第4話、漆黒の戌と未知の真実
〔クロside〕
ソレイユ閣下に指示された店にやってきた。
店は貸し切り状態であり、店員に事情を話すとすんなり理解してくれた。
予め、この店員にも何らかの指示を出していたのだろう。
エレベーターに乗り、地下3階にまで降りる。
この店、どうなっているんだ?
怪しげな極道の直営店なのか?
などと考えていると、エレベーターの扉が開いた。
扉の前では『5th』と左頬に小さく書かれたマスクをつけた女の子がいた。
おそらく、この子が会合の場に案内してくれるのだろう。
しかし、女の子は無言のまま歩いた。
ついてこい、という仕草はなかった。
どうやら、完全に自己判断らしい。
こいつらには人を召喚した自覚がないのか?
女の子の後をついていく。
そして、ある個室の前で止まり、女の子はドアを開く。
首で『入れ』と指図され、不本意ながら個室の中に入った。
中に入ると、ソレイユ閣下は特撮モノの司令官のような構えで座っている。
そして、その周りにさっきの女の子同様にナンバーが書かれているマスクをつけた女の子が10人弱並んでいる。
護衛か?そんな心配がいる相手とは思えないけど。
「座りたまえ」
「では、遠慮なく」
アタシが座ったのを確認したソレイユ閣下は指をパチンと鳴らし、先ほどの5th(と呼称することにしよう)が用意していた料理をアタシに配膳した。
「毒は盛って居ないから安心して良い」
「そっちこそ安心してください、そんな心配していたらこんな所に来ませんよ」
皮肉を言うが、そんなことが通じるような精神の持ち主ではない。
居心地が悪いな、アタシはバカみたいなノリの方が合ってる。
「招待に応じてくれて我は嬉しいよ」
「なら、そっちの怖い人たちをどうにかしてもらえると有難いんですが?」
「残念ながら、彼女たちは我の親衛隊でね。機関では彼女たちを『ナンバーズ』と呼んでいる」
「そうですか」
親衛隊、というよりも特殊工作部隊とか暗殺部隊という方が彼女たちが発しているオーラには似合っている。
とはいえ、ここまで露骨に敵意をむき出しにされるのも気分が悪い。
「ちなみに紫苑も『ナンバーズ』の一人だったのだよ」
その言葉で無意識に身構える。
身構えたアタシを警戒するように『ナンバーズ』とやらは全員アサルトライフルを構え、銃口をこちらに向けてきた。
さすがにこの数相手では分が悪い。
「諸君、休め」
構えを解く『ナンバーズ』
どうやら、攻撃の意志はあっても、ソレイユ閣下の意に背くつもりはないらしい。
「さぁ、楽しい会食にしようじゃないか」
満面の作り笑顔で微笑まれる。
普通人なら本気で楽しい会食にする気はないと思うだろうが、この人の場合、マジでそう思っているから恐ろしい。
でも、この程度の展開は予想内。
問題は、なぜ閣下はこんな茶番を催したのかって点。
「閣下、アナタはアタシとお喋りするためにこんなことをわざわざ?」
「もちろんだ。罠にハメるならもっとスマートにやる」
ごもっとも、この人ならもっとえげつない方法を躊躇なくやってのけるだろう。
コンクリートで舗装された道路に一晩で落とし穴を仕掛けることも難なくこなすに違いない。
