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第3話、真紅の炎は至高の嗜好を味わう

〔紅莉side〕

「おはよう……」

 退院から2日後の午前6時58分、夏休みのぐーたらライフに相応しくない起床をしてしまった。

 なぜだろうか、損をした気がする。

 二度寝したいのに二度寝できないこの屈辱。

 早起きは三文の得とは嘘を言ったものだ、というか三文って何円なわけ?


「おはよう、早起きとは感心だ」

「体がまだ早寝早起きの生活に慣れてるからね……あれ?クロは?」

 我が家の調理当番であるクロが見当たらない。

 アッチの方が寝坊とは珍しいこともあったものだ。

「用があるとかでもう出たぞ」

 あ、どうやら違ったらしい。

 用事があるなら仕方ないか。

「そっか。アシュリーは?」

「ん」

 首でソファの方を指した。

 そしてそのソファで鼻提灯を作りながら眠っているアシュリーがいた。

 この子もこの家に慣れてきたなぁー。


「こっちはこっちで、なんで居間ここで寝てるの?」

「紅莉が寝た後で映画を見たからな、2人で」

「2人っきりで映画だとっ!?」

「何を取り乱している?」

「15歳差とはいえ、アウトでしょ!!」

「お前は何を言っているんだ?」

「えぇーい!私だって映画見たかったよ!!」

「紅莉はいっぱい見てるだろ」

「何見てたのさ!!恋愛モノだったら許さないよ!」

「何を許さないつもりだ?」

「良いから!白状しなよ!!」

「『紅蓮の如く』ってアニメ映画だ。サイレンからブルーレイを借りてきた」

 その映画は私も見に行った。

 摩天楼に憧れる主人公が神奈川の架空の都市で暮らすために抜け忍になることを決意するが、追手に命を狙われるという至って普通な忍者アクションだが、完成度は非常に高い。

 確か監督はアメコミ原作の洋画をリスペクトし、全ての映画好きが満足してもらえるようなものを作りたかったとコメントしていた。

 私的にも高評価を禁じえなかった。シナリオは変なことをせず、王道という褒め言葉は思考停止だけど、万人受けを意識した作りで、アクション映画らしいド派手な25分近くある迫力の戦闘シーンは見物だった。

 ただちょっと主人公が私好みじゃなかったのはマイナス点。


「お兄ちゃんってそういうの興味ないでしょ?」

「映画自体そんなに興味ないからな、オレは」

「なのに、見たと?」

「途中でアシュリーが寝落ちしたら、どうするつもりだ?」

 今は8月、ハワイからの来訪者とは言えクーラーをつけてる可能性は高い。

 保護者が傍にいる必要性は十分あるわけか。

「…………なるほど」

「妙に理解するための時間が必要だったな」

「アシュリーのためなら姉として我慢しよう」

「理由が良く分からないが、我慢してくれてありがとう」

 最後にボソっと『なんで、オレが感謝しているんだ?』とボヤいたけど、そこは紅莉ちゃんはスルースキルを発動させることにしよう。


「ところでご飯は?」

「出来立てを食べさせてやろうと思ってな。飯の前に顔を洗って来い」

「うぃ~~」

 顔を洗い、歯を磨いて再びリビングに参上。

 その数分の間にお兄ちゃんは朝食を見事に用意してくれる。

 クロが居候してからは、ほぼ毎日クロが作ってくれたからお兄ちゃんの朝食は久しぶりである。

 そんなウキウキ気分でトーストを齧る。


「…………ん?」

「不味かったか?」

「その逆。美味しいんだよ」

「それにしてはリアクションが不可解だな」

「いや、献立事態はクロとそんなに変わってないのに、どうして作り手が違うだけでここまで違うのかなって思って……材料もほとんど同じでしょ?」


「トースト以外はな」

「トーストって食パン?」

 トーストなんてのはオーブンに入れるだけの超簡単料理、どのくらい簡単かと言えば、卵かけごはんとどっちが大変かと論議できるほどの超簡単料理。

「あぁ、その食パンは町田ベーカリーのだ。昨日、買ってきた」

 町田ベーカリーは商店街のパン屋さんのこと。

 お兄ちゃんもゆうくんも贔屓するほど良いパンを焼いている。

 今までは何の疑問も感じずに食べていたけど、ここまで美味しかったとは。


「対して、クロのトーストはスーパーで売ってる普遍的な食パンだ。食材の違いはそれくらいか。後はオレがどれだけ紅莉の好みを把握してるかはあるが」

 だとしても、それはせいぜい『目玉焼きの焼き具合』や『味噌汁の具』とかそんなものでしょ?

 事実、今日の朝ごはんは味噌汁にトースト、サラダにベーコンエッグだ。

 この献立で8割の人間が味噌汁に異を唱えるが、私はそんなことを気にするつもりはない。

 しかしだ、これのメニューでどれほど個人差が生まれるというのか?

 ……やっぱあれか?お袋の味的なやつ?

 食べ慣れてる味こそが一番の味、みたいな?


