第6話、伽羅の拳は炎の御子と交わる
「月宮!!」
2人で夏祭りを楽しもうと思うと、今度はクラスメイトの田中(♂)がやってきた。
モテる女は辛い。
「アカリン、誰だこれは?」
「私の……舎弟かな?」
「なるほど、舎弟か」
納得するりぃちゃん。
「誰が舎弟だ!!」
そして抗議する田中。
田中の抗議をスルーしたい、というか田中の存在をスルーしたい。
「それで?何か用?」
「オレたちの代わりに子供相撲に出てくれ!」
「え、ヤだよ」
どんな展開だよ。
男子がクラスメイトの女子に相撲に出てくれと懇願するって。
日本中を探しても他に居ないだろ。
「そこを曲げて是非!!」
「イヤだって。私は友達と夏祭りを楽しみたいの」
「だから頼むって!オレたちも出来ることなら自分たちの力で解決したいと思ってる」
「解決?意味が分からないし、協力する気もない」
「お願いだ!頼む!!」
「しつこい!!」
動き辛い浴衣姿で顎を蹴り上げる。
自画自賛に値する蹴り技である。
「だいたい、親分でもなんでもないのに、どうして私がアンタなんかの面倒をみないといけないんだ?」
「い、いやぁ……そのぉ……」
「子供相撲で賞金とか景品が出るのか?」
「で、出ないです」
「殴ったろか、このヤロウ」
胸ぐらを掴み恐喝でもしようかと思っていたら、傍観していたりぃちゃんが口を挟んできた。
「まぁ、落ち着け。ここまで言ってるんだ。直接現場に行った方が早い。それとも、何か目当ての出店でもあるのかい?」
む、仕方ない。
そりゃ夏祭りなんて適当にはしゃぐだけのイベントだけどさ。
なんか癪に障るじゃん?
頼られるのは好きでも利用されるのは嫌いなのだ。
▽
適当に出店を楽しみながら相撲会場に向かう。
急かしている田中が煩かったが、さすがにそこは譲歩してもらう。
そんなわけで田中と懇願されてから15分後。
変質者としか思えないこげ茶色の全身タイツの上から白い廻しを装着しているブラウンが男子を投げ飛ばしていた。
「おらおらぁ!!なんだ、なんだ?もう終わりか?だらしない野郎しかいないのか!」
野蛮な番長のようなイカれたセリフを吐いていた。
うっわ、関わりたくねぇー。
「ご覧の有様です」
ご覧の有様、と言われても男子がボコられてることしか分からない。
加えてブラウンの他に女子はアオちゃんと変態銃マニアである黄金レイ。
あとはモブっぽい男子が10人とちょっと。
「悪鬼羅刹の茶野豊か」
「え?アイツも二つ名とかあるの?」
「そりゃ、あの『黒き魔女』と互角に戦ったとか何とか」
ナチュラルに『黒き魔女』とか言われても困るんだけど。
なんなの?前提知識レベル高くない?私が噂に疎いだけ?
「じゃあ、あっちのオマケ感が漂ってる黄金レイもあるの?」
「あれがある意味一番有名さ。Gスコーピオンの黄金レイ」
「Gスコーピオン?」
百鬼夜行や悪鬼羅刹のような四文字熟語を想定していたけど、それは180度裏切られた。
中二病にはちょっと早いんじゃないんですかね?