「では、まず一つ訊きます。なぜ、ファイアモールのハンバーガーショップの隣の女子トイレが機関の秘密基地と繋がっていたのかの納得できる理由をお聞かせ願います」
一番の疑問はこれだ、あんな特徴のないショッピングモールの一店舗がどうして基地に繋がっていたのか、そしてそれがなぜ未だに繋がっていたのか。
「それは我があのショッピングモールのオーナーだからだ」
「は?」
あまりに想像を超えた回答が返ってきたために素で反応してしまった。
「聞き逃したか?我があのショッピングモールのオーナーだと言ったのだ」
「いや、聞こえてはいましたけど、……あのショッピングモールを買収したんですか?」
「問題でもあるのか?」
問題点はないけど、不自然すぎる点だろ、常識的に考えて。
「何のために?」
「意味なんてない。ただショッピングモールを買収したかったからだ。他に質問は?」
買収したかったから?そんなアホな理由で数千万、いや数億、数十億円規模の買い物ができるわけがない。
「冗談にしては面白くないですね。金持ちの道楽にしても現実味がない」
「地元民のくせに知らないのか?あのショッピングモールは営業不振でな。3年ほど前から株価が暴落。破格の値段で取引されていた。そこに手を出したのがこの我だ」
その情報は知っている。閉鎖寸前だったことはこの町に住んでいる人間なら7割は知ってるだろうね。
でも、このあたりの映画館はあそこを除けば繁華街まで行く必要がある。
交通費を節約したい若者からすればあそこは利用したいショッピングモールでもある。
十分、高い買い物だったはず。
「仮にそれを信じたとしても、アナタにしては不毛な買い物ですね。もっと賢い人物だと思ってましたよ」
「恥ずかしい話、実はジャンクフードが大好きなのだよ。特にあのハンバーガーチェーン店は贔屓している」
「……じょ、冗談でしょ?」
「嘘ではない、これでもあそこの大株主だ」
頭が痛い、この人があんなチープなハンバーガーを好んでいたって?
バカな、ありえん。
「ちなみに駄菓子も好物だ。アメリカの菓子は気に食わんが、日本のスナックの味は我を狂わせる魅力がある」
嘘でしょっ!?
どうしてアタシの周りの超人は常軌を逸した甘党だったり駄菓子好きだったりする!!?
普通は高級フレンチとかそういうもんでしょ!!
ブルジョワは大人しくフォアグラでも食べてろ!!
「まだ信用してくれないのか?仕方がない、7th」
「はい」
ナンバーズの1人である少女が異次元ポケットから何かを取り出した。
その何かとは……。
「う○い棒、めんたい味」
「くはっ……!」
常識が破壊された。
素人はサラダ味やコーンポタージュ味の方がメジャーだと勘違いしてしまうが、実際の一番人気はめんたい味なのである。
いくら完璧超人でも、市場調査をしなければ一番人気がめんたい味だとは分かるわけがない。
もちろん、総帥がう○い棒の一番人気を調査した保証はないが、この状況ではどう考えても『めんたい味が一番好きだから買い溜めしている』ということになる……。
つまり、ショッピングモールを買収するほどの成金がジャンクフードや駄菓子を好む庶民的な舌の持ち主だと!!
世界はおかしい、アタシなんてチープな食べ物は口に合わないから小遣いのほとんどは美食巡りに消えちゃうのに!!