「オレのメシなんてこんなもんだろ?紅莉が美味いと感じてくれればそれだけで良い。ところで、今日はシルヴィアと何か約束してるんじゃないのか?時間は大丈夫か?」

「あれ?今日だっけ?」

 スマホを確認してみるが、本日は火曜日。

 しかし、メールは来ていない。

 あれの性格を考慮すれば、メールを送ると言ったら送るはずだ。


「深く考えるな、シルヴィアはあれで機械音痴の節がある」

「マジで?」

「あぁ、使い方を理解すれば使いこなせるが、使いこなすのに常人の3倍の時間を要する」

 そう言えば、スマホの使い方を理解していないような言い方だったような。

「最近、新しいスマホに変えたって言ってたが、まだメールを使いこなせていない可能性が高い」

「意外にポンコツってるな、あのお姫様」



 朝食の後、試しに電話をしてみると、案の定、使い方を理解していなかったらしく、メールを送れなかったらしい。

 まぁ、そんなわけで待ち合わせ場所に赴く。

 場所は、近所の公園。

「すまない、待たせたか?」

「5分36秒は待ったかな」

「五分前行動とは意外だ」

「そういうアンタは時間ピッタリって似合いすぎる」


「さて、では行こうか」

「行こうかって、この辺なわけ?」

「そんなわけがあるまい。我が祖国、アルジェント皇国だ」

「ヨーロッパまで?」

「安心しろ、空間湾曲装置を使えば地球の裏側だろうと一歩で赴ける」

 さすがは魔法少女。

 異次元ポケットだけでなくどこでも行ける魔法のドアまで持ってるらしい。

 未来人もビックリだ。


 そんなわけで、公衆トイレに入り、用具箱の鍵穴に鍵を差し込み、扉を開けて密入国。

 ってあれ?

「これって機関の秘密基地に行く方法と同じじゃない?」

「当たり前のことを訊く。秘密基地は別に異次元に存在するわけではないからな」

「え?あれって地球上だったの?」

「正確な位置座標は知らないがそうだったはずだ」

 へぇー、てっきりMWみたいな閉鎖空間を自分達で作り出しているのかと思っていたけど、違ったらしい。

 きっと、太平洋の底辺りだよ、なんとなくだけど。


 アルジェント皇国の街中を歩くこと10分程度、

「さて、着いたぞ」

 シルヴィアが足を止めた店はお洒落な感じの店構えだった。

 THEヨーロッパという感じであり、情緒も何もない現代日本のカオスな雰囲気とは全く違った。


 店内に入り、シルヴィアが受付係と適当に会話する。

 どうやら予約していたらしく、奥の特別室(VIPループ)に案内された。

 案内された部屋は、私みたいな語彙力と表現力がない人間には形容できないほど豪華絢爛な内装だった。

 一言で言えば超高級ホテルのスイーツルームのような感じか、はたまたイギリス王室を個室サイズに凝縮した感じと言うべきか。

 この部屋に違和感を感じていないシルヴィアを見て、私は初めてこの女が本物のお姫様だと実感した。


「座っていいぞ。貴様に礼儀作法なんて期待していないから」

 さすがにイラっときたけど、ここはリラックスして空間に馴れよう。

 1、2、3、……ようし、馴れた。

 我ながら適応力の高さに惚れ惚れする。


 椅子に座って30秒もしない内に店員がパフェを持ってきた。

 どうやらタイミングもシルヴィアは計算してこの店にやってきたのだろう。

 時間ピッタリが好きそうなシルヴィアならやっても違和感はなし、むしろそうしそうだ。


 パフェの見た目はゆうくんが作るモノと違いがあるようには分からない。

 とりあえずパフェの上部をスプーンで掬って口に含む。

 はむはむ……!?

 な、なんだこれは……本当に食べ物か?

 稚拙な表現力じゃ言い表せない味だ……。

 詩人ポエマーを呼んでくれ!

 語彙力が豊富な詩人を呼んでくれ!

 この感動を表現してもらいたい!!


「どうだ、美味いだろ?ここのパティシエは世界最高峰の実力を有している。チョコレートの本場であるベルギーからやってくる客も多いほどだ」

「このパフェには敬服します」

「ふん、我が国が誇る人材だからな。当然だ」

 軽口を叩く気にもならなかった。

 圧倒的屈服。


「優れた能力を持つ者は、凡人に嫉妬される。尊敬されることの方が少ない。

 その理由は簡単だ、誰もが力を求める。だからこそ努力する。

 しかしだ、もしも努力しても手に入らない力があれば、それは嫉妬の対象となるに違いない」

 よほどこのパフェが気に入っているらしい。

 いや、しかしこのレベルなら過大評価とは思えない。

 多くのパティシエが悔しさの海に打ちひしがれることだろう。


「嫉妬ねぇ……ま、人間諦めや妥協も必要だよ」

 このパフェ、マジでうんまいわぁー♪

 婉曲な言い回しなどせずに、純粋に褒める。

 それしかできないが、それ以外にする必要があるのか?