まぁ、中二病ってガキのごっこ遊びってことだけど。
「ゴールデンのGなのかゴッドのGなのかは知らないけど、FPS界ではGスコーピオンというハンドルネームを知らない者はニワカくらいの実力だってさ。去年韓国で開かれたFPSのアジア大会で準優勝するくらいの猛者だとか」
FPS、つまり一人称視点で銃を乱射するタイプのシューティングゲームか。そのアジア大会で準優勝とは敵ながら天晴れ。
「その大会ってジュニアカップか何か?」
「いや、年齢制限無しのマスターカップ」
「年齢制限無しで準優勝ってのは凄い」
現在、eスポーツはアメリカと韓国の二強だと言われてる。
日本でこそ、まだまだゲームに熱中するのはオタクくらいだとバカにされているけど、確実にゲームはスポーツとして認識され始めている。
しかも、韓国人にとって、野球やサッカーよりもゲームの方が人気とすら言われており、韓国の首都である釜山はゲーム大会がユーラシア大陸で一番盛り上がっている。
アジアで2番目に強い、ということは世界的に考えても5本の指に入るレベルの実力と言って過言ではないだろう。
「おいおいおい!何だよ、この程度で終わりかよ。男って言ったって雑魚ばっかじゃ話にならねぇよ!!」
「あ、紅莉だ」
敵だけしか見ていないブラウンと私を見つけたアオちゃん。
うわぁ、予想はしてたけど嫌な展開になってしまった。
「なんだ、月宮紅莉が居たのか。ちょうどいい、相手してくれよ」
「ヤだよ、そんな全身タイツに廻しをしている人間の相手なんて、こっちが恥ずかしい」
「んじゃ、そっちの方でいいからヤろうぜ。まだまだ燃えたりない」
私に断られたブラウンがりぃちゃんを指名した。
「ん?あたし?」
イカ焼きを頬張りながらすっとんきょうな返事をする。
この展開はさすがに予想外だ。
戦うのは誰でも良いのかよ……。
恥を知れ、恥を。
「りぃちゃん、無視でいいよ、あんな戦闘狂は」
「とはいえ、このまま無視するよりも軽く戦った方が早いっしょ?」
と言いながら、りぃちゃんは黒セーラー服のまま土俵に上がった。
「お?ヤる気かい?」
「このままの格好で良いなら、相手をしよう」
うっわぁ……なにこの展開?
誰か説明してよ、私以上のアホなんてそうそう居ないのに私以上のアホが2人も居るよ……。
「あれが噂の純血のフィンランド人の再従妹?」
ここで親友2人が音もなく登場。
1人は綿あめを頬張り、もう1人は焼きそばをすすりながら食べている。
「いや、あれは最近知り合った友達」
「あ、そうなの?姉妹と見間違うくらいに似ていたからてっきり」
え?そんな似てる?
「うん。ねぇ?マヤ」
「そうだね、けど紅莉ちゃんよりもお兄さんの方に似てる気がする」
「あー、言われてみればそうね」
え?お兄ちゃんにも似てる?
私には別人にしか感じないんだけど、この親友2人にはそう見えるらしい。
双子が自分たちのそっくりさに気づかないような感じか?
でも、遠回しにお兄ちゃんに似ているって言われているようなのは悪い気がしない。
血の繋がった実の兄妹だからね!
「というか、あの子が私の妹って可能性はおかしいでしょ」
「あら、なんで?」
「だって、あのセーラー服は音原中のじゃん?」
「そうね、あの制服は音原中の『だった』わね」
え?だった?過去形?
「紅莉ちゃん、もしかして忘れてる?音原中は新制服になったじゃん」
「あぁ、そういう意味か。でも旧制服を着ている人だっているでしょ?まだそんなに経ってないんだから」
「違うわ。新制服になったのは2年前。つまり、今の3年生が1年生の時に新しくなったの。この意味を冷静に考えてみなさい」
あぁ、なるほど、2年前に変わったって事は現役の音原中生で旧制服を着ている人はいないわけか。
「そ、可能性でありえるのは家族や近所のお下がりをコスプレ感覚か機能性重視で着ているかでしょうね。音原中からすれば面倒でしょうけど」
「だねぇ~。音原中の生徒じゃない人が音原中の制服を着て町中を歩いているわけだから」
オマケにこんな夏祭りの中で相撲をしているのだから風評被害の極みか。
私みたいな第三者からすればどうでも良いことだけどね。
そんなことは音原中の先生が考えれば良い話である。
「ところで、子供相撲のルールって?」
「行司のおじさんもそこまで詳しいほうじゃないから、普通に土俵から出るか足の裏以外の部位が接したら負けってルール。パンチやキックは論外、張り手も禁止。投げ技オンリー」
「投げ技オンリーねぇ……」
にもかかわらず、2人とも構えがおかしい。
相撲の構えって前傾姿勢でしょ?なのに、2人ともボクサーのように拳を突き出しやすいように構えてる。
りぃちゃんはともかく、ブラウンがルールを理解していないってどゆことよ?