「話を戻そう。ファイアモールがあの施設に繋がっていたのはこちらのミスだ。謝罪しよう」
「謝罪?あの日もモールと施設は繋がってた。それはどうしてなんです?」
「あの日?何の話だ?別日にも繋がっていたという報告は今初めて受けたが?」
誤魔化している様子はない、どうやら本当に知らないらしい。
「月宮紅莉が黄金レイとシルヴィアの2人と戦った日のことです」
「あぁ、君と月宮紅莉の2人はあそこからやってきたのか」
それを聞いた『ナンバーズ』の一人がメモを取った。
どうやら記録係らしい。
しかし、あのモールが機関の本部と繋がっていた理由は分かったが、『誰が、どうして』繋げていたかは分からない。
というよりも、あのモールは基本的にはあの施設には繋がっておらず、それなりの権限を持った人間が仕組まなければならないらしい。
問題はその『ミス』が意図的な必然なのか、それとも失念による偶然なのかどうかだ。
「では次の質問です。アナタは陰で何をしているのですか?」
「『世界平和に貢献しています』なんて、馬鹿馬鹿しくて真顔では言えないだろ?」
失笑しながら答えた。
その返答は間違いではない、しかし不適当ではある。
あの日、あそこで見たもの、そして口封じのために紫苑がアタシを殺そうとした事実から推測すれば導き出される答えは。
「クローニング、それが機関のやろうとしていることなのではありませんか?」
「……否定だ」
妙な間が存在した。
ソレイユ総帥なら、この程度の質問に即答できたはず。
やはり、虚言か。
「本当ですか?なら、アレは何だと言うのですか?」
あそこには、機関の研究所にはSF映画にあるような人間を培養できる大きさの筒の中に、人間が入っていた。それこそ、SF映画同様に人クローンを作っていたとしか思えない。
「…………」
「答えて下さい」
問い詰める。きっと、機関は公表できないことが少なからずあるはず。
「そう急かすな。我は説明下手でな、アレが何なのかを貴様に上手く説明できる自信がなかったのだよ」
「では、アレは何だと言うのですか?」
「一言で言えば、タンパク質の塊とでも表すべきものだな」
「肉人形とでも言いたいのですか?」
人間をホルマリン漬けにして剥製でも作る猟奇的な集団とでも自虐する気ではないだろう。
「違う、アレは人間だ」
「では、なんで……」
『そのような表現をしたのですか』と言い切る前にソレイユ総帥の口が開いた。
「アレは人間だが、人間扱いされる事なく散った少女達だ。紫苑のように」
「……え?」
「彼女達は孤児だ。生みの親を含めた肉親は居ない。血の繋がりもなく、行き場もなく、ただの生物兵器としての人生しかなかった魔法少女たちだ。そして、命の華も散らしたわけだ」
「な、なんでそんな人たちが……」
一瞬、アタシは戦慄した。
アタシにも家族は居ない。
交通事故に遭って、父も母も兄弟も皆死んだ。
幸運なことに、アタシには魔法があった。
魔法が使えたからこそ、アタシはまだ生きている。
けど、その魔法が使えたから『殺された』人間もいた……。
「言ったはずだ。説明が下手だと。こんなことを貴様に説明して良いのか思案した。なぜかは分かるだろう?」
もちろんだ、こんなことが他の魔法少女たちが知ればどんな反応をするかを予想するのは難しくはない。
「それは分かります。しかし、なぜ機関はそんな非人道的な事を……?」
「我とて生まれてくる前から機関の全権を持っていたわけではない。機関の歴史は500年近くある。どれくらい昔からあのような生物兵器が存在していたのかは、データに残っていない以上、発言できない」
「じゃ、じゃあ紫苑は……」
「あぁ、『アレら』と同じだ、本来ならばな。それがシルヴィアによって人間扱いされて死んだだけの話だ」
気分が悪い、冷静になればそうだ。
魔法少女はふざけた金額の給料を貰っている、そのうえ死の危険まで孕んでる。
となれば、志願する人間は少ない方が良い。
機関が勧誘しているのも、戦力の拡大ではなく、保護だと解釈すれば納得できないこともない。
「昔、浦原るりという魔法少女がいた。ソイツの実力はシルヴィアが一目置くほどだった。だが、それでも死んだ。所詮、魔法少女などその程度の使い捨ての道具扱いでしかない」
浦原るり。
