第1話、真紅の炎と白銀の剣の病棟生活
この総合病院にも入院しなれている、という意味不明な状態のせいで貴重な夏休みを無駄にしている実感もなく、ベッドの上でマンガを読んだり、携帯ゲーム機でゲームをやったり、スマホでアニメを見たりしていた。
クソニートみたいな生活だが、入院している以上、仕方がないのである。
大義名分って素晴らしい!
ちなみに今プレイしているのはアビゲイルの大冒険という人気アクションアドベンチャーゲーム。ゲーム自体の説明は二回目になってしまうので割愛するし、当物語の本編とは関係ないので別にいいだろう(メタ発言)
「好きなのか?ビデオゲーム」
隣のベッドで小難しそうな哲学書っぽい本を読んでいたシルヴィアが唐突にそんな質問をしてきた。
「『ビデオ』とつける人、はじめて見たよ」
「些細なことだ。どちらでも良いだろう。で?」
「好きだよ、暇つぶしでゲームをする人間が許せないくらいに好きさ」
最近はソシャゲの台頭のせいか、ゲームを暇つぶしと勘違いしている人間が多い気がする。
ゲームは暇つぶしじゃない、娯楽だ、趣味だ。
最近は競技性が高くなり、プロゲーマーの絶対数も増えているって聞く。
近い将来、プロゲーマーはプロ棋士のように世間に認知されると思うね。
「それで、アンタは?」
「私はプレイしたことすらない。友人が好きだったからな」
「クロ?」
確か、クロはレトロゲームが好きだとか言っていた気がする。
イン○ーダーとかパッ○マンとかそういうの。
ファ○コンという名詞すら知らない子が多いのに、なぜそこに手を出したのかを聞きたいね。
「クロもだが、紫苑もだ……2人とも、心底楽しそうにゲームをプレイしていた。かりんさんも『娯楽は人を幸せにする』言っていた」
「ママがねぇ……確かにママはゲーム会社やホビー会社に多く出資しているって聞いたけど」
「出資?まさか貴様、自分の母親がどんな仕事をしているのか知らないのか?」
「え?ママは投資家って言ってたけど」
昔、デカい山を当てて、まとまった金(いくらかは知らない)が手に入り、人生経験として色々なことをしている内に、自分の仕事を見つけたって言ってた気がする。
「投資家であり、資本家であり、企画家でもある。育つと感じた企業には躊躇いなく投資し、優秀な人材に気兼ねなく働いてもらうための資本を提供し、消費者が求める商品を企画する。言葉で言うほど、これらは簡単ではない。失敗すれば、億単位の金が吹き飛ぶ。それを恐れない豪胆さこそ、月宮かりんの凄さだ」
「随分な高評価だね。天才様の方が凄い気がするけど」
「『天才様』とは私のことか?私なんて全然だ、かりんさんに比べれば」
謙遜ではない、謙遜が美徳だと思っているのは日本人くらいだと言う。
おそらく、本当にシルヴィアはママのことを凄いと思っているのだろう。
さすがの外国人もプロの野球選手にダメ出ししても、自分の方が優秀だとは思わないだろうし、そういう感覚なんだと思う。
「近過ぎるがゆえに知らないのだろう。かりんさんは実家の農場を10歳の時に立て直している。分かるか?先進国の子供がバカみたいに遊んでいる中、かりんさんは第一線で仕事をしていた。農場で働くといっても農作業ではなく、経営の方で」
「経営で?」
農場の経営でどうやって金を手に入れたというのだろうか?
アメリカの農場なんて私は知らないよ、日本のだって知らないもん。
「詳しくは聞いていないが、何らかの付加価値を付けた事で輸出に成功したと聞いた。わずか10歳で、そういう経済的な目を持っていたかりんさんに比べれば、本に書いてあることを理解する程度、大したことではない」
『大したことではない』というのは自分が簡単に出来てしまったからなのだろう。
どれだけの人間が本に書いてあることを理解することに四苦八苦していると思っているんだ?
