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第2話、真紅の炎は神と対峙する

〔紅莉side〕

「やぁ、具合はどうかな?」

 ロシア系の美人が我らが病室にやってきた。

 誰だ?このオレンジ色の軍服を着た美人は?

 こんな人物、私の知り合いに居ないぞ?

「ソレイユ閣下!!」

 ソレイユ……あ、思い出した。

 機関のトップだ。

 ……なぜだろう、それ以外の情報が脳から漏れている。

 もう一度、この美人の容姿についてまとめてみることにしたい。


 見た感じはロシア人っぽい白人。

 頭には制帽を被っており、タトゥーのような紋様をしたワンポイントが入ったオレンジ色の軍服ロングワンピース。

 服の上からDカップ、いやEカップか?それくらいはありそうな下垂型のおっぱいが存在を主張している。

 より変態的な言い方をすると乳袋である。

 これは天然ですか?いいえ、偽パイですね(願望)

 特筆すべき項目はこれくらいであり、残りは前腕部のフィンガーレスグローブと脚部のブーツくらいだろう。どちらも戦闘を意識している作りだ。


 そんなわけで、ソレイユなんちゃらかんちゃらの情報はこのくらいで良いだろう。

「今回の目的は見舞いではない。ワタシの用は月宮紅莉だ」

「ふぇ?」

「本部の人間から聞いた。3rd、彼女に明細を」

「はっ」

 3rdと呼ばれた少女からソレイユ(敬称略)は紙キレを受け取り、私に渡す。

 3rdとやらから直接渡せば良くね?


「引き出された形跡が一度もないことを不審に思ったのでな。個人的に一度話をしたいとも思っていた」

 そういえば、給料を引き出したことも引き出し方も知らないや。

 今度、お兄ちゃんにでも聞いておこう。

 それはそうと、給料明細である。

 確か月給20万くらいだっけ?

 今だいたい3ヶ月くらい機関に所属しているから60万程度は溜まっているはず。


 ええっと……一十百千万……210万?