「は、はっけよーい……のこった」
行司のおじさんが戸惑いながら声を発す。
先に動いたのはりぃちゃんだ。
鋭い右ストレートが顔面を狙った。
ブラウンはそれをボクサーのように華麗にかわした。
しかし、りぃちゃんの腕はブラウンの後頭部を掴んで引き寄せる形で投げた。
並みの人間なら確実に決まったはず。けれどブラウンはそれを大股で踏ん張った。
踏ん張ったブラウンは刹那の迅さでりぃちゃんの服を掴み、投げ飛ばした。
投げられたりぃちゃんは空中で体勢を整え、手を使わずにスマートに着地。
なんだ?このレベルの高い子供相撲は?
というか、これは相撲なのか?
相撲に詳しくないけど、これが一般的な相撲ではないことは理解できる。
「マジで凄いな、月宮の妹は」
今度は田中が喋りかけてきた。
「いや、妹じゃないから」
「え?アレが噂のジャーマンじゃ?」
「ドイツ人じゃねぇよ、フィンランド人だよ」
ドイツ人は師匠だよ。
「オレたち日本人がその違いを理解しろと?同じヨーロッパ人の白人じゃねぇか」
その理論なら、人間はもれなく霊長類、サルの仲間ってことにもなるだろ、究極的な話。
「というか、何がどうしてこうなったわけさ?」
「あぁ、オレたち音原小と向こうの鏑木小のヤツらでケンカになってたのを、変なメイド服を着たお姉さんが『子供相撲でケリをつけなさい』って提案したんだよ」
変なメイド服……心当たりがある……。
というか、この辺りにコスプレイヤーが出没するとは思えないし、今時メイド服を着ている人間なんてあの人を除けばメイドカフェの店員しかいないだろう。
この辺りにメイドカフェがあるって話は聞いたことないけど。
「でもって、鏑木小のヤツらは卑怯なんだよ。あの悪鬼羅刹にオレたち音原小の男子が敵うわけなく、仲間たちをボッコボコにしまくって……」
「なさけない。確かにウチの小学校で私よりも強い男子はいないけどさ」
女子で考えても対等に闘えそうなのはななちゃんくらいである。
「オレたちはお前らみたいに護身術のエキスパートじゃねぇんだよ!あくまで一般人だ!」
「はいはい、弱い犬ほど良く吠えるね」
「ぐぬぬ……」
しかし、そんなブラウンと互角に戦っているりぃちゃんの戦闘能力の高さに驚く。
魔法を使ってるのか知らないけど、ブラウンは相手の動きに対応する能力が高いことは知ってる。
あの時は一応魔法を使っていたみたいだけど、完全に手も足も出なかった、というよりも突きも蹴りも当たらなかった。
「秋山さん」
「お呼びですか?」
やっぱり居たか、この神出鬼没の謎メイド。
「この相撲、どう思いますか?」
「そうですね、海外暮らしが長かったので相撲には疎いですが、この2人、どちらのポテンシャルも非常に高いことは分かります」
「そんなことは私だってわかります」
解説役には我々が分からないことを開設してもらわなければ困る。
「問題は、投げ技オンリーという固定概念を2人とも無視しているということです」
そりゃ問題でしょう、反則ですよ、反則。
しかし、一応深くまで聞いておこう。
「どういうことですか?」
「スポーツというのはルールや形式を遵守することで成り立つものなのです。審判がファールと宣言しなければどのようなプレーにも違法性は発生しないものです」
「はぁ……」
「紅利様も気づいているでしょうが、あの黒セーラーの子はすでに負けています」
「え!?」
「おや、まだ気づいていなかったのですか」
「どういうことですか?」