受験戦争でノイローゼになりかけるなんて珍しい話じゃないぞ。
「アビゲイルもかなり人気だと聞く」
「え?なぜここでアビゲイルが?」
上述したアビゲイルは某雲(クラ○ド)や某蛇(ス○ーク)と肩を並べることができるほど世界的な人気キャラ。
動きやすいように改造された臙脂色のスーツに金髪のショートポニー、そしてスレンダー体型。
コンセプトはキャラデザの人曰く『あざとくない萌え』らしい。
ちなみに限りなくフリー素材に近い存在であるらしく、申告さえすれば版権使用料は要らないらしい(許可は必要との噂)
「何を言う?あれのプロデューサーはかりんさんではないか」
「………………ほげぇ!?」
「まさか、知らなかったのか?」
「シラナカタヨォー」
「アビゲイルが色々な作品に出演しているのは、かりんさんの人脈のおかげだと聞く」
「マジカヨォー」
「デビルズパークだったか?あそこの支配人もかりんさんの紹介だと聞く」
「ウチのママはバケモノカヨォー」
海外在住の実母の凄さを12年生きてて初めて知った。
なんというマヌケさだろうか。
ここまで世間知らずとは思わなかった……。
「見てみろ、私なんかよりも数十倍はかりんさんの方が凄いではないか?」
「はぁ……なんか自信失うワー……」
ヤヴァイ、この数ヶ月で、私の回りに超人級の女子が集まってきてる……。
マジなんなの?群雄割拠ってヤツ?両雄並び立たずってヤツ?
ホント、自分がチッポケに感じるわ。
某ヒロインも『自分が特別な人間だと思っていたけど、ある日、なんてことはない、何処にでもいるただの子供、ってことを理解してから人生がつまらなくなった』って言ってたし。
現実逃避としたくなったその時、シルヴィアがベッドから降りた。
「何処に行くの?トイレ?」
「違う、売店で何か菓子でも買ってこようと思っただけだ」
「あ、じゃあついでにコーラ買ってきて?ペ○シの方でお願い」
「……仕方ないヤツだ」
ダメ元だったが、シルヴィアは快諾してくれた。
意外である。てっきり『黙れ、そして腐れ』とか言われると身構えていたのだけど。
▽
シルヴィアが出て行って約2分後、ななちゃんがやってきた。
見舞いかな?見舞いだな。
「アンタ、また入院してるの?なに、悪霊でも憑いてるんじゃないの?」
「そうかもね、1回くらいお祖母ちゃんに見てもらった方が良いかも」
私のお祖母ちゃんは(自称)霊媒師らしく、そっち系の仕事を良くやっているし、占い師としてもそれなりに仕事があるらしい。テレビの取材なんかもたまに来るって聞いた。
ちょっと前までは『魂』だのと胡散臭いと思っていたけれど、私も魔法少女とかいうファンタジーでファンシーでファンキー(?)な存在になってしまった以上、無視するのもどうかと思う。
「はい、これ、差し入れ」
丸々とした大きく立派なスイカを手渡された。
たいそう甘かろう。
隣の甘党も喜ぶこと間違いなし。
ところでスイカって野菜なんだっけ?
