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第5話、真紅の炎と真夏の祭り

Wooウォー!見てください!こんなに出店が並んでいマスよ☆」

「そりゃま、祭りだからね」

 夏の風物詩と言えば夏祭り。

 そんなわけで、日本に観光気分か何かで留学してきたアシュリーと共に近所の夏祭りにやってきた。

 出店なんて夏祭りかお正月くらいしか見かけないけど、まぁそんなことはどうでも良いだろう。

 こういうのは楽しんだもの勝ちである。

 茶々を入れるのも野暮。

「こういうのはまず……」

「腕が鳴りマスねぇー!!」

 祭りの楽しみ方を教えてあげようと思ったのだけど、興奮したアシュリーは楽しそうに尻尾を振る子犬のように人ごみに向かって走っていった。

 え?なに?私、要らない子?


 ……仕方ない、私は私で適当に回るか。

 こんな展開になるなら、普通にななちゃん達と来れば良かったなぁ。



 出店を散策していると、妙な店舗を発見した。

 妙なポイントその1、出店の周りに客が集まっている。

 普通の出店に行列ができること自体が珍しいし、りんご飴やチョコバナナ系なら他の店で食べても味はそんなに変わらないだろう。クジなんて論外、こんな所のクジはボッタクりで有名。

 クジを引くのは、人生経験が足りないバカな子供が世間の理不尽さを学習するためのようなもの。

 さて、それでは、この出店の何が他の店と決定的に違うかと言うと、それは妙なポイントその2である。


 妙なポイントその2、出店の名前がまさかの『オムレツ』だった。

 こういう腹持ちの良い食べ物の定番となるとお好み焼きやもんじゃ焼きだろう。

 次点でたこ焼きやイカ焼き辺りと思う。

 しかし、そんなソース味の香りとは無縁のオムレツという異様な店名には誰もが一瞬驚くはず。

 オムそばならまだしもオムレツ。

 オムレツとはクオリティを下げれば子供でも簡単に作れるが、実は料理学校では基本技術を習得する練習として作られる。ホテルの朝食でも人気の卵料理であり、女性人気も強い。

 調理器具の問題、そして客に提供する時間などを考えると、出店向きではないと素人的には考える。

 一体全体、どこのバカがこんなものを出店にしようと思ったのだろうか?

 そう思い、行列を掻き分けて店主の顔を見に行くと、そこに居たのはゆうくんだった。

「ゆうくんっ!?」

「やぁ、紅莉ちゃん。ばんはぁー」

「こ、こんばんは……って何やってるの?」

「何って店の手伝いだよ、見て分からなかった?」

 それくらいは分かる。

 子供だからってバカにしないでもらいたい。

「いや、凄い行列だから何事かと思って」

「あぁ、そういうこと。オヤジはスゲぇわ、これだけの客を捌いてるんだから」


「は?」

 よくよく観察していると、ゆうくんはゴミ捨てと会計しかしていなかった。

 そして、オジさんは8つのフライパンを並列に使ってジャグリングをする曲芸師のように華麗に調理している。その光景はフランベで客を魅了する高級料理店のシェフもビックリするくらいの料理ショーだった。

 メニューを見てみると、オムレツ1つで200円。野菜やチーズなどのトッピングが50円。そして見物料が10円。見物料は任意のようで、貯金箱っぽいのが出店の柱にくくり付けられていた。


 見物料がジョークだとしても、オムレツが200円というのはコスパが良いだろう。

 おまけに回転率も良い。料理ショーの迫力に惹きつけられてる客も多い。

 凄い商売だ……。

「ゆうくん、儲けてるの?」

「残念ながら、オムレツが200円と安くてね。完売しても利益は1万円くらいなんだよ」

「そりゃ微妙だね」

 夏祭りは出店の用意を含めないでも実働4時間くらいだ。

 2人で5000円ということは時給は1250円くらい。

 深夜のコンビニのバイトとほとんど同じなのだからそこまで潤ってはないはず。


「他のお店はちゃちいお好み焼きで500円くらい取るのにウチのオヤジはこれだからね……はぁ、金が欲しい」

「大人のその言葉は重みが違うよ」

「んじゃ、オレは仕事に戻るけど、紅莉ちゃんはどう?オヤジのオムレツは美味しいよ?」

「うーん、じゃあ1つ、プレーンで」

 他の出店でお好み焼きを食べるくらいならコスパの良さそうなオムレツでお腹を満たし、帰りにコンビニでから揚げとかを食べるのが懐事情に良さそうだ。

 別に経済は回しているんだから文句を言われたくない。


 ところで、お祭りの出店って儲かるのだろうか?

 金魚すくいなんかは儲かりそうだけど、あれはどうだろう?