 わーお。意外な高額ですね。

 ……でも、宝くじ1000万円も手に入れた今の私では感動が小さいです。

 金は人を狂わせるってのは事実なんだね(たぶん違う)。


「S級モンスターの討伐報酬である300万をシルヴィアと2人で分割した。抗議するならシルヴィアにでも言ってもらいたい」

 どうやら基本給の60万に300万の半分をプラスして210万という計算らしい。

「いやいや、ありがたく使わせてもらいますよ」

 とりあえず明細を病院服のポケットに忍ばせる。


「……それで?ソレイユ総帥閣下。こんなゴミクズに何か用ですか?」

 なんとなく自虐してみるが、外国人だらけのこの空間において、私のユーモアは通じないらしく、ツッコミはなかった。

「用件はあるにはあるが、別段我が赴くほどのことではない」

 表現が一風変わっているが、一応言及してもらおうか。

「その用件とは?」

「常盤ひなが海外に音楽留学するという話を聞いてな、貴様らの班に補充人員を考えることになった」

「ほぇ?」

 いろいろと予想はしていたけど、そんな覚悟しなければならないことではなかったため、萌えキャラのような可愛い(もう一回言うぞ?可愛い)リアクションをしてしまう。

 私、可愛いからな。くどいかもしれないが、何度だって言ってやる。

 私は可愛い、リピートアフターミー。月宮紅莉ちゃんは可愛い。

 ……分かった、そろそろ切り上げよう。


「なんだ、月宮紅莉。この話はまだ聞いていなかったのか?」

 と、ここでシルヴィアが割り込んできた。

「初耳だね」

「そうか、分かっているとは思うが機関は魔法少女を強制することはない。本気で音楽活動に力を入れたいと常盤ひなが言うなら、我々は純粋にそれを応援する」

「はぁ……んで?」

「だから言っただろ、補充人員だ」

 呆れたような顔でソレイユが言ってくる。

「常盤ひなは今月の下旬に日本をつ。貴様はともかく椎名蒼子は独断専行を好んでいるため、補充人員の調整が済むまで大人しくしてもらいたい」

「別にそのくらい構いませんよ。魔法少女なんて面倒なことにヤル気出してるわけじゃないですし」

 ただ友達を守れれば良い、なんて恥ずかしいことは口に出せなかった。


「我の話は終わりだ」

「そうですか、わざわざご苦労様です」

 ご苦労は目上の者に対する言葉として不適切らしいが、私はあえてこの言葉をチョイスした。

「そうか、貴様の方が我に用件があると思っていたが」

 若干、その言葉には皮肉に満ちた嘲笑が混じっていたような気がした。

 被害妄想?いや、違う、私の何かがピカッと察した。

「……なんでですか?」

「ただの勘だ。そこまで睨むこともないだろう」

 無意識だったが、どうやら睨んでいたらしい。

 この女、シルヴィア以上に何か妙な感覚に襲われる。

 強いて言えば、自分の頭の中を神様か何かに覗かれているようなそんな感覚。


「では質問です。なんでクロが闘うことを容認できなかったのですか?」

「彼女の戦闘意思を尊重するわけにはいかない。我々には我々のルールが存在する。それを無視して、おいそれと例外や特例を認めることはできない。」

「でも、そんな形式に囚われてるせいで、シルヴィアは!!」

「現に狗飼クロの助力を借りずとも事態は収束している」

「それは結果論だ!」

「我の采配への文句としては非妥当だと指摘する」

 チッ、まるで理論武装をしてきてるかのような完全な対応だ。

 事前に準備していたに違いない。


「閣下、話が見えません。どういうことですか?」

 疑問符を浮かべているシルヴィアが質問した。

「簡単な事だ。機関の人間で無い者に助力を求めるほど、我々機関は落ちぶれてはいない」

「しかし、それならば、第23班はどうなるのです?私が彼女達を助けに行かなければ彼女達は」

「桑島揚羽を含め、第23班は優秀だ。彼女達以上の魔法少女は機関にはシルヴィアを除けばブラウンとレイくらいしかいない。そして貴様が先陣を切ったのだ。ゆえに本部は貴様を支援する方針にシフトした。そこで少々問題があっただけだ」

 ここでアオちゃんの名前が挙がらなかったことを考えると、どうやらあの銃性愛ガンフィリアの方が機関の中では格上らしい。

「問題?」

「それは増援である私が説明するよ」


■ 遡る事、1週間前のモンスター討伐の出撃前。


「次のニュースです。現地時間16時にアルジェント皇国のゴルドー・ルーズ・アルジェント皇帝陛下が亡くなられたことが報道されました。ゴルドー皇帝陛下は人間の遺伝子研究に力を入れていたことで世界人権団体に嫌われており、近年では、ヒトクローンの研究にも手を出していたことが話題になりました。しかし、アルジェント皇国での支持はかなり高く、多くの国民が皇帝の逝去に涙を流していると聞きます」


「はぁー、皇帝陛下がお亡くなりにねぇ……」

 私とクロはソファに座って夕方のニュースを見ていた。

「死因は何だろうね?」

「暗殺とか?アルジェント皇国はいろんな宗教を敵に回してたって聞くし、テロかも」

「うわっ、怖い」

 最近、ヨーロッパを中心に自爆テロが激しいし、ガチで怖い。

 国のトップが暗殺って本当に21世紀?

「シルフィーが大変なことにならなきゃ良いんだけど……」

 そっか、皇帝ってことはお姫様であるシルヴィアの実父なのか。


「ところでアカリン、最近仲良いみたいだけど、どう?」

「どう、と言われてもね?自分ではそんなに仲が良いとは思ってない」

「そこまで言うってことは本当に仲が良いわけじゃないんだ」

「意外にも、この月宮紅莉はそこら辺しっかりしているのである」

「初対面の人間を自分の家ではなく他人の家に招いた人物の発言とは思えない」

「変人ってのは、固定概念に囚われない人間のことだよ」

「……言い返す言葉が見つからない」

 勝った!(何にだ、という野暮なことは言うな)


「はぁー!?テメェ、頭沸いてんじゃねぇのかっ!!」

 いきなり、お兄ちゃんの怒鳴り声が聞こえてきた。

 またママがムチャクチャな要求でもしてきたのだろうか?


