のように邪気を孕ませ、しかして悪意を感じさせない。悪魔としての本能のままに、龍としての本能を押さえ込みながら過ごす美鈴と対話する彼女はまさに悪魔と呼べる存在であった。


「……冗談ですよ、冗談。ちょっとパチュリー様にお使いを頼まれたから人里にお買い物です」

「では、どうぞ行ってらっしゃいませ」


 普段は使わない敬語を使い、美鈴は使用人用の小さな扉を開く。何か大きな荷物があるわけでもない状態であの大きな門を開くような無駄はしない。

 それは極当たり前の事のようで、小悪魔は美鈴の開けた扉を鼻唄混じりに通り抜ける。もしも小悪魔が本当に名乗りの通りの実力しか持たないのであれば、外に出るのにこれほど気楽ではいられないのだが……しかし彼女はいつものように気楽そうにしていた。


「それでは行ってきますね。色々買ってきますから」

「そうですか」


 美鈴はそれだけ返して目を閉じる。小悪魔が何を言っても完全に無視する体勢に入った事を察し、小悪魔は軽く肩をすくめてから人里に向けて歩を進め始めた。

 小悪魔が見えなくなった頃。美鈴はようやく片目を開く。美鈴はけして小悪魔が嫌いではなかったが、絡み方が面倒な相手だと言う認識も持っていた。

 そんな彼女か見えなくなり、美鈴は溜め息をついた。いまだに彼女の巨大な邪気を感知することはできるが、美鈴はそれが少しずつ離れていくのもわかる。

 美鈴にとって、最も相手しにくい紅魔館の住人である小悪魔を見送り、美鈴は再び狸寝入りを決め込んだ。






 ──────────────────


 人物紹介




【旧き名無しの大邪神】

 小悪魔


 年齢不詳、名称不明な自称小悪魔さん。格だけで言えば悪魔の中でもトップクラス。悪魔の枠を越えてすらいると言われている。

 旧七つの大罪、新七つの大罪の全てを網羅し、神の子が背負う筈の大罪の三割から四割弱を背負っているために人間が罪を犯し続けている間は消滅することがない。

 一時期は暇すぎて自暴自棄になっていたこともあったが、今では人間鑑賞と言う絶好の暇潰しを覚えたので生き生きしている。

 実に悪魔らしい悪魔でありながら、権力欲と言うものに欠けている……と言うより、権力と言うものに飽きている。

 実は昔の部下達に探されていたりするが、その辺りは本人(?)が全力で隠れているため見付かっていない。

 美鈴にはおよその正体を気付かれている事に気付いているし、逆に美鈴の正体にも気付いている唯一の紅魔館組。

 なお、能力は不明。




【知られざる旧き紅龍皇】

 紅 美鈴


 世界が始まったその時に、世界を形作るのに不要とされた材料から産まれた紅き龍である。

 世界そのものとほぼ同等の格を持つが、今はその力を十善に振るうことはほぼ無い。力を押さえるために武術を学び、周囲への影響を抑制するために気を扱えるようになった。

 その出生の性質上、世界全土において彼女を殺しきることができるものは存在しない。強いて言えば世界そのものを武器とすればなんとかなる可能性があるが、そんなことをすれば世界そのものも当然破壊されるためあまり意味はない。

 ただ、彼女自身は基本的に気楽な気質であり、年齢的にも肉体的にもいつも余裕があるため本気で敵対するような事はまず無い。

 だが、もしも。万が一にも本気で彼女と敵対してしまったのならば。命が無くなることを覚悟する必要がある。



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