 最近マンガだって、萌えキャラが満面の笑みで美味しそうに頬張っているだけじゃん。

「やけに聞き分けが良いな」

「不可能なモノは不可能なんだよ。だからこそ、人間は出来ることを最大限に努力するべきだってママも言ってた」

「かりんさんなら言いそうだな」


「前から気になってたけど、ママとは仲良いの?」

「別にだ、あの人からは考え方を学んだ」

 考え方ねぇ……。

 確かにママの考え方は独特だ。

 教科書マニュアル通りのことしか教えてくれない学校よりも面白い。


「後悔することなく、自分が正しいと思えた選択を最後の最後まで貫く事ができれば、その人生はきっと満足できる物だ」

「その言葉、かりんさんのか」

「あぁ、やっぱり知ってたのね」

 私が一番ママから聞いた言葉の中で気に入ってる。

 正しくない選択を続けても、満足な人生を送ることはできないという戒め。


「あの人らしい……『後悔することなく、自分が正しいと思えた選択を最後の最後まで貫く』か……簡単なようで、非常に難しい」

 これは驚愕である。

 シルヴィアは自分が正しいと思ったことしかやらないイメージだったから、こんな言葉は『当たり前だ』と一蹴したとばかり思ってた。


「アンタは自分に正直に生きているように見えるんだけど?」

「そうか?これでも人並みに苦悩していると思っているのだが」

「例えば?」

「そうだな……どうして私たちのような先進国の人間がこんなに幸せを味わうことが出来るのに、なぜ途上国のアフリカでは秒単位で人が死んでいるんだ?とか」

「世界規模だった!?」


「なにかおかしかったか?日本人は七夕で世界平和を願う心優しい民族だと聞いたが?」

「どこで手に入れた知識か知らないけど、それは確実に間違っていると断言するよ」


「ところで貴様は今の命題に対してどう思う?」

「どうって……私はシルヴィア様と違って為政者じゃないからね。偉い人に任せるしかないわけですよ」

「募金はどうした?」

「日本にも中割りという概念があるって聞いてから、どうしても消極的になっちゃったね」

 震災規模の災害でも、募金を団体の活動費として使うと宣言して炎上してたし。


「中割り?それは確かアニメ用語ではなかったか?」

「どうしてそっち系の用語を知ってるんだ……じゃなくて、中割りってのは……あれだよ、横領?」

「なるほど、そういう表現もあるのか」

 アシュリーと言い、こいつと言い、最近の外国人はサブカルで日本を知っているのだろうか?

 あまりオススメしないぞ?サブカルは幻想が入っているからね。


「姫様!」

 パフェを食べ終わると、慌ただしい勢いでメイド服を着たメイドが入ってきた。

 いや、メイド服を着ただけでメイド扱いするのも変だけど、おそらくメイドだろう。

 だってここ外国だもん。外国人がコスプレ感覚でメイド服は着ないでしょ。


「どうかしたか、パトリシア」

 どうやらメイド(仮)の名前はパトリシアというらしい。

 そして、シルヴィアの知り合いか。

 メイド服を着ているのだからおそらくシルヴィアのメイドだろう。

 さすがはお姫様。メイドくらい居るよね。

 ウチの近所に変質者に限りなく近いメイドを雇っている人だって居るし。


「電話で申したはずです!皇帝陛下の葬儀に出席してください、と」

「私如きが皇族を名乗るのも烏滸おこがましい」

「こんな時だけ、皇族の立場から逃げないで下さい!」

「立場を利用したつもりなど一度たりとてない。むしろ、皇族としての立場を捨てられるのなら、捨てたいとさえ思っている」

「しかし、姫様が自由に生きてこれるのも、亡き皇帝陛下のおかげだということをお忘れなく」

「……この私に意見するか?」

 メイドの話に対して大人しく反論していたシルヴィアも業を煮やしたのか、目で脅した。

 あの目、並の人間ならチビるくらいの威圧感があるな。


「い、いえ!?け、けしてそのようなつもりは……。身の程をわきまえない発言、誠に申し訳ありません!」

 仮にも皇族に意見したことの愚かしさを謝るメイドとそんなことを気にするほど小さい器じゃないお姫様。

 なんだか面倒な展開だなぁ……。というか、居心地悪い。

「……よく分からないけどさ、アンタもまだ12歳だよ。オマケに皇族なら自身の責任を果たすべきなんじゃないの?」

「私は嫌いなのだよ、自身に流れる血統が。ヴァーミリオン家の人間とは真逆に」

「は?」

 ヴァーミリオン家?なぜそのワードがここで出てくるんだ?

「なんでもない。悪いが、私はこれから本国に顔を出す必要がある。もし日本に戻れなかった場合、かりんさんによろしく伝えておいて欲しい」

「りょうかい」

 私はその言葉を告げて店を出ることにした。

 折角なのでブラブラ町中を散策しても良かったのだが素直に家に帰ることにする。

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