「すでに土俵から出ています」
その言葉を聞いてから土俵を確認すると、りぃちゃんが着地した付近の縁の外に微かながら足跡があった。
「選手当人や行司含め、観客のほとんどが気づいていません」
その通りだろう。
見た限りだけど、りぃちゃんが負けたことに気づいている人は居ないようだ。
この私ですら気づかない迅さで足が外に出ていたことになる。
「あちらの水無月の娘は気づいているようですが」
くだらなさそうに相撲を観戦しているアオちゃんを見てみたが、くだらなさそうな顔をしているため、本当に気づいているかどうかは分からない。
子供相撲に興味がないからなのか、相撲を本気で楽しんでいるブラウンに呆れているからなのか。
おそらくどっちもだ。
「ブラウンは、向こうの全身タイツの方は気付いているのでしょうかね?」
「微妙ですね。マジメな話、どちらも本気を出していないので、気にしていないのでしょう」
「そりゃ投げ技オンリーですからね」
一応、相撲だし。
「違います。どちらも本気で投げて試合を終わらせようとしていません」
「2人とも相撲を楽しんでいるってことですか?」
「あちらの廻し姿の子は楽しんでいるから本気を出していないのでしょう。しかし、黒セーラーの方はなぜか全力を意図的に出していません。セーブしながら戦っている。ギアを徐々に上げていくという表現よりも、ローギアでどこまで戦えるかを楽しんでいる感じでしょう」
何を考えているのかね?
戦った方が早い、と言っておきながらそんな縛りプレイしたら試合は長引くぞ?
「おそらく、水無月の娘が退屈そうにしているのもそういうことなのでしょう。観客が哀れにすら感じる。こんなもの、子犬がじゃれあっているようなものですよ」
そこまで辛らつな評価ですか……
レベル高いと思ってたんだけど。
「あのセーラーの子はポテンシャルは高いけれど、ルールに縛られると途端に弱くなるタイプです」
私とは間逆のタイプだ。
「そして一番の問題はスカートを履いているくせに、スパッツとかを履いていないことです。パンツが丸見えでしたよ。クマさんプリントが3回は晒されて、見てるこっちが恥ずかしい」
羞恥心を抱いて!!
「しかし、見れば見るほど……」
「秋山さん?どうかしましたか?」
「……いや、考えすぎか。年齢的に考えて有り得ない」
「は?」
「自己完結したので紅莉様に説明する気はありません」
気になることではあるが、気にしても仕方がないのでスルーしようか。
「なら、1つだけ忠告しておきます。あの黒セーラーとはケンカしないでください。ほぼ確実に負けますから」
「は?りぃちゃんはそんなに強いんですか?」
あのブラウンと対等に戦えている時点で強いことは分かる。
しかし、ほぼ確実に負けると言われるのは癪に障る。
「えぇ、かなり。ちなみに今の紅莉様の戦闘力はあちらの水無月の娘未満です」
9歳未満だとっ!?
ちょっと待て!この前アシュリーもアオちゃんと渡り合えてたぞ!
少なくとも私は雑魚じゃんか!!
「紅莉様、上には上がいるのでございます」
分かってますけども!!
「さて、それでは私はお嬢様の警護に戻ります。夜だからといって、はしゃぎ過ぎないでくださいね」
「……リョーカイ」
不満げな顔で返事をしたが、皮肉が通じないアラフィフには通じなかった。
私もアシュリーを見つけて帰るかな。
なんかあの2人、友情が芽生えてそうだし、このままここに居ても居心地が悪い展開になりそう。




