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第9話、深紅の『 』と白い死神(前編)

『ところで、白い死神ってのは本当に現れるのか?』

 お兄ちゃんがスマホのボイスチャットアプリで通信してくる。

 電話ではなく、こっちを使うのは電話じゃ複数人が同時に会話できる仕様ではないから。

「たぶんだけど、現れるんじゃない?」

『今の時刻は深夜の1時。だいたいこの時間くらいに現れるそうですよ、月宮隊長』

『めんどくせぇなぁ……そんなUMAみたいなのが本当に現れるとは思えん』

「ボヤくのは通話を切ってからにしてくれないかな?」

『あー、はいはい……ラーメン食いたい』

 ここまでフリーダムなお兄ちゃんは新鮮である。

 私と一緒じゃない時ってこんな感じなの?

 それともオフ状態だから?


『さ、作戦を確認します。死神の目撃例から次に出没する可能性が高い箇所を各自徘徊。もし、死神に出くわした場合は、仲間と合流し、2対1か3対1に持ち込み拘束する、問題はありませんね』

「こちら紅莉、了解」

『こちら紅蓮、了解』

『では、ご武運を』

 通信が切れる。


 深夜とはいえ、今は夏。

 暑さ対策せずに夜道を徘徊すれば汗だくになる。

 ここは謎技術で作られた最高級の機能性を持っている戦闘服に着替えるべきだろう。

 

「さて、これで深夜に1人で徘徊できるぞ!!」

 元より白い死神なんて噂話を信じている私ではない。

 私だってもう12歳。夜遊びしたって良い時間のはずだよ。

 シルヴィアなんて10歳の時にはもう大学を卒業したらしいさ。


 などとアホなことを考えながら闇夜を楽しもうと思ったのだけど、徘徊から2分後、白尽くめというより死に装束を着た女性が居た。

 雰囲気から察するに年齢はおそらく女子高校生くらいに若い十代後半。

「んんっ~?」

 その女性は右手に刀を持ち、ニヤっと笑った。


 えっと……え?

 マジですか?

 マジもんですか?

 というか、こんな簡単に現れるのかよッ!!


 初めてMWに迷い込み、クマ型モンスターと遭遇した時みたいにオロオロしていると、死に装束の女性、もとい白い死神は笑顔を解き、落胆した。

《なんだ、女子おなごか。なぜこんな時間に闊歩しておる?》

 変声器でも使っているような違和感のある声色だ。

「あ、アンタを捕まえるためだよ」

《捕まえる?なぜわっちを捕まえる必要がある?》

 わ、わっち?そんな一人称はじめて聞いたよ。

 どこの地方の方言だ?

「アンタを捕まえる必要はないけど、アンタを見逃しておく必要もない」

《なるほど、しかし残念じゃ。わっちは男しか斬らぬと決めたのに》

 その言葉を耳に届いた瞬間、死神は私の懐に入り、柄の底で腹部を小突いた。

 小突かれたとは思えない衝撃。

 まるで猛スピードの自転車の突進かと錯覚するレベル。

 戦闘服に着替えてなかったら、確実に病院送りに違いない。


《……?なんじゃ、そのころもは?なぜわっちの技が効かぬのじゃ?》

 戦闘服の頑丈さに疑問を持った死神は戸惑っていた。

 だけど私はその無防備なスキを攻撃できなかった。

 理由は単純、恐怖したのだ。

 この白い死神からはモンスターのような、いやそれ以上の気味の悪さがある。

 なぜ死に装束なのか?なぜ男ばかりを狙うのか?

 未知の敵、まさに『死神』と呼ばれるだけの恐怖がそこにはあった。

 正直言うと、こんなのを捕まえようと思った自分を殴って修正したい。


《どうした?わっちを捕まえるのではなかったのか?》

「前言撤回、三十六計逃げるに如かず!」

 死神に背を向けて猛ダッシュ、もとい猛スカイハイ!!