その名前には心当たりがあった。
シルフィーの憧れの魔法少女の名前だ。
シルフィーが憧れるほどの魔法少女でも死ぬ。
そう、それが魔法少女だ。
だから、シルフィーもアタシが死んだと勘違いしていた。
「我は、彼女達のような人間を一人でも減らしたい、そう考えているだけだ。他意など無い」
その目は、下卑たものではなかった。
それはアタシでも分かった。
この人は、何らかの覚悟を持っている。
少なくとも、アタシを殺そうとした紫苑、もしくは紫苑を騙る偽者とは関係が無いと思う、思いたい。それだけの意思を感じた。
クローニング、で口を濁した人物とは思えない覇気を感じた。
この人も、きっと多くの仲間の死を経験しているのだろう。
「死人に口なし、とは日本人はえげつないことを言ったものだな」
「アレは……生物兵器たちはどうして培養液に?」
「…………それに関しては我の自己満足だ。もしも、遠くない未来に彼女達が人に戻る事ができたら、と」
「ど、どういうことですか?」
「気づかないのか?都合よく、魔法少女の孤児が見つかるわけがあるまい」
「……ま、まさか!?」
「そうだ、彼女達は特殊な薬物で無理矢理魔法少女に変えられた人間だ。天然ではない」
「じ、人体実験……」
吐き気がした。
魔法が使えたから殺されたのではなく、魔法が使えなかったから殺されたのだ。
だが、魔法が使えない確率は99パーセントを超えている。
ほとんどの人間が実験動物扱いでしかない。
「その通りだ。もちろん、薬物の過剰摂取が原因で廃人になった者も多い。廃人だけならまだ良い方だ」
良い方、という表現では死人が居たといっているようなもの、いや婉曲に言っているだけか。
……そうか、さっき口を濁したのはアレを『棺桶』と言いたくなかったからか。
「今、貴様がどのような気分なのかは想像できる。我もだ。我は、機関を中から変えたい。誰かが不当に犠牲になる世界など、平等であるはずが無い」
この一言ではっきりと理解した。
総帥は、確実に人を守るために行動してる。
シルフィーと似て非なる何かを感じたけど、想いの源は同じに違いない。
「紫苑は何らかの理由で貴様を口封じしようとした。何故かは我にも分からない。しかし、ここは彼女の代わりに詫びよう。すまなかった」
「…………日本には、切腹という概念がありましてね」
何を思ったのか、アタシはそんなことを口走っていた。
責任を取らせるつもりか?
「き、貴様!閣下に死をもって償えと言うつもりか!!」
今まで傍聴を通していた親衛隊の一人が声を荒げた。
それとは対照的にソレイユ閣下は冷静でアタシを見据えている。
「それで貴様は満足するのか?」
「……えぇ」
無意識で一呼吸置いていた。
「そうか」
ソレイユ総帥はテーブルナイフを逆手に持ち、刃を自分の腹に向け、躊躇いなく突き刺そうとした。
「待っ!?」
無意識だった。止めなければ、本当に腹を切っていただろうと反射的に理解したために、私は固有魔法を使い、『暗黒』色の靄でナイフの支配した。
もはや、自分でも何がしたいのか分からない。
けど、少なくとも目の前の人間が自分の腹を切り裂くのを見て気が晴れるようなド畜生ではないと分かった。
「どうした?我が腹を切れば満足なのではなかったのか?」
顔こそ平然としているが、おそらく、総帥はこの展開を予想していた。
予想、いやそんなものじゃない。
確信である。もしも、ここでアタシが制止しなかったら、その時点でアタシは総帥にとってその程度の価値しかない人間でしかない。
後ろで待機しているナンバーズとやらの中には回復系の魔法少女が1人くらい入るはず。
あの一瞬でそこまで計算してみせるのが、ソレイユ・ナスタチウムという魔法少女だ。
「……訂正です。あなたが腹を切っても何もならない。気すら晴れないと思っただけです」
「そうか」
総帥は紅茶を飲んだ。目を瞑り、この展開を予測していたと言わんばかりに。
そんな総帥を見て、アタシは居た堪れない気分になり、無言で退室しようとした。
「一応言っておこう」
足が止まる、無意識だったが、彼女の言葉には人を惑わす力があった。
「貴様の気が晴れるなら、腹の傷ごとき、背負う覚悟はあるぞ」
「そうですか……」
それ以上、アタシが思考することはなかった。