『こちらが最善手を打つ前にシルヴィアさんが特攻したのです。怒鳴らないで下さい』

「だったら、至急援軍を出せば良いだろう!!」

 あ、これは違うな。ママ相手に『援軍』なんて物騒な単語が出てくるわけがない。

 それに顔が違う。あれは憤怒というよりも焦燥に近い。

 必死さがあった。


『そのために連絡をしているのです。月宮教官、あなたと月宮紅莉に援軍要請です』

「あぁ、分かっている。このまま見殺しに出来るわけがない。クロも連れて行くぞ」

 『見殺し』という危険な単語により、平和だったリビングに一瞬で緊迫感が満ちる。

『それは控えてもらえますか?』

「……聞き間違いか?控えろ、だと?」

『いえ、そう言いました。狗飼クロは機関に一時的とは言え敵対していました。彼女の援護は我々としては好ましくありません』

「人が死ぬかもしれないのに、どうしてテメェらはそんな勘定しかできねぇんだ!!」

『あなたの考えは理解できます。しかし、これが機関の総意です。従わない場合、あなたにもそれなりの罰を与えなければなりません』

「クソがっ!!」

 久々にシャレにならないレベルで切れたお兄ちゃんはそのまま会話を終了させた。


「えっと……お兄ちゃん?どうかした?」

「シルヴィアが一人でS級モンスターを討伐に行った」

「S級を一人で!?」

 驚いたクロに対して私は疑問が生まれた。

 確か、モンスターは強い順にAからEの五段階でカテゴライズされたはず。

 Sってなんだ?


「S級ってのはある意味規格外のレベルだ。普通の魔法少女、それこそ蒼子級だとしても、単独でのA級モンスター討伐は危険だ。だからこそ3人チームを編成している。しかし、S級はその3人チームでも危険な災害級の化け物だ」

 なるほど、それで援軍ってわけか。

 とはいえ、私はお兄ちゃんやクロほど心配していなかった。

 シルヴィアの実力は全魔法少女の中でも最強クラス。

 アオちゃんがA級モンスターを討伐できたのだ。

 ならそのアオちゃんを圧倒したシルヴィアなら問題はないだろう。

 と思っていたのだけど、事態はそこまで楽観視できるような状況ではないらしい。

 お兄ちゃんとクロの顔を見ていれば分かる。

 これは、マジでシルヴィアの無事を祈るべきか。


「分かりました。お兄さん、いえ月宮教官、アタシも行きま……」

「いや、残念だが、それは無理だ」

「え?」

 理解しがたいことが聞こえた。

 そうか、さっき『控えろ』って言っていたのはそういうことか。


「機関はお前のことをまだ疑っている。そりゃ紅莉がシルヴィアとマジゲンカしたとはいえ、紅莉はまだしもクロはダメらしい」

 顔から察するに、お兄ちゃんも機関の采配には疑問しかないらしい。

「アタシのせい……アタシのせいでシルフィーが死ぬ……」

 クロの一言で、私は事態の重みをようやく理解した。

 そう、無事とかそんなレベルではなく、生きるか死ぬかの問題。

 今すぐにでも向かわなければシルヴィアが死ぬ確率はどんどん上がっていく。


「で、でもお兄ちゃん!そんなのは気にせず助けに行けば!」

「そんなことをすればシルヴィアの立場もない」

「立場なんて『命』に比べれば!」

「それを決めるのは他人であるお前じゃない!」

 その言葉には、軽々しく反論できない圧力がこもってた。

 命、という単語を聴いた瞬間のお兄ちゃんの顔は今まで知る兄の顔じゃなかった。

 焦燥に襲われる一人の人間の顔をしていた。


 分かってる、命がかかってるんだ。

 顔も名前も知らない他人が死ぬか生きるかの瀬戸際だとしても、見殺しにできる人間は、よほど心が冷たいだろう。いや、どうなのだろうか。私は善意は善意であるから崇高だと考えてる。当たり前だから、とそんな自由意志のない強制的な義務は善意でもなんでもない。

 私はそんな心が冷たい人間だ。けど、間違ってはいないと思ってる。

 自分の知らない世界、例えば同県同市同区の知らない地で知らない人間が事故死しようと自殺しようと、さっきのニュースのように対岸の火事にしか感じないだろう。


 じゃあ、知る人間ならどうだ?

 知ってる人間が助けられるかもしれない所で死んだら?