 金魚は1匹10円くらいらしいし、ポイも1枚10円らしい。

 景品用のビニール袋はたぶん5円くらいと予想できる。

 ポイ5本で1回500円と仮定して、平均で金魚が2匹掬われると考えると1回辺りの利益は……400円強。

 たった25人で1万円。1日で50人は来るだろうから2万円も稼げるのか。

 回転率も良いだろうし、出店やるなら金魚すくいだね。


 待つこと約10分、高速で量産されるオムレツのおかげですぐに私の番が回ってきた。

 オムレツにはデミグラスソースがかけられている。

 料理のクオリティは高いんだけど、これが紙皿に盛られているのが残念で仕方がない。

 割り箸でつついて食べてみる。

 ……うん、普通に美味い。

 しかし、それ以上にコメントできない普通の味である。

 いつも食べてる定食屋のオジさんが洋食を作っただけで、あまり変わらない気もする。

 むしろ、あの料理ショーの方に力を入れていた気がする。

 あそこまで見世物に特化する必要なんてたぶんないだろうし。


「うぃっす、アカリンも来てたのか?」

 そんなことを考えながら歩いていると、お面を即頭部につけて水ヨーヨーを装備している黒セーラー服の女子がオムレツを食べながら話しかけてきた。

「……りぃちゃん?」

「なぜに疑問符?」

「いや、そんなしゃべり方じゃなかった気がしたからさ」

「……やっば」

「は?」

「あー、気を緩めると素になるんだよ。病気みたいな。なんつーか、男口調?気をつけてはいるんだが……こればっかりは難しい」

 どうやら、本気で悩んでいるらしい。

 私は口調とか気にしないけど、躾の厳しい親ならそういうの煩そうだ。

 まぁ、それほどテンションが高くなるほどに祭りをエンジョイしているのは良い事だろう。


「ガーリーになりたいの?」

「いや、そうじゃない、別段問題はないが、人として間違っている気がするんだ」

 あくまで『人として』か。

 まぁ、分からなくはない。

 男口調ってのは褒められるものではない、性別問わず。

「なるほど、だいたい分かった。ここは私が一肌脱ごう!」

「いや、協力を願った覚えはないんだが……」

 そんなこんなでパーティを組んで、タッグで夏祭りを楽しもうと思ったその直後。


『おい、クソガキ!!まさかこんな所で再会するとは思わなかったゼ!!』

 むさ苦しい英語でメタボ体系の黒人の大男が話しかけてきた。

 いや、正確に言うと話しかけられたという自覚はないが、無視したくても、臭くて汚くて気持悪い3Kの醜悪な存在感からは逃げられなかった。


『どこの誰だか知らないが、見ず知らずの女の子をクソガキ呼ばわりとは、礼儀知らずという次元じゃないだろ』

 こちらも英語で返事をする。

『なんだ?ジャップの小娘は記憶力に乏しいのか?』

 ん?なんだ?この黒人は私のことを知っているのか?

 ただいま記憶の整理中。

 …

 ……

 ………あ、思い出した。

 去年のハロウィンで絡んできたマグナムが小さそうなクソ外国人だ。


「アカリン、これはなんだ?」

「さぁ?絡む価値もない他人だよ。無視安定」

「そうか、知り合いかと思った」

「あんなゴロツキと知り合いだったら、私の人間としての価値が下がるよ」

「全くだ。この平和な日本にあんなスラム街のボス猿みたいな木偶の坊がいるとは思わなかった。この国の入国審査官は仕事をしているのか?」

「公務員の仕事なんて適当だよ、こんなんだからテロリストの侵入を許すわけさ」

「悲しいな、世界が平和になる日は来ないのだろうか」

「来て欲しいけど、世界中の誰もがお手々繋いで笑いあえる世界なんてありゃしないよ。少なくとも、アメリカみたいな大国が他の国の価値観を許容できるようにならないと来ないだろうね」

「冷徹な現実だな」


『このクソアマ!無視してんじゃねぇ!!』

 黒人の大男は何を思ったのか拳を振りかぶった。

 避けるつもりだったのだけど、りぃちゃんはその腕を掴み、綺麗に背負い投げした。

「は?」

 2メートルを裕に超え、150キロはあるであろう大男を軽々と投げ飛ばしたその光景は異常だった。

 なにより異常に感じたのは投げた時の音だ。

 着地の音が耳に残っていない。届いていないというのが適切だろうか?

 まるで、重力が無くなったかのような完璧な技術で投げ飛ばしたとしか思えない。

 合気道か柔術か、どちらにせよ華麗な武術である。


『おい、デカブツ。テメェが何者で、連れとどういう関係なのかとかそんなことには興味がない。だが、これ以上、オレの時間を奪うってんなら、その粗末な局部を潰してでもお引取り願おうか』

 流ちょうな英語で大男を脅すりぃちゃん。

 その威圧感は只者ではない、シルヴィア達とは一味違う凶気を感じる。

 大男は映画のやられ役のように無様な姿を晒したまま、私たちの前から消えていった。


「さて、これからどうする?」

 何事も無かったように振る舞おうとするりぃちゃんを、私が何も感じなかったと言えば嘘になるが、何を感じたのかは私もはっきりと理解していない。

 けれど、彼女に対しては妙な感触に襲われた。

 尊敬とも恐怖とも違う妙な感触に。

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