甘い植物は全部果物で良いよ。
トマトは野菜だ、あれを果物とは思いたくない。
「あんがと。……あれ?マーちゃんは?」
「マヤは軽井沢」
「軽井沢?避暑地で有名な?」
「そうよ、明後日くらいに戻ってくるって」
「……そういうゴージャスな夏休みはななちゃんの担当だと思ってた」
「私はいつもの喫茶店でクラシックを聞きながら雑誌を読んでのんびりしてるわよ」
「庶民だ」
「うるさい」
額にデコピンされる。
地味に痛い。
「おい、月宮紅莉。買ってきてやったぞ」
「あんがと」
今度はシルヴィアが部屋に入ってきた。
缶コーヒーなら投げても良いだろうけど、流石にペ○シを投げられては困る。
ペ○シは炭酸だからね。
などとくだらないことを考えていると、ななちゃんの顔がとても女子小学生がしてはいけないような顔になっていた。今度、夢島のお爺さんに淑女講習でも受けさせることを勧めておこう。
「どうかした?ななちゃん」
「あ、ああああ」
「面倒だから適当にAボタン連打で名付てしまったけど、のちのち後悔してしまうプレイヤーネームみたいなこと言われても、リアクションに困るんだけど?」
というか、この前もこんなことなかったっけ?宝くじが当たったとき。
まったく、本物のお嬢様がこんなに狼狽しちゃって。
「アンタ、なんでシルヴィア様と同じ病室なのよ!!」
「あれ?ななちゃんって、シルヴィアと知り合いだったの?」
「なわけないでしょ!!てか『シルヴィア』って呼び捨て!?無礼でしょ!!」
今更、無礼とか言われても困るんですけど……。
「どこかで会ったことがあるような……あ、あの時のか」
「へ?」
「なんだ、やっぱりななちゃんも出会ったことがあるんじゃんか」
「い、いや……そんなことは」
必死に記憶を辿っているようだが、どうやらななちゃんの記憶にはシルヴィアとの出会いは存在しないらしい。
「覚えていないか?去年のハロウィン。それとも人違いか?」
「………………あー、あれはアナタ様でしたか。そうとは知らず失礼しました。あと、こっちはあのバカでございます」
「なるほど、アレはこいつだったか」
なんだろう?私のことなんだろうけど、どんな会話が繰り広げられているのか理解できない。
去年のハロウィン……確か、ファッキンな黒人に絡まれた後で、白いシスター服の美人の白人に助けられたこと以外覚えてないなぁ。
(紅莉、どういう経緯で知り合ったの?)
ここでバカ正直に答えてはマズイだろう。アシュリーも知り合いなんだっけ?そっち経由で良いかな?あとで話をあわせておかせるかな?
(まぁ、いろいろとね。ママの知り合いだったりするらしいし。とりあえず紹介しておこうか?)
(そうね、かりんさんの知り合いとなると、ワタシも挨拶しておこうかしら?)
そういや、ななちゃんはママと顔見知りらしい。
もしかすると、私よりもママのことを知ってそうだ。
「シルヴィア。こちらは夢島ななみと言って、あの夢島グループの会長のお孫さんの1人。今は会長の豪邸に住んでる」
「よ、よろしくお願いします」
珍しくキョドっているななちゃんは、まるで女慣れしてない童貞が初めて大人の階段を登ろうとしているかのようだ。
「よろしく。なるほど、夢島グループの重役とコネクションを持てたのは、私個人としても嬉しい限りだ」
「きょ、恐縮です」
やはり、この光景は中々に新鮮である。
「んで、ななちゃん。こっちが……えっと……フルネームって何だっけ?」
「シルヴィア・リリィ・アルジェントだ、その容量の少ない脳みそに記憶しておけ」
「だそうです」
「名前くらい知ってるわよ。というか、アンタが知らなかったことに驚いたわ」
……紹介する必要なくね?
「というかアンタ、友達でしょ?友達のフルネームくらい知っておきなさいよ」
「友達?違う違う、友達でも何でもない、ただの知り合いだよ」
「そうだな、友達ではない、敵でも仲間でもない。知り合いというのが一番適切な関係だろう」
「そうそう」
私の否定だけじゃ不満そうだったななちゃんも、シルヴィアの説明を聞いて釈然としない様子だが納得はしてくれたらしい。
「ところで、月宮紅莉。例の件はどうする?」
「例の件?」
「パフェを奢れ、という話だ」
「あぁ、それね。退院後ならいつでも良いよ。夏休みの予定はまだ白紙だから」
「では来週の火曜日だ。詳しい時間はメールしておこう」
「うい」
そんなどうでもいい会話を傍聴していたななちゃんは絶句したような顔をしながら口を開いた。
「……あ、アンタらは本当に知り合いなの?」
「イエス」
「疑う余地があるのか?ミズ夢島」
「いや……なんかもういいっす……」