 仮にシルヴィアが死んだとしても、別に何も感じないかもしれない。

 だけど、少なくとも、きっと悲しむ人間を見るはめになる。

 クロもお兄ちゃんも、きっと泣くだろう。

 そんな姿を想像すると、辛かった。

 あぁ、何だろうかね?正義の味方とかそういうのは私の柄じゃないと思うんだけど。

 ……まぁ、いいさ。私は私のためにシルヴィアを助ければ。



■ 回想終了


 まぁつまり要約すると、こういうことである。

 『機関は優秀な戦力になりえた狗飼クロを意図的に除外した』わけである。


「クロの援護は非常に優秀なはず。戦闘能力だけならブラウンにだって引けを取らない」

「彼女の能力は対人向きだ。それは我やシルヴィアがよく知っている」

「なっ……!」

 反射的にシルヴィアの方を向いたが、シルヴィアも同意見らしい。

「その通りだ。クロの固有魔法『暗黒』はモンスターよりも人間に対しての方が強い」

 一呼吸おいて、シルヴィアはまた口を開き続けた。

「しかし、銃などで武装すれば話は別。『暗黒』は重火器を強化する効果もある。それは閣下もご存知でしょう」

 その言葉を聞いたソレイユは気にすることなく、言葉を発する。


「あぁ、昨年の成績をみればよく分かる。だが、そこは問題ではないだろう。相手は第23班を倒したS級モンスターだ。なら……」

「なら援軍は多いに越したことはないはずだ」

 半ギレの状態で私は再度文句を言う。


「だから言っている。シルヴィアの戦闘能力を考えれば陽動は1人で充分のはずだと」

「日本には用意周到という言葉がある」

「知らんな。援軍もタダではない」

「人の命には代えられないだろ!!」

「その通りだ。だが、現実、誰一人として死んではいない」

「だから!!」

 このままだと、私は言い負かされると分かったからこそ、声に怒りがこもる。

 そして、今まで蚊帳の外だった女が激高した様子で、私の胸ぐらをつかんできた。


「このクソアマ、ぶっ殺してあげましょうか」

せ、3rd」

 声だけで制止する。羽交い絞めにしてほしいくらい、この女はキレてるんだけど。

「しかし、閣下。このアマは閣下の事を」

「その程度で激情するのは品性に欠ける」

 その言葉を聞いた3rdが、冷静さを取り戻し、私から手を放す。


「もう良いだろう、月宮紅莉。これ以上の論争は意味がない。もう終わった事だ」

 終わったこととして解決した気になっている。

 これで解決か?いや、何かが足りない。

 そう思っていると、私よりも先に問題点を理解したシルヴィアがソレイユに質問した。


「閣下、なぜ頑なにクロを戦場に出したがらないのですか?」

「彼女がいつ魔法が使えなくなってもおかしくないからだ。MWに入ってから魔法が使えなくなり、そこで死んでは元も子もないだろう」

「あくまで『狗飼クロのため』だと言うのですか?」

「その通りだ。本部の連中の多くは、いまだ狗飼クロが機関の事を恨んでいることを危惧しているようだが、おそらく杞憂だろう。本当に恨んでいるのなら、月宮紅莉がシルヴィア、貴様を助けに行く事もないはずだ」

 この女、そこまで考えた上での采配か!


「なるほど。では、こうしましょう。私か月宮紅莉のどちらか、もしくは両方と一緒の時のみ、クロは機関の構成員である権利を得る。これならば問題は存在しない上に、特例になるだけの条件としても充分かと」

「ふむ、良いだろう。その条件ならば、月宮紅莉も満足か?」

「……その条件で譲歩することにします」

 しぶしぶ納得したのだが、私の態度が気に食わなかったのか、3rdが声を荒げる。


「だから、なんでテメェが上から目線なんだ!!」

「3rd、止せと言っている」

 再び制止される3rd。もはやデジャヴとしか言えない。

「し、しかし!閣下にも立場というモノが!!」

「立場があるからこそ、部下である貴様の醜態が我の恥に繋がる」

「!! も、もうしわけありません」

 ソレイユに対して頭を下げる。

 戦国時代の侍レベルの忠誠心だ。

 この女はどんな人生を歩めばそうなるのだろうか?


「よい。ではシルヴィア、それから月宮紅莉、今日はこれで失礼しよう」

 最後に様になった後姿をさらしながら、ソレイユとお供は退室した。


「…………」

「月宮紅莉、どうした?何を考え込んでいる?」

「あの2人からはレズの匂いを感じた」

「どんな匂いだ」

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