「メーデーメーデー!死神が本当に現れた!!ヘルプミー!!」

『落ち着け、今何処にいる?』

 ボイチャアプリを起動して状況を報告すると、1秒も待たずにお兄ちゃんから返事が来る。

「三丁目の公園に向かってる!!」

『分かった、オレもそっちに向かう』

『こちら、クロ、三丁目の公園を狙撃できるポイントまで向かいます』

 2人共、ちゃんと理解してくれたらしい。

 こっちはこっちで、死神に気づかれない内に公園に向かえば良いだけ……。


《ほぅ、お主は飛べるのか。色々な者を見てきたが、飛ぶ人間は初めてじゃ》

 逃げ切ったと安堵していたのに、どこからともなく死神の気味悪い声が聞こえてくる。

 姿が見えないだけで、どうやら死神はこっちを見ている。


 天性の危機感知能力が警報を鳴らした。

 姿を隠す術を持ってるのかは知らないけど、肉食動物が獲物を殺そうと息を潜めているように感じる。

 上空500メートルまで飛行する。

 ここまで飛べば目視は不可能のはず。

 後はここから三丁目の公園まで一気に飛べば良い。


 深呼吸する、大丈夫、イケるイケる。


 一気に降下する。

 死神に察知されたとは思えない。

 完全に疾風カゼになった私は公園の木に陰に隠れる。

 ここでお兄ちゃんが来るまで一休み……。


《隠れても無駄じゃよ。お主の気配はもう覚えたからのぉ》

 !!!?

 驚いた瞬間、死神の姿よりも日本刀が視界を襲う。

 回避能力が起動しない、首を刈られる感覚があった、しかし首の皮は事実上繋がっている。


『被害者である少年たちは日本刀のような刃物で斬られたと証言しているのだけど、肉体はおろか、衣服にすら斬り傷はないの』

 ななちゃんは確かにそう言っていた。

 痛みはある、けれど傷はない。

 傷はないのに脳みそには斬られた感覚が染み付いてる。

 こりゃトラウマになるわ……。


「どんなトリックか知らないけど、どうして斬らなかった?」

《言ったはずじゃ。わっちは男しか斬らぬ。妖術使い》

 妖術?魔法のことを言っているのか?

 確かに魔法ってのは機関に言われたからそう納得したけど、特殊能力とか妖術とかそんな言葉でインプリンティングされたらそれでも納得してしまうかもしれない。

 なにせ魔法と言っても魔力なんて概念は聞いてない、強いて言えばスタミナ程度である。

 って、待てよ?

「私のことを妖術使いと言うけど、アンタだって同類じゃない?」

《……なるほど、わっちの正体を知ったから捕まえに来たのかと勘ぐってしまったが、どうやら違うらしい》


 どうやら死神は追手を気にしてるらしく、私がその追手だと思っていたらしい。

 けれど、追手を気にしているのに、なぜこんな平凡な町で男ばかりを襲っているのだろうか?

 理解できない、時間稼ぎの意味も込めて質問してみるか。

 この死神、ただの殺戮者ってわけでもないっぽい。


「アンタ、何者?」

《何者とは?》

「何のためにこんなことを続けているのかって訊いているんだよ」

《存在証明じゃ》

「存在証明?」

 斜め上の答えが飛んでくる。

《わっちはわっちが理解しているほど、自分を理解しているのか定かではない。ならばわっちはわっちをより理解するために行動する必要がある》

「そのためにこんなことを夜な夜な?」

《そうじゃ、真宵に一人で歩いている男などろくでなしに違いなかろう?》

 まぁ、不良少年でしょうね、もれなく、私たちを含めて(少年じゃないけど)

「だとしても、もっと健全な自己証明とかあるでしょ」

《残念ながら、わっちはお主が思っているほど、『人間』らしくはないのじゃよ》

 再度、死神の刀が煌いた。

 今まで見てきた剣閃の中でもトップクラスのそれは、眼で追えても体がついてこない。

 眼前に迫った刃が金属音を奏で遠ざかる。

 思考が展開に追い付かないが、どうやら私は助かったらしい。


「おい、クソアマ、オレの妹を襲うとは良い度胸だ」

 メリケンサックを両手に装備したお兄ちゃんが、初めて見るほど怒りに満ちた顔で死神を睨み付けていた。 

《わっちの剣閃を完全に見切るか……なかなかやるな、主》

「黙れ。発言権を認めた覚えはない」

 空気が震えた。

 声には尋常じゃない威圧感が籠っている。

 目の前にいる男は、すでに私が知っている兄の顔ではなかった。



「久しぶりだ、オレがここまで本気マジになるのは」

《男か。わっちは男しか斬らないと決めている。お主の方が……》

 刹那、言葉よりも迅くお兄ちゃんは死神を殴った。

 迅すぎた。その迅さはシルヴィアが銀行強盗をボコった時と同速、いやそれ以上。

 けれど死神はあの迅さのお兄ちゃんに対応したらしく、刀、いや鞘で打突を防いだ。

「御託は無しだ、快楽殺人者シリアルキラー。刑務所に送ってやんよ」

《よく分からない言葉で挑発されても何も感じぬが、まぁい。久々に人をコロせそうじゃ》

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